高校生編~Aパート~
第9話 ベッドに沈みゆく!
備え付けのベッドに倒れこむと、見た目通り安物なのか、ぎしっと、ちょっと恐怖を感じてしまう軋む音がする。いきなり壊れてしまわないだろうな、これ。
とにかく使い古されているのは確かのようだ。
シーツは自前で、新しく買ったものだ。
ずっと布団で寝ていたから掛け布団はあったが、シーツは新しく購入するしかなかった。痛い出費だが、新しい分肌触りが段違いで気持ちいい。
少しばかり高年齢の寮母さんに、案内された一人部屋は五畳程度。
自室も同じぐらいだから、そこまで狭くは感じない。
ベッド同様に、最初から備え付けで置かれていた、小さ目の冷蔵庫や、薄型テレビ、それを載せている小さな木製の棚のせいで、ちょっと狭く感じるだけだ。
一人暮らしとは言っても、寮生活。
共同生活だから、もっと騒がしいものと思っていたけど、水を打ったような静けさだ。事前情報通り、寮生が少ないせいだろうか、少し物寂しい雰囲気だ。だけどそのお蔭で一人部屋なのだから、文句もいえない。
「あー、疲れた」
そのままベッドでまどろんでいると、仰向けのまま昨夜のことを思い出す。
――一緒に寝ませんか?
僕がトイレを済ますのを待っていた葵ちゃんは、俯き加減で、恥ずかしそうに唐突に訊いて来た。
なんで? と訊きたかったけれど、もじもじしている葵ちゃんに対して、僕ができたことは頷くことだけだった。
一緒の布団に包まるのは、流石にまずいのではないかと思ったのだけど、葵ちゃんが泣きそうになったので、僕らは思いつく限り一緒の布団に入って喋っていた。今まで喋っていなかった時間を、あの夜に取り戻すように、ずーっとだ。
――行かないで。
と、明言はしなかったものの、言葉の端々から、間接的にその意思は伝わってきた。
意外だった。
葵ちゃんにはずっと嫌われているものとばかり思っていたから。だけど、今さら「僕はどこにも行かないよ」と守れもしない約束をするわけにもいかない。
状況に流されるままでいいと、半場諦めていたけれど、葵ちゃんの引き止めによって揺らいだ。行っていいのか、どうか。だけど、皮肉にも葵ちゃんのおかげで、より強く僕は霊堂学園に行きたいという決心は強まった気がする。あの家から離れてたいという想いが、さらに大きくなった気がする。
他人と親しくなればなるほどに、僕はその人間から遠ざかろうとするんだ。なぜなら、拒絶されるのが怖いから。好意が肥大すればするほどに、大切なものを喪失した時の反動が手痛くなることを、僕は知っている。
だけど、愛華だけは別だ。
着かず離れずの距離を保って、僕が疲れて一人になりたい時はちゃんと理解を示してくれる。そんな彼女を、特別だと思わないなんて不可能に近い。
「……会いたいなあ」
ぽつりと、呟いた本音は虚しく、湿り気を帯びていた。愛華には結局、ここに入学することはカミングアウトしていない。
カンのいい愛華のことだ。
動揺する僕の声音から、一発で僕の嘘を看破するだろう。
心配のメールや留守番電話は無視するのは心苦しかったけど、流石に今の事情を説明するのは躊躇われた。
……だって「女装して、女子高に通うことになったよ!」なんて言えるわけない!!
客観的に観れば、完・全・に・変・態・だ!!
それでも、愛華なら僕の言い分を全部聞いて、納得してくれるかもしれない。そのぐらい彼女との絆は深い。
それなのに、どうしてなのかな。
ちょっと会わない間に、愛華との距離が遠くなった気がする。僕が遠ざけてしまっているせいだけれど、なんだか、このままゆるゆると彼女との関係が浅くなってしまってもいいような気がするんだ。
人懐っこい、社交的な愛華の分け隔てない優しさに、心締め付けられることもなくなる。
愛華の仕草や、穏やかな表情を見て、変な期待をすることもなくなる。
そう、これでいいんだ……。
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