第21話

「今日から気の扱い方を教える」


ダンジョンの1階層でソフィアに伝える。


「格闘の技術は教えてくれないんですか?」

「ソフィアに教える格闘技術はもう無い。ただ、この世界で生きていくために戦闘技術は教えていくけどな」

「戦闘技術ですか?」

「ああ。格闘の試合はルールのあるものだけど、実戦においてルールは存在しない。ましてや相手は人ではなく、モンスターだ。生死を賭けた戦いになる。そういった場合での戦い方を教える。それに併せて、気の扱い方も教える」

「はい。よろしくお願いします!」


「まず、気とは自分の体内エネルギーの事だ。この体内エネルギーを使って、自身の肉体を強化したり、身体能力を高める事ができる。応用すれば自分の自然治癒力を高める事もできる。とはいえ、気を感じる事ができなければ何もできないから、気を感じる事からスタートだな」

「どうやるんですか?」

「普通なら長年の訓練をするんだけど、今回は手っ取り早く気を感じてもらう。弊害は無いから心配するな。まずは手を出してくれ」

「はい」


そう言って差し出されたソフィアの手を握る。そして気を勢いよくソフィアに送り込んだ。普通はこうする事で自分の気を他者に与えて元気にする効果がある。但し、勢いよく送る必要はなく、逆にゆっくり送り込んだ方が良い。でも今回はソフィアに気を感じて欲しいからな。送り込む速度が遅ければ気を感じる事はないし、勢いよく送り込めば気を感じる事ができる筈だ。


「な、何か来ました!」


ソフィアは俺に握られている手を驚き見ながら言う。


「それが気だ。気は体内を回っている。今から、その気を俺が操る。どう動くかを感じてくれ」


それから俺は気の扱い方を1からソフィアに説明した。さて、ソフィアは気を簡単に使えるようになるだろうか。


約3時間後。


「なかなか難しいですね」


ソフィアはそう呟くが、俺は驚く。ソフィアの体内を気が回っているからだ。まだ流れがゆっくりだけど、それでも短時間でできるようになるものではない。

これなら俺のような強さになるのも早いかもしれない。師匠として追い越されないように頑張らないといけないな。


「師匠?どうしたんですか?」

「え?」

「何か楽しそうな表情だったんですけど」

「ああ、ソフィアの成長が嬉しかったんだ。努力次第では俺より強くなるかもしれないからね」

「そんな事ないですよ!」


ソフィアは本気で言っている。


「でも、師匠より強くなってやる、と思わないと強くなれないからな」

「………分かりました。いつになるか分からないですけど、私は師匠より強くなります!」

「その意気だ!」


真剣な表情で言うソフィアが、俺は嬉しかった。追い越されたくないけど、追いつかれたいとは思う。難しいところだ。


そして約3ヶ月が経った。


「どうですか!師匠?」


ダンジョン内でゴブリンを内壊波で倒したソフィアが嬉しそうに言う。


「…上出来だ」


というよりも上出来過ぎる。気の扱い方を覚えて、こんな短期間で内壊波を覚える事は普通できない。

ちなみにソフィアは気を扱い、身体能力の強化もできている。ただ、自然エネルギーを吸収する事はできずにいる。

とはいえ、この調子ならすぐに覚える事ができるようになるだろう。


「次は自然エネルギーの吸収方法だ」

「自然エネルギー、ですか?」

「それを覚えれば、体力の尽きる事がほぼなくなる。体力の有無も生命エネルギーの量次第だからな。このダンジョンにも気はあるから、それを吸収し続ければ、ずっとダンジョンに篭っていられるぞ」


それからソフィアに自然エネルギーの吸収方法を教えた。結果、その日の内に自然エネルギーを吸収できるようになっていた。


「これでソフィアはダンジョンにずっと篭っていられるな」

「篭ってレベル上げをするんですね?」

「そうだ。俺もそうしてきたからな」

「師匠と同じ方法なら強くなれますね!」

「ハハハ、そうだな。これでソフィアに教えてあげる事はほぼ無くなった」


弟子の成長は嬉しいものだけど、少し寂しいものもある。


「ほぼ、という事は他にもあるんですよね?」

「ああ。でもそれはソフィアがもっと成長してからだな。今はとにかくレベル上げだ」

「はい!」


ソフィアのレベルは20→32に上がっている。


「さて、これからは別行動になるわけだけど」

「え?!別行動をするんですか?」

「そうだ。ソフィアがレベル上げのために倒すモンスターは俺にとって益は無い。俺もそろそろレベルを上げたいからな」

「すみません…私が師匠の足を引っ張っていたんですよね」

「そんな事はない。ソフィアといる時間は楽しかった。ソフィアが成長して、俺の隣で戦えるようになったら、また一緒に行動しよう」

「それまでは会えないんですか?」


そんなに泣きそうな表情をしなくてもいいのに。俺の心が痛む。


「そんな事はない。同じ冒険者だし、宿も同じだ。この世界にいる限り、いつでも会える」

「そうですよね!」

「ただ俺はダンジョンに1ヶ月は篭るからな。行き違いで会えない可能性もある。だから言伝がある時はギルド職員に話してくれれば良い」

「分かりました!できる限り早く、師匠の隣で戦えるように強くなり続けます!」

「ああ、楽しみにしている」


本当にソフィアの成長が楽しみだ。

翌日から俺は単独行動を始めた。まあ、最初に戻っただけだな。


「なんだか寂しくなってしまったな」


ダンジョンでドラゴンを倒して呟く。初めて元の世界の人間、それもよく知っている人と再会し、長期間、一緒に行動していた事に俺は楽しさを感じていた。それが今は1人でダンジョンに篭っている。


「元の生活に慣れるまで時間がかかるな」


俺はそう言って苦笑いした。そうは言っても気を引き締めないといけない。何せ、ゼルス達とはレベルの差がかなりあるのだ。

俺のレベルは335。上がっていない。ゼルスのレベルは365→390に上がっていて、キーサは338→367に上がっている。追い越す事は難しいかもしれないけど、追いついてみせる!


それから俺はドラゴンを倒し続け、約1ヶ月が経った。レベルは335→341に上がった。


「ただいま帰りました」

「お帰りなさい。今回も長かったですね」


ギルドに戻ってルミンさんに報告をする。


「それにしても、よく1ヶ月もダンジョンに篭れますね。本当に驚きです」

「まあ、あそこは特に自然エネルギーが多いですからね」


俺が自然エネルギーを吸収して、体力が長く保つ事をルミンさんは知っている。


「そうではなく、精神的にです。ダンジョンの中ですから、空は見えません。時間がどれだけ経ったかも分かりません。明るいですけど、周囲はモンスターだらけ…そんな空間、普通なら精神的に疲れてしまいます」

「まあ、そうかもしれないです。でも俺は平気ですね。それにゼルスやキーサもそうでしょう?」


ちなみに俺もダンジョンに入っている間の経過時間はなんとなくしか分からない。ただ気づいたのは、漂っている自然エネルギーの量が朝と夜では違っているのだ。それを基準にして大まかな日にちを割り出している。


「そう言えば、お2人共、ダンジョンに篭る期間が長いですね。もしかしたら、高レベルになると、精神的な強さが上がるのかもしれないですね」

「それはありますね」


ただレベルだけではないと思う。俺は低いレベルの時から、ダンジョンに篭っていたからだ。とはいえ俺もダンジョンに長期間どうして篭れるのかは分からないから、それは指摘しない事にした。

その後はドラゴンの命石や素材を換金する。マジックバッグの容量が無限なので、換金額は高額になった。


「ところでソフィアはどうしてます?」

「ソフィアさんですか?頑張ってますよ!早く師匠であるタロウさんに近づきたいみたいですね」

「そうですか。元気そうで良かったです」


ダンジョンに篭っていたから、ソフィアには会っていない。おそらくソフィアもダンジョンに篭っている筈だけど、まだまだ俺とは違う階層にいるだろう。会う事はまず無い。


「あれから魔族の侵攻はありますか?」


あれから、とは魔龍が来た時だ。俺はギルドに来る度に、その事を聞いている。魔龍が現れたら戦いたいからな。レベル上げには最高だ。それに俺の探知魔法が気配や姿を消す魔族に効果があるかを確かめたい。


「いえ、あれから何もありません。平和そのものです」

「そうですか…」

「どうして残念そうな表情なんですか」


ルミンさんに呆れられてしまう。どうやら表情に出ていたようだ。


「気持ちは分かりますけど、普通なら平和が一番なんですからね?」

「ハハハ、分かってますよ。それじゃあダンジョンに行ってきます」

「行ってらっしゃい!」


そして俺はダンジョンに入った。

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