第3話 ひなたぼっこ相談会
昼間でも、吹き付ける風の冷たさが骨身に染みるようになった。もう秋も盛りで、この前まで暑かったのが嘘のようだと藤木は思う。
それでも天気の良い日などは陽気にあたれば十分に身体が解れてくれる。これがなかなか気持ちよくて止められない。藤木はミーアキャットさながらの日光浴をしながらぽやぽやと思考を巡らせていた。
こうして陽にあたりながら考え事をしていると、良い方へ良い方へと誘われていくようでストレスが少なくて済む、というのは藤木の持論である。
血の巡りが良くなれば幸せな気分が誘発されやすくなり、したがって考えている物事の方向性もおのずと開けたものになると思っている。
他人と接することでエネルギーを使い果たしてしまう類の人間なので、たかだか短時間休憩の十分ほどでも自分の殻に閉じこもって思考を巡らすこの日課は、数少ない息継ぎの役割を担っていた。
お気に入りの日向ぼっこポジションで、穏やかな気候の今日。だというのに、藤木の頭の中は良い方向に向かうどころか闇鍋さながらの煮詰まり具合だった。
もやもやとした思考を抱え、途方に暮れて空を見つめた。すると、突然影が降ってきた。
「どうしたの、おばあちゃん。今日は珍しくご機嫌ナナメなの?」
「……芳賀さぁん………おばあちゃんって私のことですか? 酷くないですか。」
私年下ですよ、と訴えるもからからと笑い、だっていつだってこの時間は、縁側でお茶啜ってそうな和み具合なんだもんと言うのは芳賀だ。
この職場で出会った、社歴が三年上の先輩社員で担当は美容部員。美人だが、これがなかなか色恋沙汰にキャリアにと色々な経験値を積んで来た猛者である。
その経験値の幅広さは尋常でなく、何かあったら芳賀先輩、という合言葉ができるほど頼られている存在だった。
特に恋愛面に強く、付き合った人数は数知れず。そのためか本来のものなのか、恋愛面に関してはいろいろ頭を突っ込んでいくしずばりとアドバイスをしてくれる。
冗談めかしながらひょいとワンポイントアドバイスを伝えて格好つけて去っていく。実に小気味良い人だ。人生楽しければそれでいーじゃん、楽しんだもん勝ち! という極めてシンプルな信条を持っており、藤木を含め周りの人間はある種の憧れと呆れと興味を混ぜたような視線を送って見守っている。その芳賀が、覆いかぶさるような形で藤木を見下ろしていた。
「で、なんかあったの? ふっちゃんがしかめ面して悩んでるってことは~……なあんかまた小難しい本の解釈がどうこうとか? 仕事も多忙期じゃないし……もしや男か?」
小指をたててにししと笑う。さすがは芳賀だ、こういうネタは見逃さないらしい。
それがですねぇ、と先日行きつけのカフェであったことをかいつまんで話してみる。
その男性は会ったことも話した覚えも無かったが、彼は自分をよく見かけていたという。呆けている自分を見られていた気恥ずかしさと、衆人環視ということもあり「えっあっ、ありがとうございます、じゃあもし、そういったことがあれば、その時は、」などとずいぶん歯切れの悪い返事を残し、逃げるようにして出てきてしまった。
「これは、どうするべきなんでしょうか? 変なこと言って出てきちゃったし、お店を変えるべきではないかと……。というかそもそも何故あんなに人がいるのに私に関わってきたんでしょう。」
「は⁉ なにその美味しいお話。え、何で行かないになるの、意味わかんない!」
私ならそのまま少しお話ししちゃうなぁ~そうかついにふっちゃんにも恋の! 春の! 季節が⁉ これは今年はハッピーなクリスマスになる感じ⁉ と本人を差し置き一人で物凄い浮かれっぷりである。私はどう避けるべきかの話をしているというのに。
「えぇ……だって、普通に怖くないですか? 突然知らない人から実はいつも見てましたと言われて名刺渡されて食事に流されそうになるって。恐怖を感じます。どうせ私の事ですもん、地味女なら簡単に釣れるっしょ的なクリスマスエンジョイ勢に目つけられただけですよ……。」
「もーあんたってばどこまで苔むした思考回路してるの? そんなパリピ勢ならもっと人口多くてノってきやすい人間の多いとこで手ぐすね引いているもんよ。そーれーに、そういう遊び慣れてるやつならもっと上手くやるもんよ! そんな注目集めて不審者扱いされそうなことしません。それより何より名刺貰ったんでしょ? お遊び的なものではないと見たね私は。一回お食事デートでもしてきたら?」
「なるほど……? でも……?」
「も~、先輩の言う事と直感を信じなさいな!それともなぁに、そんなに怪しい見た目の人だったの?すっごい不潔とか、タイプじゃないとか。挙動不審とか。」
「い、いえ、普通の感じの方でした。ただ、行動に本当びっくりしちゃって、あんまりよく覚えていないというか…。スーツ着てて、髪は短め、中肉中背…いや、少し高めだったかな?特に不潔な感じではなかったと思います。」
「ならいーじゃん、いつも通りにお店行って寛いでいてごらん。もしまた会えたら向こうからまた話しかけてくるでしょ、そこで色々聞いてみ。っていうか名刺の会社ウチの取引先じゃん! ま、進展あったらお姉さんに報告しなさいよ~? 約束ね!」
と話していたところで、店内から「芳賀さあん」と呼ぶ声が上がり、うふふ、今夜はいい酒が飲めそう、なんてことを言いながら芳賀は仕事へ戻っていった。……あの人、今休憩時間じゃなかったのか。
正直、悩んではいるものの芳賀の言う事には一理あると思う。彼女の言う通り、遊び人のような人であればあんな目立つ真似はしないだろう。
だが、それは絶対などとは言い切れまい。己の今までの人生の体験を鑑みると信用するのはリスキーだ。何より、それでまた何かあったらと思うと怖い。また厄介ごとに巻き込まれたくはない。でも……。
そういえばあの時、あの人はどういう顔をしていたっけ。できるだけ思い出そうとして、記憶を探る。やはり、気が動転していたためかあまりはっきりと思い出せはしないのだけど。
ただ、まっすぐに絡んだ視線と、綺麗なブラウンの目。空を切っていた右手、少し膨らんだ鼻。それが印象的に目に焼き付いていた。
少し冷え始めた風が倉庫に吹き込む。ふと空を見上げれば、僅かに浮かぶ雲が穏やかに流されてゆく様が見えた。陽気のいい日の、いつもの光景。
一旦考えるのを保留にして、仕事へ戻るべく立ち上がる。急いで決めると碌なことにならない。ゆっくり、ゆっくり消化して決めよう。
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