第24話 激動のグラウンド!(上)
夕陽は恥ずかしそうに、半身を地平線に隠している。
周りの空は、蜃気楼のように揺ら揺らとしながら、夕陽の輪郭をぼかしている。いつもよりも長く見える影は、ぴったりと僕の歩幅に合わせながら、付き添ってくれている。
だから、影の上に居座るバスケのゴールポストの影が邪魔だった。影と影が重なり合わない場所に移動して、ようやく安心する。
こんなに遅くまで残ったのは初めてだなあ……。
グラウンドには、お遊びではなく、真摯に部活動に取り組む人間しかいなく、人の塊はまばら。
そこにはサッカー部もいて、思わず顔を顰めてしまう。
……うっ、嫌なことを思い出してしまった。
「ひゃあ!」
おまけとばかりに砂を纏った、正面から吹く突風が、僕のひらひらのスカートを捲り上げようとする。
前は鞄で風よけ。
それから空いている手で、後ろのスカートの端を押さえる。
そして挙動不審な人みたいに、キョロキョロ。
……ふぅ、どうやら誰にもパンツを見られなかったみたいだ。うーん、今日はちょっと起床するのが遅れちゃって、白と青のボーダー色。なけなしの勇気を振り絞って、自分で購入したものの、よくよく考えてみると、あまりにも子どもっぽい。
どうせ見られるなら、茜義姉さんに貰った、色気のある黒レースを履いてくればよかった。
でも、高校生で黒レースってどうなんだろう? 見られたら引かれちゃわないかな?
そもそも、高校生ってどんなパンツを履くんだろう? 今日帰ったら、白鷺さんにでも聞いてみよっ! そうだよ、それが一番手っ取り早い!
良かった、良かった。
あはははは。
「――って、全然よくないよ!!」
思わずひとり乗り突っ込みをしちゃったよ!
がくっ、と糸が切れてしまったマリオネットのように、片膝をつき項垂れる。
なんだこの、女の子女の子した考え方はッ……。
外見を着飾って、心まで蝕まれていたようだ。この学園に在学している限り、どんどん女性らしくなっていきそうな自分が恐い。
ばさっと、長い髪の毛が視界を覆い、傍から見れば、まるで井戸から這い出てくる女の幽霊のようだろう。
悄然としながら俯いていると、足元コロコロと懐かしいものが、運命に導かれたかのように転がってきた。
それは、バスケットボール。
僕は、懐古の情が心の中で沸き立つのを感じながらも、固定した視線を、動かすことができなかった。
追い縋るようにボールに触れると、手のひらにざらざらとした無数の突起物。
ボールに刻まれた黒く、少し凹んだ溝に撫でるように指を滑らせると、懐かしい感触が僕を歓迎してくれる。
胸が熱く疼き、好奇心が首をもたげる。
今の僕は、どれだけブランクの影響を受けているのだろうか。
どれだけ全盛期だった自分に近づけるだろうか。
注意深く周りを見渡して、ドリブルを小刻みにし始める。手に吸いついてくるように、ボールは僕の思うがままだ。
クレシェンドに威力を上げながら、胸のビートも高鳴り始める。
このはしゃぎようは、ただの子どもだな。
自然と緩む頬と、躍動する魂に嘘をつけない。
そうだ、僕はこれがしたかったんだ。
新しい家族ができた僕は、ずっと続けていたバスケを辞めざるを得なかった。
金銭的にも、時間的にも、精神的にも。
碧さんは「私たちのことは気にしないで、自分のしたいことをしなさいね」なんてつくり笑いを浮かべていたが、無理して言っていたに決まっている。
僕がバスケ部を辞めると言い出しても、何も言わずに承諾したし、この学園に有無を言わせず放り込んだのも、授業料や寮の家賃など、生活に関わるものがもろもろ免除されたからだろう。
それがきっと、血の繋がらない僕ら、ハリボテの家族の限界なんだ。
いや、今は――
「集中ッ!!」
研ぎ澄ました感覚は、そよ風に乗って耳を擽る、様々な雑音をミュートにする。
ゴールポストと僕の距離は、あの頃腕が攣っても、馬鹿みたいにシュート練習を続けた距離。目算ながらも間違えることはない、フリースローラインより外側の間隔域。
つまりこれは、スリーポイントシュート!
折り曲げた膝をクッションに、足をバネにしてボールを放る。
無意識と意識の境界線を、いったりきたりしながらも、なんとか無心で打てた、そのシュート。
ボールは回転しながらも、美しい弧をグラウンドの片隅に描きながら、ゴールポストへとたどり着く。
一度も無情に弾かれることなく、しゅるしゅるとゴールポストとボールとが擦れる音だけが、僕の鼓膜を響かせる。
この珠玉の時間は、確かにいま――僕だけのものだ。
「……よし」
ターン、と跳ね上がり、僕の手元に戻ってくるボールを、僕は温かく抱擁する。
完璧には程遠く、全盛期の自分には足元にも及ばない。
だけど、僕は何かを取り戻した。
そんなどうしようもない錯覚に見舞われた気がした。
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