第7話 鏡に映るのは男の娘!

 

 眼前には、世にも可愛らしい女の子がいる。

 切るのが怠いからと今まで放置していた、肩にまでかかった髪の毛は、女性用シャンプーとリンスのお蔭で、瑞々しく潤いを保ち、神話に登場する女神のように美しい。

 眼はぱっちりと見える二重。瞳に翳を落とす、蝶の羽のように長い睫は、瞬きする度に光の粒子を振りまくが如く漆黒。鼻梁の線は文句しに綺麗で、口元は化粧もしていないのに、光彩を放つかのよう眩く、唇はうっすら桜色。そして、それら全てを受け止めるのは、雪のように真っ白な肌で、少女の長所を引き立たせる。

 運動部でエースとして活躍していた名残か、引き締まった腕には余計な筋肉はついていない。座高の低い少女は、足も長くて無駄毛の一本たりとも生えていない。

 惜しむべくは自己主張をまったくしない胸だろうが、逆にそれがスタイルの良い体とマッチしているといえるだろう。

 お嬢様学校と噂される女子高の制服はベージュ。そして指定されている黒のニーソ。ツーカラーのコントラストが絶妙で、嫌味にならない程度の高級感溢れていて、これぞまさに、女子の憧れを具現化してみました! といった光景。

 鏡よ鏡よ鏡さん。この世で一番可愛い男の娘はだぁれ? と聞いたら、鏡にぼんやりと映ってしまうかと、危惧しそうなぐらいの出来栄え。

 これぞ、まさに悪夢ッ!! だけどこれは紛れもない正夢、現実。

 この身なりは、「いったい、どこのお嬢様なんだ」と自分でも思うぐらい様になっている。

 家に一つしかない鏡の姿見を自分の部屋に抱えて持ってきて、さっきからちょっとしたポーズをとっていたのだが、見れば見るほどシャレにならなくなってきた。いくらなんでも、制服のコスプレすれば違和感の一つや二つ浮き彫りになってもおかしくはないと踏んでいたのだが、まったくの逆。

 認めたくはないが、こんなにも――。

「似合ってるよ! もみじちゃん!」

「うわあ!!」

 死角から抜き足で忍び寄り、ばん、と音がするほど強烈な威力で両肩に手を置かれた僕は、不意を突かれ飛び跳ねそうになるぐらい驚愕した。悪戯が成功して喜んでいる茜義姉さんを、鏡越しに睨みつけるがどこ吹く風だ。それも当然か。頬を膨らませている自分の表情は、激怒しているというよりは子どもっぽくヘソを曲げているように見える。

「……いったい、いつからそこにいたんですか?」

 もしかして、予想の斜め上をいった自分の制服姿に興奮して、段ボールに詰め込んでいたモノを色々漁って、試着していたのを見られてしまっていたのだろうか? あの時はテンション上げ上げだったから、平静を欠いてとんでもないことをしてしまった気がする。

 だけど、思い出せない。

 まるで思い出しくない過去を無意識に蓋をして、封印してしまったような……。

「うーん、もみじちゃんがクローゼットに仕舞い込んであった段ボールから、おじさんにもらった数々のコスプレ服とか、それに類するグッズを取り出した所からだよ」

「それ最初からあああああああああああ!!!!」

 父親が置いて行った負の遺産。

 使うことはないと断言したにも関わらず、内に秘める欲求に抗うことができなかったのか、僕は。

 女性として扱われることを否定しつつも、この容姿は切っても切り離せない。そのことを自覚し、女扱いされることに半ば諦めかけていた。だから自暴自棄になってしまったのか。今後は意識をはっきりと持って、思考停止という誘惑に打ち勝たなければ。

 頭を圧迫するような痛みに、片膝をつく。

 黒歴史確定な失態を、どうにか脳内に押し込むことに成功する。これ以上、藪をつついても自我を崩壊させる危険性しかない。もう全て忘れよう。大事なのは昨日じゃない。明日へ向かっていくことなんだ。

「あっ! そういえば、もみじちゃんの制服姿も勿論可愛いとは思うけど、メイド服もびっくりするぐらい似合ってたよ。猫耳もつけてニャー、ニャーって言い出した時には、流石に私も出づらくなっちゃってタイミングを見計らってたんだ、ごめんね」

「謝るのはこっちの方ですうううううううう。見苦しいものを見せてしまって、すいませんでしたあああ」

 曖昧だった記憶が、これでもかと脳内にフラッシュバックする。完全に思い出してしまった。そのあとも、ゴスロリ服や、チャイナ服など様々なコスチューム服を着た。

 な、なんて僕は血迷ったことを……。

 今まで意識していなかっただけで、僕は女装をしたかったというのか。抑圧されていた感情が、一気に弾けて爆発した。だったら、普段から女装していれば、もう安心だ。

 ……うん、根本的な解決にはなっていないな……。

「……それよりも、もみじちゃん、その恰好似合ってるよ。女装というよりは、見た目はもう、完全に女の子よ、女の子! ある程度は予想していたけど、こんなに似合うなんて! これだったら、女子高に通うのも全然問題ないわね」

 確かに、化粧をしていないでこの完成度だと、女の子に嫉妬されそうだ。

 胸パットを入れていないから、まな板のようだけど、僕と同じぐらいの女性もいるだろう……なんて言ったら怒られそうだな。

 なぜか僕は、女装をして、中高一貫エスカレート式の私立霊堂学園高等部に通うことになった。お嬢様学校であるその学校は、教員ですら男がいない、完・全・な・る・女子校である。

 志望校を決める算段もついていなかったから、あの学園長の申し出は渡りにつるだったとはいえ、 自分でもおかしな展開になってきたなという自覚はある。

 当然、断固反対であった僕だったけれど、家族のほとんどが、学園長の意見に賛同した。

 理由は、「学費全額免除なんて魅力的じゃない」とか、「高校ならどこでもいいじゃん?」だとか、「それに、もみじくんの女装姿も見てみたいわー」だとか様々だった。

 特に単身赴任中のお父さんは、完全に乗り気でちょっと気持ち悪かった。

 僕の制服姿を、カメラに収めると浮き足立って、電話越しで碧さんに激高されていた。あの時初めてわかったのが、あの人が怒ると一番怖いってことだ。怒らせないように注意しよう。

 そして、唯一反対してくれたのは葵ちゃんだったけど、僕らは結局、押しの強い女二人にそのまま押しきられ、なし崩し的にこうなってしまった。

 いくら切羽詰っているとはいえ、明らかにこれは犯罪行為だ。そもそも戸籍を偽ることなんて、一般家庭である僕たち小市民にできるのだろうか。

 ……なんて僕の心配は、あの学園長が全て払拭してくれた。

 凄く迷惑だったけれど……。


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