第16話 不良は体育館裏から!(上)
「さて、と。これから……どうしようか?」
独りごちるが、誰からも返答がない。
当たり前だ。
何故なら、僕は完全に道に迷ってしまっているから。
霊堂学園の敷地内はテーマ―パークの迷路のように、無駄に広大で入りくねっている。
そして、僕は極度の方向音痴。
学園長の指示通りに、保健室を探索していたのだが、ぐるぐる校舎内を回って、とうとう元居た場所――体育館に、こうして舞い戻ってきてしまった。
既に始業式が開始されているため、先生や生徒は見当たらなかったけど、万が一発見されてしまったら、誘導尋問されて「学園長の指示でサボりました」と、誤って真実を吐いてしまう光景が、安易に想像できてしまった。
保健室に行くのは諦めて、どこか別の――
「やばいっ!」
ちらりと、人影が見えた気がした。
隠れる場所がないかと、人目を避け、体育館の裏に回る。
と、そこには先客がいた。どうして、こんなところに……。
引き返そうと、焦りながら踵を返す。
ぱき、と木の枝を踏んだ、乾いた音。
静寂を寸刻打消し、僕は取り返しのつかない失敗をしたことを悔いた。
振り返ると、やはり女性は、僕の存在に気が付いていた。このまま彼女を振り切って、遁走しても僕には行くあてがない。
僕はなるべく敵愾心を感じさせないように、愛想笑いをする。首の後ろに手をやりながら、石段に腰を落ち着かせている彼女の前まで歩幅を詰める。
「あの、こんなところでなにしているんですか? 始業式始まっていると思うんですけど」
「ああ? 見りゃ分かるだろ、見ればよ」
僕は思わず眼を剥く。
女の子の、こんな粗暴な話し方を聞くのは初めてで、ちょっと感動した。
ここの生徒はほとんどが、親がお金持ちのせいか、品格を持った人たちばかり。普通に道端を歩くのにも、細心の注意を払っているように見えた。
色褪せた髪に、耳には安物そうなピアス。申し訳程度に制服は着ているものの、しわくちゃで、恐らくアイロンもしていない。
お嬢様学校と呼ぶに相応しい、この霊堂学園の他の女子生徒とは、明らかに異彩を放っていた。
「えー、と何をしているんでしょうか?」
「サボりだよ、サボり。ほんとに、見てわからねーのかよ。入学式なんて出席してもかったるいだけだしなあ」
面倒くさげに髪を掻きあげる。
大股で居丈高な彼女は、悪びれた様子もなく、睡眠不足なのか堂々と大口を開けて欠伸をする。
優等生の僕としては、彼女の悪事は見逃せない。
「いけませんよ! 入学式は人生の大事な節目なんです。どんなに格式ばった行事で、自分に合わないからと決めつけて、サボるのはよくないと思います!!」
「……それじゃあ、あんたは――高校から編入してきたあんたは、いったい何してんだ?」
「なにって、それは…………サ、サボりですね」
「なんだそりゃ? はっ、それじゃあ、私と同じじゃないか」
荒げる声音はまるで威嚇。
ポケットに手を入れたまま眉を顰め、口を尖がらせる。あまりにもご尤もな意見だったので、猶更僕は引き下がるを得ない感じだ。
それでも妙な対抗心が眼前の彼女に対して、ふつふつと湧き上がる。それは昨日、ジャージ姿の女に打ち負かされた、ただの八つ当たりなのかもしれない。
「全然違います。僕にはサボらないといけない、正当な理由があるんです!」
「へえ、それじゃあ、あれか? 私にはサボる理由なんてないってか?」
口角が微かに上がる。笑みというより、挑発。それから眼光が鋭くなる。不良のような迫力に、僕は一瞬たじろきながらも、目は逸らさなかった。
「そうは言っていませんよ。……そういえばどうしてこんなところでサボっているんですか?」
「初対面であるあんたに、この俺がそれを教える義理なんて、どこにも見当たらないとは思わないか?」
「そう……ですね。だったら、教えてくれなくて結構です」
「……へええ。意外と気が強いんだな、あんた?」
あわわわ。
調子に乗ったばかりに、どうやら僕は彼女を怒らせたようだ。
彼女は立ち上がり僕に接近する。そして射竦めるような視線で見下ろされる。
立ち上がってから分かる。
僕は男の中でも身長が高いほうではないけれど、彼女はゆうに僕の身長を十センチ以上は越していた。そして痩せ型なのも、身長が高く見える要因だった。
もう少しふっくらしている方が、健康的にはいいのではないのであろうか、と見当違いの考えをしていると、彼女は僕の制服のリボンを、今にも千切ろうとしようか吟味するかのように、掠れた音をさせながら揉みだした。
いや、それよりも鉄拳制裁を喰らわされるかもしれないと、相手の行動に困惑しながらも、ばれないように、こっそりと、そしてしっかりと、小さく鼻息を吐き出し、腹筋にぐっ、と力を込める。
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