第29話 保健室はデット・オア・アライブ!(上)

 僕はいったいどこにいるんだろう。

 確かここは、礼節を重んじる霊堂学園。

 その保健室。

 怪我をした人間や、体調を崩した人間がいなければいけない場所。

 それなのに、扉越しに聞こえてくるくぐもった声質は、明らかにこの場にそぐわない。むしろ常軌を逸しているといってもいいだろう。

 艶のある喘ぎ声は、どうしてもある情事にふけていないかと連想してしまう。

 そんな訳の分からない事態。

「……いやっ……そこは弱いから……だめですっ……先輩っ……」

「えぇー? どこがだめなの? ちゃんと言ってもらわないとわからないよ。そ・れ・に!」

「ああ、ああっああああ。……い、いっ、痛い……!!」

「誰が許可したの、そんな呼び方? 体にたっぷり教えてあげたはずよね。……それともお仕置きして欲しいから、わざと間違えたの?」

「ち……違いますぅ……ああああああああ!! お姉さまっ! お姉さまですぅう!! ……ゆ、許してくださいっ……お姉さまあああ!!」

「よしよし、よく言えました。だったら、ご褒美をあげないとね」

「ああああああああんっ!!」

 悦楽の含まれた甲高い叫び声をあげながら、中の状況は徐々にヒートアップしているようだ。

 僕はいったい、どこの魔窟に迷い込んでしまったのだろうか。

「ねえ、次はどこに触って欲しいの? ここ? それともここ?」

「……お姉さまなら……ど、どこでもぉ……」

「ふーん、私に選ばせるのね。生意気よ」

「ち……違います……私あああんっ」

「じゃあ、どこがいいのか調べてあげるわ。お尻とかさっきいい具合に鳴いたわよね。そこからしてあげましょうか?」

「いやっ、それだけはっ!」

「ふーん。こっちは嫌がっていないみたいだけどぉ?」

 お姉さまと呼ばれている人は、心底嬉しそうな語調でもう片方の人を弄んでいるように聞こえる。

 盗み聞きしているこの状況下で、後ろめたい気持ちになり、周りに人がいないか確認する。ここから離れたいのだが、足がセメントで固まっているかのように微動だにしない。現実離れしたこの状況に、どう挙動していいのか分からない。

 頭から電流が走り、手足が麻痺しているかのように、感覚がなく震えている。

「……いやっ……やめてええええ――え? なんで?」

「あ・れ・れ? 嫌がっているから止めたのに、なあに、その物欲しそうな顔は?」

「……ああっ、いじわるしないでくださいっ……はやく、はやくっ!」

「だったら、わかってるわよね?」

「お願いし――はああああ! そこですぅ。さ、さいこうですぅ……お姉さまあぁぁあ!!」

 窓の外には、真っ青な空が無限に広がる。

 言葉や風習の違う国同士を結ぶ架け橋だ。とても雄大で、何もかもを包み込む蒼穹はこんな時でも、永久不変で僕らを見守り続けている。

 それは、とっても素敵なことで、この世界はこんなにも……幸せに満ち満ちているんだ。

 日常に飽き飽きし、非日常を求めることは誰にだってある。

 だけど、いざ自分の感情処理が追いつけない事態を目の前にすると、平凡がどれだけ尊いものかって気づける。

 ああ。

 僕は今までこんなにも幸せだったんだ……。

「……って、馬鹿かっ!!!」

 落ち着け、落ち着け、落ち着けえええ。

 現実逃避していた頭を戒める為にも、状況を整理する為にも、壁に頭突きをする。がんがんと、壁が嫌な音を立てているけれど、大丈夫だ問題ない。

「はあ、はあ、はあ……」

 いいか、こんなことよくあることじゃないか。いや、ないけれど!! ないけれどぉおお!!

 お、おそらく、上級生の人が下級生の人にマッサージをしてあげてるんだ。

 やっぱり、年下の彼女は遠慮しているようだけど、疲労しきった後輩を、先輩が見かねてマッサージしているんだろう。

 自分自身が気が付かないところで、疲労は積み重なっていくものだしね! 大問題に発展する前に、手を打つなんて、この先輩はよっぽど気が回るんだなあ……。

 あははは。

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