第10話 リストランテ
猪端に送ってもらい、無事に藤木と佐々木は予約していたイタリアンレストランにたどり着くことができた。そこはなかなかに小洒落た煉瓦造り風の店舗で、こんな可愛らしい店が近くにあったのかと驚く。なかなか通勤路以外では出歩くことがないから新鮮だ。佐々木は営業だというから、こういうお店も沢山知っているのだろうか。
時間を少々オーバーしての到着だったが店員さんは快く受け入れてくれ、お水を飲んでほっと息をつく。……ここにくるまでなかなかくたびれた。それは佐々木も同じようで、心なしかしんなりしているようにも見える。
「今日はお騒がせしちゃってすみませんでした」
「いえいえ、まぎらわしい真似してしまって……芳賀さんが怒るのも尤もです。すみませんでした」
「……芳賀さん、すっごく後輩思いでいろんなことに経験豊富で、本当に頼もしい人なんですよ。しょっちゅうお世話になっていて、最近も相談にのってくれてたりして……すごく、いい人なんです」
「ええ、正直言ってしまうと最初あの形相でしたからどんな人かと思ったんですけど、よくよく聞いてみてると藤木さんのこと心の底から心配してるんだーってことが伝わってきて……本当に良い先輩ですね。ところで、相談っていうのは、その、もしかして」
「あっ……えっとーその……実はですね……?」
つい口が緩んで失言してしまった。仕方がないのでしどろもどろに話し出す。
実は最初いたずらで遊ばれているだけなんじゃないかと疑っていたこと。芳賀に後押しされて店舗に足を運べたこと。初見の時の印象を話して気持ちを整理させてくれ、背中を押してくれたこと。今までにあった二人を取りまく芳賀の後押しをざっくり話終えると、「すいまっせん‼」と机に頭をぶつけんばかりに頭を下げられた。
「えっえっなんでですか、顔あげてください!」
「だってやっぱり貴女を不安にさせてたことを再認識してしまったら申し訳なさでいっぱいで……俺のエゴで、本当すみません……」
とりあえず顔は上げてくれたが申し訳なさそうな顔がいたたまれない。
「そんな、私、会おうって決めてからは実は結構楽しみにしてたんですよ、佐々木さんと会うの……。エゴだなんて、いわないでくださ……」
言いながら佐々木をみやる。……湯気が出そうなほど、顔が赤い。少し考えて理由に辿り着く。徐々に藤木の顔にも熱がともってきた。
「えっあっえっと……」
「た、楽しみにしてくださってたんですか……? ほんとに?」
「は、はい……実は……。お、重いですよね、すみません」
「いえそんなこと全くないです! 俺もおんなじ気持ちだったんですから。なのに仕事が立て込んで歯がみして地団太踏んでました」
「歯がみして地団太って。……子どもみたい」
医薬品在庫の前でそれをしている佐々木を思い浮かべてしまい、つい笑ってしまう。バリバリ仕事していそうな印象を持っていただけに、ギャップがありすぎる。そんなの卑怯だ。
「佐々木さんて、そんなカッコイイのになんだか可愛いですね」
「か、かっこいい⁉ そんな、そんなことないですよ。藤木さんだって凄く美人なのに笑った顔あどけなくて凄く可愛らしいです……!」
あわてふためいていたのかナチュラルにそんなことを言ってのける。ほんとずるい……今度は藤木も茹蛸になって固まる番だった。
「えっ、あっ、あはは、佐々木さんたらお上手でっ……」
「……あの、今の、お世辞じゃないです。ほんとのほんとに、美人だし可愛いと思ってます。もっと自信持っていいんですよ、藤木さんは」
「えっ……うぅ……恥ずかしい……」
ついに我慢ならず藤木は顔を覆ってしまった。なんだか本当にとんでもないことをずっと言われている気がする。これがコミュニケーション能力のある一般男性の力……!
そうこうしていると料理が運ばれてきた。なんとも気恥ずかしくて黙ってしまっているところにナイスタイミングだ。
「お待たせしましたー明太子もちチーズピッツァとトマトバジルパスタ、きのこと山葵の和風パスタですー」
食後にカプチーノお二つお持ちします、ごゆっくり、と言い残してウェイターは去っていった。ピザとパスタの皿を前にしてお腹がぐうとなる。
「と、とりあえず食べましょうか! 六等分でいいですか?」
「えっ私切りますよ、六ですね!」
「いえいえもう俺ピザカッター取っちゃいましたし、任せてください!」
まずはパスタ召し上がっていてください、といってピザを切り分ける。
ミミを切る時のざくっという音が耳に心地良い。じゅわじゅわと音を立てるチーズと餅もとろとろで、きっと確実に美味しい。ふんわりと香るぴりりとした明太子の香りもますます食欲をそそる。ピッツァを切り分けている佐々木の手際も良く、とんとん拍子に綺麗に食べやすい大きさへ切り分けられていく。あまりに鮮やかな手際に、いつまでも眺めていたいなぁ、とぼんやり見つめていた。
「藤木さん、切り分け終わりましたよ。お皿載せちゃいますね」
「あ、ありがとうございます。佐々木さん、ピザ切り分けるのすっごく上手いですね!」
すごい、と軽く拍手をするようにして褒めると、照れくさそうにして佐々木ははにかむ。きゅっと胸のあたりが締まった。
「ああ、これはうちでピザ食べるとき、弟たちに切り分けてたからそのせいかもしれません。はやくはやくと急かされながら切るもんで、段々上達したというか」
「へぇー、佐々木さん弟さんいらっしゃるんですか。お一人?」
「いや、二人です。男所帯なんで、むさ苦しいもんですよ。藤木さんは?」
「私も下に一人、弟が。食べ盛りの子って凄く急かしてきますよね。目に浮かびます」
二人して苦笑し、ピザに手を伸ばす。いただきます、と言って口に入れると、じゅわっという音と同時に明太子のしょっぱくてぴりっと辛い味とチーズのまろやかさが口いっぱいに広がる。ピザ生地と餅のもちもち感も堪らない。「美味しいっ」と顔をあげるとばっちり佐々木と目が合う。佐々木も口いっぱいに頬張って、同意するようにこくこくと頷いている。これもまた子どものようでつい笑ってしまった。
「美味しくてつい二口目もすぐに口に入れちゃったんです。……それにしても、これ美味しいですね! ピリ辛さとかいい仕事してます」
「ですよねー! このもちと生地のもちもち感も最っ高です!」
一切れぺろりと食べ切ると、続いてパスタへ手を伸ばす。藤木はトマトバジルパスタ、佐々木はきのこと山葵の和風パスタをチョイスした。
綺麗に盛りつけられたパスタの山を崩すとふわっと湯気が立ち上る。トマトの甘い香りの中にバジルの爽やかなフレーバーがまじる。口に含むと、濃厚なトマトの味と溶け込んだ野菜の甘味がこれでもかと主張してくる。じっくり煮詰められたのであろうソースがたまらなく美味しい。パスタもプリプリとしていて食感が楽しく、どんどん箸が進む。
「んっっっま~! これ、凄く濃厚で美味しいですっ」
「こっちも凄く旨いですよ、……一口交換しません?」
「ナイスアイデアです」
取り皿に一口大ずつそれぞれ取り分けて交換っこをする。こんなことをするのはいつぶりだろう! 童心に還った気持ちで交換する。
佐々木から貰った和風パスタを口に入れると、茸の豊かな香りと奥深い味、ざくざくとした小気味良い食感に夢中になる。それでいて和風パスタのぼんやりとしがちな輪郭を山葵がぴりりとはっきりさせていてさっぱり美味しい仕上がりになっている。濃厚トマトの後だからどうだろう、という心配を余所にしっかりと味わえる整った味、佐々木のいうとおり……凄く、いやかなり美味しい。
「このトマトソース凄くいいですね、何時間煮込んでるのかな?たくさんの野菜の旨味がでてる」
「佐々木さんの頼んだ和風パスタもいいですね! トマトにも負けない茸の風味と山葵に辛さが凄くいい仕事してます!」
そういってからは二人して夢中で皿を空にした。パスタをもくもくと口に頬張り、合間でザクリとろりとしたピザを食べる。ピザはもちが乗っているというのに冷めても美味しかった。どういう作り方をしているんだろう? そんなことをちらっと頭を過ぎるがまぁいっかと食べ進める。
二人ともすっかり皿を空にし、食後のコーヒーもといカプチーノが運ばれてきた。
「いやぁ、もくもくと食べちゃいましたね……」
「そうですね、美味しかったから、つい」ここ予約して良かった、とつぶやく。
「そういえば、藤木さんてカプチーノお好きなんですか?」
「カプチーノ、好きです! このもこもこの泡が美味しくて、かつ甘すぎず苦すぎず……。佐々木さんは?」
「実は俺もカプチーノ好きなんです。カプチーノの泡々、良いですよね」
「そうだったんですね、実は前にカフェでご一緒したときから気になっていて」
「あっっそれ俺もです! 同じの飲んでるーってずっと思ってて……!」
「な、なんか、気が合いそうですね、私たち」
「そ、そうですね……!」
お互い顔を合わせてにまにまと笑う。はじめにあった緊張感などどこかへ飛んで行ってしまったようだ。今はどうしようもなく楽しく、心躍って仕方がない。食事を共にするとこんなにも心打ち解けられるのか、と藤木は幸福感をかみしめていた。
食事を終え、店を出る。その途端冷たい風がびゅうと吹き付けてきた。
「うっ……寒い……!」
「うわあ、風強くなってきましたね。良かったらこれ、どうぞ」
「カイロ……? いいんですか?」
佐々木がポケットから取り出したカイロを一つ貰う。すると「俺はこの時期二個持ちしてるんです!」と自慢げにもう片方のポケットからカイロを取り出して見せてくれた。それは自慢するところなのかと笑いつつ、二人、寒空の下を歩く。
ゆっくりゆっくり歩きながら、色んなことを話す。お互いの仕事の事とか、家のこと、趣味のこと。カイロの効果と歩きながらしゃべっているおかげで体がぽかぽかに温まり口がよく動く。
こんなにも心に引っかかるところなく自身の事を話せているのが不思議でたまらない。久しぶりに自分の事を知ってほしいという欲が生まれた夜だった。
とっぷり暮れた夜の街を二人で歩く。ゆっくりゆっくり、まだ着きませんようにと願いながら。
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