第12話 リストランテ再び

 藤木と佐々木は再びイタリアンレストランで向かい合っていた。前回利用した際、帰り道ですぐさま予約を入れておいたのだ。……ここの料理が美味しいのは実体験済みである、しかし今回もそれに流されるわけにはいかない。

藤木は佐々木を困らせないため、佐々木は危ぶまれていたナンパ目的と間違われないよう、かつ本来の目的である相談に乗るため——。嘘を着くのが苦手な二人は緊張で言葉数が少なくなっていた。たわいない会話をしながら話題の切り口を探る。そうしていると自然と会話も途切れがちになり、カフェでの会話の二の舞になりかけていた。


「お待たせいたしましたー。シーフードピッツアとあさりのスープパスタ、ほうれん草のクリームパスタでございます」


店員が前回と同様テーブルへ皿を並べていく。ふわりと海鮮の良い香りと濃厚なクリームの香りが立ち上る。一気に食欲が湧き出てくるが今回ばかりは流されまいと意思を固めながら、佐々木はシーフードピッツアを六等分し始めた。相も変わらずざくざくと食欲をそそる音と海鮮の出汁の香りが食欲を刺激する。流されるわけにはいかない……しかし、温かいうちに食べないともったいない。

「いただきます!」と手を合わせて二人、もくもくと食べる。食べ始めて緊張の糸が緩んだところで佐々木は口を開いた。


「前回話して思ったんですけど、藤木さんてすごい努力家ですよね」

「へ⁉ ど、どうしました急に」

「いやぁ、仕事にきちんと責任持って当たり続けているところも、研究を絶やさないところも、蓄積された知識量からも伝わってきます。貴女はとてつもない努力家だ」


はは、突然すみません、と断りを入れる。藤木は突然褒められて口許を手で覆ってしまっていた。急に攻めすぎたか、と推測し佐々木は内心冷や汗が伝うのを感じた。しかし


「そんな、買いかぶりすぎですよ? 必要に迫られてやってるだけで、私は……」

「いいえ、それは自信持って、胸はって、大声で言って良いことだと俺は思います。普通の人間ならなあなあで手を抜いて終わらせてしまうこともある、そういうことを藤木さんは今までずっと一生懸命向き合って対応してる。……本当に、尊敬します」

「……ありがとうございます……やだ、照れる……!」


そういって藤木はわっとクリームパスタを頬張る。初めは自棄になったような運び方だったが、やはり美味しさには勝てないようだ。頬を緩める様はとてつもなく可愛らしい。と、このままでは前回のように見とれて終わる、と我に返り、あわてて話題を反らす。


「そ、それでもし今も何か悩んでいるようならお力になりたいなーと思いまして……。いや、今そう見えるとかじゃなくて、最初カフェで話しかけた時の続きなんですけど!」

「今の悩み事……そうですね……」


そういって目線をうろうろとさ迷わせている。今突然振られた質問に対応しようと一生懸命内容を纏めてくれているのだろうと推測し、ただただ待つ。そして一、二分程たったろうか。少しして藤木が口を開く。


「……私、なんだか人とコミュニケーションとるのとか……心から信頼するのとか、凄く苦手なんです。すぐに人との間に壁を作っちゃって距離を置いてしまうっていう。それで、人に仕事任せられなかったり助けてーって甘えたりできなくて、結局自分一人だけで頑張って疲労困憊になって、見兼ねた芳賀さんが手を貸してくれるっていうようなそんな状態で……」


そんな人としてダメダメな自分が嫌で仕方がないんです、と藤木はいう。


「どうしたって自分一人じゃ仕事をこなせない。バイトちゃんや先輩たちを頼った方がしっかり仕事に専念できるっていうのは頭ではわかっているんです。でも、何だかだめで。全部自分の手の届くところにないと不安っていうのと、他人に任せて失敗されたらどうしよう、って思ってしまって……」


相手にも失礼だし、社員としても不出来な姿勢だっていうのもわかってるんです、でも直せないんです……。と目線を落とす。


「なるほど……。確かに、人を信頼するって難しいですよね。相当距離が縮まらないとそんなことできない。そうしないとと思っているのに、それができなくて悔しい……といったところですね?」

「そうです、要約ありがとうございます!」

「うーん……あくまで俺の一個人としての意見なんですけど、少し聞いてくれますか」

「はい……!」


念のため前置きをして佐々木は言う。社会に出た当初を思い出しながら。猪端と粕谷に助けられ怒られ学んだ日々を思い出しながら。


「俺も不器用なところあるんで、そういうのわかります。タイプが違うとなかなか打ち解けられなくて、だんだんグループに入っていけなくなる……。そういうのありますよね。

でも、人ってそれぞれタイプも違えばコミュニケーションの取り方も違う。そんな全員が全員すぐ仲良く信頼してグループ作るなんて、奇跡に近い所業だと思いませんか?」


一旦言葉を区切って様子を見る。こくりと頷いてくれているのを見て取って、言葉を続ける。


「実をいうと、俺と猪端も滅茶苦茶タイプ違うんで最初は凄く苦手意識あったんです。けどしばらく見てると、あ、あいつあれ下手だなとか、あれ凄い巧いな、盗もう。とか色んな長所も欠点も見えてきて。それ以降話すことも増えたりして、なんだ、案外面白い奴じゃん、って。そうしてなんだかんだ今見たく打ち解けてこれたんです。今はもう緊急事態とかで自分の仕事任せても不安はないですね。

後輩たちだってそうです。入社時期が少し早いってだけでみんな刷り込まれたように先輩先輩、って作り笑顔で向かってこられるのほんと無理で。でもよく見てるとそれぞれのいいとこ悪いとこ見えてきて、話したり弄ったり、フォローしたりしてるうちにだんだん信頼できるようになってきて。……まあ何が言いたいかというと、人間十人十色、始めはうまくいかなくてもしょうがない、でも相手の人にしっかり向き合うようにするとだんだん信頼関係というのは良くも悪くも自ずとできてくる、ってことです!」

「な、なるほど……!」

「……偉そうにぺらぺらとすみません。でも、藤木さんの場合、真面目だから向き合うことはできると思うんです。……実際、俺という不審者に向き合ってくれたわけだし。ほかの人ともコミュニケーションを避けるというのをしているようにも思えない。……現に芳賀さんがそれを証明していると思うんです。そこで俺が思うに、藤木さんは……もっと自分に自信もって相手の目を真っすぐ見て、それで話をしていくことがカギだと思います」


目を丸く見開いて驚いている藤木に、「自信」を持って見つめ返す。まっすぐしっかり伝わってくれ……と祈りつつ。

すると少し考えた風にしてからぽつりと、


「……目、合わせるの、ずっと苦手で……私、自信もってと言われてもまだ持てる気がしないんです。自分自身が不安で信用できてなくて、ぐらぐらしていて。……でも、頑張ったら少しずつならできるような気もします。身近な人から、ちょっとずつ。勇気いりますけど、それならもしかしたら……」


とつぶやいた。


「……それなら、いい案があります」

「…………いい案、とは?」


ごくりと唾を飲む。やけに音が大きく響いているような錯覚に陥る。


「俺と、その壁取っ払う練習……していきませんか」

「壁を……取り払う?」

「そうです。俺と目ばっちり合わせて色んな話をしましょう。不安なら貴女の魅力をいくらでも伝えましょう。それで貴女が貴女らしくいられて生きやすくなるなら……どうぞ俺を使ってください。いつでもお付き合いします」

「…………!」


ばっと彼女が下を向いてしまった。しかし耳の赤さが、ぎゅうと握った手が、嫌がっているのではなく恥ずかしがっていることを物語っている……というのは、思い上がりだろうか。


「そ、そんな言葉ずるい。本当にずるい。まるで告白じゃないですか。勘違いしそうになります」

「……っ、そ、それでいいです! それでいいんです。勘違いしてください」

「それって、」


彼女は驚いてまた目を見開いている。一つ息を吸って、はっきり伝える。大切に、確実に届くように。


「……藤木さん。良かったら、俺とお付き合いしてくださいませんか?」

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