世界卒業したくなる第二世界へ

ちびまるフォイ

卒業してからが本題

「なぁ、お前はいつ頃卒業する?」


「え? 学校ってそんな自分の意思で卒業を前倒しできるの?」


「ちげーよ。世界卒業式だよ。

 卒業すれば、この世界とは別の第二世界に行けるんだよ」


「お前は変な宗教から卒業したほうが良い」

「そういうのじゃないって!」


彼女と別れてから「この世界は退屈だ」と

夕焼けを見ながらつぶやいていた友人がついに末期かと心配になった。


ただのかまってちゃんアピールの一種かと軽くあしらっていたものの

数日後に友人が本当に消えたので急に現実味を帯びた。


「あの、友人が消えたんですけど、どこか知りませんか?」


「うちの子は卒業したのよ」


「世界卒業しただけなので、

 警察としても失踪事件ではないという判断です」


残された家族も警察も「卒業したから」というだけで

探すこともなく、いくらニュースを見ても遺体として

涙の再開を果たすこともなかった。


「本当に卒業したのか……!?」


そう思うと、ますます第二世界とはなんなのかが気になる。

卒業した友人の部屋を漁ると、卒業するための情報はいくらでも見つかった。


といっても六芒星を書いて鳥の血を捧げて

「パンツ大明神!!」とか叫ぶといった黒魔術的な行為は不要で

単に毎月1日に行われる「世界卒業式」に参加するだけでOKらしい。

めっちゃ楽。


指定された住所にやってくると、

本当に「第32回世界卒業式」とか看板がたててある。

しまいには親子連れが看板の前で門出を祝っての記念撮影。


「柔らかな! 陽の光!!」

「今日、ぼくたち!(わたしたちは!)」

「この世界を卒業します!!」


世界卒業式が始まると、名前が順に呼ばれて世界卒業証書を受け取る。

証書を受け取った瞬間にその体はワープして消えてしまう。


「山田花太郎くん!」


「あ、はい!」


俺の番がきた。

ドキドキしながら証書を受け取ると、次の瞬間別の世界に来ていた。


「あれ? 山田?」


そこは第二世界での入学式会場。


新しくやってくる人間を出会い厨の男が品定めしたり、

友人の来訪を待っている人との再会の場。


「お前も第二世界に来たんだな、ようこそ!」


「見た目にはあんまり変わんないな」

「異世界ファンタジーの読みすぎだ」


会場の外を出ても元いた世界とそう変わらない。

文明も電気も人も服も、ちょっと引っ越したくらいの感覚だった。


「でも、第二世界には人口がまだ少ないからな。

 アットホームですごく楽しいぞ。変にいばる人もいないし」


「そうなんだ」

「卒業式に参加できる人で条件あるからな」


友人の言う通り、第二世界は今までの世界よりもずっとコンパクトだった。


テレビで見るアイドルが普通に路上で見かけたり、

紛争も戦争もなく、町内会がこの世界の中心になっていた。


「人が増えすぎると、色々複雑になる。

 俺にはこのくらい単純でコンパクトな世界が一番だよ」


「わかる気がする」


俺もすっかり第二世界に味をしめた。

学校もなく、みんな自分の仕事をして世界に居場所を作っている。

どうぶつの森の住人がまとめて戸籍を移したくなるほどのスローライフだった。


第二世界で過ごし始めてしばらくすると問題が起きた。


「第二世界の住人をもっと増やす!?」


「毎月入学式で第二世界の人口は増えているだろう?

 でも正直まだまだ足りない。もっと発展させるには人手がいるんだよ」


友人は説明を続けたが俺はどうにも納得行かなかった。


「この静かな感じがよかったのに……」


「大丈夫、世界入学してくるのは技術者とかを選別すればいい。

 荒くれ者が入ってきて、世界がめちゃくちゃにはならないって」


「そういう問題じゃ……」


俺はなおも反対したが第二世界投票の結果により、入学人数は増やされた。

毎月、第二世界にやってくる人は増え、世界はどんどん賑やかに華やかになっていった。


かつては道をすれ違えばお互いの顔と名前が一致したはずが、

行き交う人が多くなりすぎてもはや誰が誰だかわからない。


世界にあったはずの自分の居場所も不透明になっていった。


「……なんで俺、この世界にいるんだろう」


第二世界はいまやイケイケの発展ブーム。

このビックウェーブに誰もが乗ろうと世界は活気づいていた。

それだけに、冷めた俺の心との乖離が激しくて辛い。


しだいに、元の世界のことばかり考えるようになっていった。


「元の世界は今どうしてるんだろう」


俺はこの世界からの帰還方法を調べ始めた。

けれどもう卒業式はない。どうすれば戻れるのか。


毎日ネットのまとめサイトを巡回していたところ、

ついにその方法が見つかった。


【 引退式 】


開催場所に向かうと、現実に疲れた人たちが列をなしていた。

みんなこの世界の空気感に取り残された人たちなんだろう。


「それでは第35回引退式を始めます」


名前が呼ばれると、今度は卒業証書ではなく花束を贈られていた。

渡すときに「お疲れ様」と声をかけられどこかにワープする。


「山田太郎くん」

「はい!」


やっとこの世界から引退できる。元の世界に戻ることが出来る。

そう思うと壇上に上がるまでの足が軽い。


「お疲れ様」

「ありがとうございます!」


花束を受け取ると、一瞬で目の前が暗くなった。



 ・

 ・

 ・


目を開けると、そこは病室だった。


「目が覚めましたか? あなたはずっと意識を失っていたんですよ」


ベット際にいる医者は安心させるように告げた。


「ここは……第二世界ですか……?」


「第二世界? いいえ、そんな場所じゃありませんよ。

 あなたは引退してきたんでしょう」


「ああ、戻ってこれたんだ」


病室にあるテレビからはなんだかよくわからない世界情勢をニュースし、

窓の外にはたくさんの人が行き交っている。完全に元の世界だ。


「なにかと手が必要ですからいつでも呼んでくださいね、佐藤大輔さん」


「……え?」

「どうしました?」


「誰ですかそれ」

「あなたの名前でしょう。忘れたんですか」


「いや、俺の名前は山田太郎……」


医者は「ああ」とぽんと手を叩いた。



「あなたは、自分を引退なされてこの世界に来たんでしょう?

 だから、あなたは山田太郎ではなく、佐藤大輔さんですよ。

 引退した佐藤大輔さんの空き体が埋まってよかったです」



この体の持ち主が自分引退した理由はすぐにわかった。

だって、両手両足がまるでなかったから。

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