第13話 織り上げる

「……で、お付き合いすることになったんだぁ~!」


ひゅう、と口笛を吹く芳賀を真っ赤になって睨みつける藤木がいる。今回は最近使っていたイタリアンレストランではなく、以前から通っているカフェ「金雀枝珈琲店」にやってきた。今回は藤木、佐々木のみならず、芳賀と猪端もあわせて総勢四人で集まっている。


「いっやぁまさか佐々木がなぁ、めでてえなあ!」そう言ってにやにやと見つめている。

「何親父みたいなこといってんだ」しかめ面をしてねめつける佐々木。

「お二人とも仲良いですよね」藤木がくすくすと笑う。

「ほーんと、なにやってんだか」あきれ顔で見つめる芳賀。


藤木と佐々木、芳賀と猪端で隣どうしになるように席に座ったのが運の尽きだったようだ。着席して以来、真正面からレストランについていった時から今までの発展に関しての話を根掘り葉掘り聞かれていた。まるで事情聴取だ……とうんざりしたのは藤木だけではないだろう。


「そんで、ここでふっちゃんと佐々木さんは出会ったわけなのね~。なかなか小洒落たいいお店じゃない!」

「は、はい! 藤木さんがあそこの席で、俺があの奥の席で、それで俺が追いかけて……」

「佐々木さんっ解説しないで良いです!」


もうっ今ですでに恥ずかしくなってるんだから追い打ちはやめてくださいよ! と膨れている。佐々木ははいっ! ごめんなさい! と居ずまいをただした。そんな二人を見て、芳賀と猪端は顔を見合わせ笑う。


「ふっちゃん、成長したねぇ。これも彼のおかげ?」

「へ? 成長?」

「だってこれまで感情あらわにすることってそうそうなかったじゃない?」

「だ、だって職場で感情で動くわけにはいきませんから……」


もにょもにょとごまかすように話す藤木に、そういうことじゃないのー! と軌道修正をかける。


「定時後とか、仕事外でもそうだったもん。まるで修行僧みたいだった!」

「うっ、それは……! 最近緩んでますよね、気を付けます」

「それも違うー。それでいいの。感情を出していいの。今のふっちゃん、最高に素敵よ」


ほんとお嫁に出したくないほど可愛い! と主張する芳賀に、藤木は呆気に取られる。素敵……私が? 今?

思わず佐々木を見上げる。目が合うと優しくにこりと笑いかけてくれる。あの時、この人がああいってくれたから前向きになれた。この人に出会ったから、追いかけてきてくれたから、今はこんなに楽しく過ごせている。……そう思うと視界がぼやけ、波打った。


「ふ、藤木さん⁉ 大丈夫ですか?」

「あれっ、なんで出て、あれぇ……?」

「……今、どういう気持ちか、話せる?」猪端が聞く。芳賀に肘で突かれているが全く意に介しておらず、真剣な表情だ。


「……私」

「うん」

「……私、嬉しいです。こんな、いい人たちに囲まれて、良い方良い方に引っ張っていってもらえて、なんだかそれが奇跡のように思えて、嬉しいんです。佐々木さんが追いかけて引っ張り上げてくれたから、今こうしてここにいる。嬉しいです……」

「そっか。嬉し泣きしてるんだね、今」


こくこくと頷く藤木を、慣れない手つきでふんわり包み込む腕があった。佐々木だ。照れているのか耳まで赤い。しかしばっちり、目は合わせてくれる。


「……俺、ずっと、いつまでも隣にいますから。自信無くなったら、いつでも俺が貴女の魅力を語りますから」

「……はい!」


そこで、ことりとテーブルにケーキが置かれる。誰か注文した? と目線を交わしていると、やけに厳つい男――この店の店長、結嘉だ。――がぼそり


「おめでとさん、これおまけしておくよ。……あんたがたもな」


と一言言って去っていった。——最後に芳賀と猪端に目をやりながら。

まさか、と目を真ん丸にして藤木と佐々木が目をやると、気まずそうに頭をかいている芳賀と顔を覆い隠して「あの店長洞察力良すぎじゃね?」と呟く猪端がいる。


「……もしかして、猪端。」

「あーもー! そーです! はいそのとおりです! 実はこちらもおめでたなんです‼」

「ちょっ……と、イノそれ語弊があるからやめて! くっついたでいいでしょ⁉」


とわいわいやっている。

しばらく呆気に取られていたが、なるほど。経験豊富で勝ち気美人の芳賀と、仕事も恋も一途だが私生活がだらしない猪端。凸凹コンビで上手くいったというわけだ。


珍しく赤くなっている芳賀を尻目に、店長のご好意に甘えて有りがたくケーキを頂く。甘酸っぱく濃厚なオレンジショコラのプレゼントだ。ピール入りなのでほんのりと苦みがアクセントになり、濃厚ながらもすっきり食べられる人気のケーキ。

……もしかしてあの店長、最初の頃から見てたのかな。そうしたら恥ずかしいな……なんて思いつつ、有難くケーキを頂戴する。今日も今日とて藤木と佐々木はカプチーノを共に。これがまた非常に合って素晴らしいハーモニーを生み出してくれた。


金雀枝珈琲店で結われる縁は数知れず、人知れず。不器用同士の糸も、器用同士の糸も綺麗に織り上げられた。その傍らではいかつい店長が目じりを緩めて見守っている。

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