第18話 ため息の絶えない浴場!(上)

「んんんっー。はあっ、ああああああん! き、気持ちいいぃ。……どうしてだろう? いつもやっていることなのに……なんだか……こんなに気持ちよくなるの、久しぶりな気がする」

 体は見るからに火照っていて、年中白い僕の肌は真っ赤だ。

 足のつま先から、ずずっと這うように、ゆっくりと侵攻してくる温かな快感が、愉悦を最も感じてしまうへそに達すると、またもや身悶えてしまう。

「うっひゃあい! はあ……はあ……。ああ……も……もう……勘弁してくださいぃ……」

 息を切らしながら、僕の理性を簡単に取り払ったものに対して、奉仕の抑制を訴えるが、当然の如く相手は何もしてこない。僕が自らこの快楽に足をつっこまずに、ひとまずは撤退の一手をとることこそが、上策といえる。

 だけど、僕は逃げない。いや、逃げることもできない。

 一度快感を覚えたら、二度と抗えない。僕はかぶりを振って観念した。

 女子寮の共同風呂に肩までどっぷり浸かり、足を思いっきり伸ばす。

「……ん、はああああ」

 疲労しきった体で、お風呂に浸かるのは危ないことを僕は初めて知った。

 やっぱり、慣れない――いや慣れてしまっては人間失格の烙印を押されるが――女装姿で歩き回ったのと、いつ秘密を見破られないかという不安、それから新天地での生活に、体がついていかなかった。

「はああ。ちょっと熱いぐらいがちょうどいいな」

 僕はきゅ、きゅと、蛇口を緩ませる音が、浴場に反響するのを聞いてふと、懸念が頭をよぎる。

 新しく排出してきたお湯が、なるべく音を立てないように調整する。

 この時間帯に、誰かが浴場にいることを気取られてしまうわけにはいかない。見つかってしまったら、咎められるだけでは済まない。

「はあー、今はそんなこと考えなくていっか」

 お風呂は命の洗濯とはよく言ったものだ。ここならなんの憂いもなく、身も心も素っ裸のままでいられる。

 仮初の女子高生活をしていると、気苦労が絶えない。

 仕草や話し方は、家に女性しかいないから自然と身についていて、特には苦労はしなかった。

 だけど、やはり不都合な点は多々あった。

 風に吹かれれば、パンツが丸見えになってしまいそうな、スカートの無防備さには戦々恐々としていたし、大ではなく、小である時も、いちいち便器に尻をつける行為は落ち着かなかった。

 それに、今日は放課後担任の先生に呼び出されて、散々説教させられてしまった。

 どうして、「入学式に出席しなかったのか、反省はしているのか、一体どこで何をしていたのか」と問いただされたが、真実を告白することもできずに固まっていた。棒立ちになったままでいると学園長が、説教の腰を折って助け船を出してくれたお蔭で、ようやくこうして一息つけた。

 不満たらたらの目で、担任の先生には睨まれていたし、他の先生達には、成績優秀でありながら始業式をサボった変人として、名前を憶えられているようだった。

 これじゃあ、逆に目立ってしまったのではないだろうか。まったく、あの学園長のせいだ。

 コンコン、と控えめなノックをされる。

「まさか、ほんとうに? 冗談じゃなかったの?」

 僕は考え事を中断して、ボディタオルが下半身をばっちり隠してくれていることを視認する。

 もしもの時のために、巻いていたのが功を奏した。

 僕は恐る恐る「どうぞ」と返答する。

 ガラガラ、と入ってきたのはやっぱり、白鷺さんだった。

 おずおずと入ってきた白鷺さんは、俯きながら恥ずかしそうだ。そう露骨に反応されると、こっちまで裸であることを意識してしまう。

 ……というか、この人も裸だッ!!

 僕は自分の目を疑うが、どこからどう見ても彼女は裸体だった。

「な、なにをやってらっしゃるんですか、し、白鷺さん?」

「……え? 今からお風呂に入ろうと思ったのですが、いけなかったのでしょうか?」

 僕に質問されたのが、さも意外そうな顔で聞き返されてしまった。しかも、心なしか断られたことに対して、悲痛気に顔を歪ませていたので、僕は自分の落ち度がなんなのか把握しないまま、慌てて謝罪する。

「す、すいません。だ、大丈夫ですよ。お風呂に浸かっても! 確かに今は使用禁止時間ですけど、そんなこと言ったら、僕だってお風呂に入っているわけですから!!」

 ぱっと、白鷺さんはぱっと表情が明るくなったので、変な緊張感から解かれる。僕はざばぁと風呂を波立たせ、安らぎへの未練を断ち切るように、浴槽から視線を剥がし、白鷺さんを見やる。

「あの……じゃあ、僕は今すぐ出ていきますね。十分体を休めることもできましたし……。それじゃあ、白鷺さん、ゆっくり、浸かっていてください」

「……そんな。私に気を使われなくて結構ですよ。なんだったら、一緒に入りませんか? 昨日はどたばたしていて、あまりお話ができませんでしたし……」

「いや、あの、それは――」

 僕、こう見えても男ですし。なんだかんだで、女性の裸には興奮してしまいますし。

 冷静を装っていはいますけど、内心ここにいるだけで、頭が沸騰しそうなぐらい動揺していますから。

「一緒に……入ってくだされないんですか?」

 唇を噛みながら、すすきの穂のように、儚げにしな垂れる白鷺さんに、僕は有効な対抗手段を持ち合わせていない。

「は、入りましょうかあ」

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