第27話 迷いの廊下!(上)

 横にだだっ広い廊下は、どんなに人が集まっても通行の邪魔にはならない。

 だから、次の移動教室への準備をしている人間や、カフェテリアで優雅にランチタイムを過ごした人間たちの、交通量は容赦なく多い。

「ねぇ、あれって……」

「そうよ、あれが噂の秋月もみじよ」

 移動する群衆の突き刺さる視線と、囁き声に反応しないでいるのは難しい。

 前回の一件。

 女バスの先輩との対決話は、過剰なまでの尾ひれがつき、拡散したらしい。

 始業式で学校生活の有意義宣言をサボった、主席合格者としての悪印象が根付いているため、対決の諸悪の根源は、僕ということになっているらしい。

 噂が回りやすいようにわかりやすく、僕は体のいい悪役に仕立てあげられたみたいだ。

 薫子さんと、先輩たちの悪口の鍔迫り合いのシーンはオールカット。僕がわざと顔面を先輩にぶつけたという話だけが、過剰演出して出回っている。

 先生方がいくら僕に対して憤っていたとしても、一応は良識のある大人。

 だけど、女子生徒たちはそうはいかない。

 面白い話の種があれば、蒔かずにはいられないのだ。

 しかも先輩に楯突いたということもあり、学校の生徒ほぼ全員に僕の名前は知れ渡っているようだ。どこに居ても視線を集めてしまう。

 教室で白鷺さんと食事をとっていた時も、廊下にわわらと学年関係なく遠巻きに僕を眺めていた。

 客寄せパンダのような扱いに内心辟易しながらも、彼女に迷惑をかけるのがなによりも心苦しかった。

 最近は体調がいいようで、彼女自身意識はしていないだろうがテンションが高い。喘息の発作も見ることはなく、五限目の体育の授業にも参加できるようだった。

「もみじさん、今日もクラスマッチの練習に参加されないのですか?」

「うん、ちょっと気分が悪くて……」

 クラスが一丸となって、他クラスとスポーツで争うのが、球技大会。

 その参加種目はサッカー、バスケ、バレーボール、ソフトテニス、ソフトボールと多種多様。どれか一つには絶対参加らしく、問答無用ランダムで僕はバスケをやることを義務付けられてしまった。

 だけど、参加はしない。

 それは、Dクラスの面々の言い分と同調するわけではなく、単純にスポーツをやれば男だとばれてしまうからだ。

 いくら見た目が女であっても、僕は身体的には男なのだ。

 歴然とした運動能力の格差があるし、何の拍子に男とばれるかはわからない。いつものごとく学園長が手を回したおかげで、どれだけ体育の授業を受けなくてもお咎めなしなのだが……。

 そして、我がDクラスはやる気が皆目ない。

「だってぇー、まず運動とか超だるくねぇ?」

「どうせ特待生のBクラスが勝つじゃん?」

「先輩たちに勝ったら、それこそ顰蹙買うだけだよねー」

 どうもこのクラスにいると、意欲が削がれる。参加するだけ、僕よりはマシなのだが……。

 だからこそ、僕は白鷺さんの無垢なる瞳を直視するたびに、心の中で吐血を吐いた。

「……あの、本番はバスケ一緒になされるんですよね?」

「いやー、ちょっと厳しいかもしれないですよねー」

「そう……ですよね……。私最近凄く調子が良くて、普段受けられない体育の授業も受けることができて、有頂天だったんです。だから、少しだけ我が儘を言ってしまいました。申し訳ありません」

「う、うーん。そこまで言わなくてもいいと思いますよ?」

 普段は大人しい白鷺さんなのだけれど、たまにこっちが引いてしまうぐらい高揚して離す時があるから注意しなければならない。

 白鷺さんは、ちっちゃく柔らかなそうな拳を握り、僕に力説してきた。

「いいえ! そんなことありません。……ただ私、凄く楽しみにしていたんです。もみじさんと一緒に、クラスマッチに臨めることを。……でも、やっぱりどれだけ希望を持っていても、待っているのは絶望だけなんですね」

「僕、絶対に球技大会にでるよ!!」

 ……僕の、いくじなし!!

 でもまあ。

 過去の自分を詰っても何の解決にもならないんだけどね。


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