第20話

1ヶ月後のある日の夕方。

ダンジョンから出た俺とソフィアはギルド近くの喫茶店に入っていた。


「ソフィアも強くなったな」


テーブル席の椅子に座りながら、対面に座っているソフィアに話しかける。

この1ヶ月でソフィアのレベルは7→20に上がった。俺のレベルは上がっていない。まあ、強いモンスターは倒してないからな。レベルが上がるとは思ってなかったし。


「ありがとうございます!師匠のお陰です」

「いや、俺にソフィアがきちんとついてきているからだ。俺についてきて努力を惜しまないなら、必ずソフィアを強くしてみせる」


自信過剰に聞こえるかもしれないけど、俺ならできるという自信がある。これは俺だけではなく、ソフィアが努力を惜しまない性格だから言える事でもある。とても教え甲斐のある子だ。


「次からは気の扱い方を教える。今はダンジョンに行っても、ソフィアは食料がいるから、長くは入っていられない。でも気を扱えるようになれば食料をそんなに必要としないから今までより長くダンジョンに篭っていられる」

「そうすれば、レベルも順調に上がるし、強くもなれる。早く師匠が安心して自分のレベル上げに専念できるように頑張ります!」

「ハハハ、俺の事は気にしなくて良いよ」

「でも私のせいで、ゼルスやキーサに置いていかれてるんですよね?」


確かにレベルで言えば、追いつきそうだったところを、また離されているからな。


「それはソフィアに関係ない。俺がソフィアを強くしようと考えて、自分の訓練を後回しにしているだけだ。ソフィアが責任を感じる必要は無い」

「でも…」

「そこまで気にするなら、着実に強くなってくれ。そしたら俺も自分のレベル上げに集中できる」

「は、はい!」


こう言っておけば、ソフィアは責任を感じる事も無いし、訓練を頑張るだろう。俺としては、本当に気にしなくて良いんだけどな。


「さて、明日はどうする?」

「どうする、とは?」

「ここ最近、ずっとダンジョンで訓練を続けてきただろ?たまには息抜きも必要だと思ってな。まあ、テーマパークはないけとな」

「…でも本当にいいんですか?」

「ああ。せっかく異世界に来たんだ。元の世界で味わえない体験をたっぷりしないとな」

「そうですね…師匠がそう言うのでしたら、私は買物に行きたいです。衣服があまりないので」

「それじゃあ明日は買物に決定だな。


翌朝。宿の玄関でソフィアと合流してから、ギルドから少し離れた商店街に行った。合流場所が宿の玄関というのは、俺とソフィアが同じ宿に泊まっているからだ。


「やっぱりダンジョンで活動するんだから、動きやすい服が良いでしょうか?」

「いや、そこはソフィアの好きなもので良いんじゃないか?今日は自分が冒険者だという事を忘れて買物をしよう。ソフィアの趣味に合う服は無いのか?」

「えーっと…ありますね。これなんですけど、どうですか?」


そう言ってソフィアは服を持って俺に見せてくる。


「うん、似合うと思うぞ」

「じゃあ、これにします!」

「俺の意見で良いのか?」

「はい。師匠が似合うと言ってくれるのなら大丈夫です」


俺にファッションのセンスは無いから、そこまで信頼されても困るんだけど。まあ、最初にソフィアが自分の趣味に合ったものを選んでるんだから大丈夫か。

その後もソフィアは衣服を選んでいく。しかし次の店に入ろうとして俺は足を止めた。


「師匠?どうしたんですか?」

「ここは女性用の下着店だ。俺が入るわけにはいかない」

「でも女の私と一緒なら大丈夫じゃないですか?」

「他の人の目が気になる。少し別の店に行っているよ」


そう言った時のソフィアの表情は少し残念そうだったけど、俺はどうしたら良いんだ?


「さて、どうしようかな…」


1人になったところで特に服を欲しくもなかった俺は何をしようか迷った。とは言え、俺も持っている服は少ない。そう考えて、自分の服を買って、ソフィアが入った下着店の近くで、ソフィアを待つ事にした。


「お待たせしました!」

「ソフィア、良いものはあったか?」

「はい!見ます?」

「いや、いい」

「そうですか…それで、これからどうします?欲しい物は買い終えたんですけど」

「それなら少し付き合ってくれるか?」

「はい!」


実は今日、2つだけ欲しい物があったのだ。それは。


「ここは装飾品のお店ですか?」


ソフィアの問いに頷き、俺達は店に入ると、まっすぐにネックレスを展示している場所に行く。


「ネックレスですか…師匠のイメージに無いですね」

「俺のじゃないからな。ソフィアとルミンさんへプレゼントしようと思ったんだ」

「私にですか?!」

「ああ。俺の特訓にも諦めずについてきてくれるし、実際に強くなったからな。そのお祝いだ」

「ありがとうございます!」


ソフィアにネックレスは合う。元の世界でもプライベートの時にはネックレスをつけていたからな。


「正直、俺にソフィアにどれが似合うかは分からない。センスがないからな。だから自分で好きな物を選んでくれ。値段はそこまで気にしなくて良いからな」


俺の言葉を聞いてソフィアは真剣に選び出す。


「店員さん、20代の女性に似合いそうなネックレスを選んでもらって良いですか?」

「良いですけど、ご自分で選んでますよ?」


店員はソフィアを見てから言う。


「この子の物ではないです。せっかく来たんだから、ちょっと知り合いにもプレゼントをしようと思いまして」

「分かりました。それでは…こちらはどうでしょうか?」

「それでお願いします」


店員が勧めてきた物を俺は買う事にする。俺が選ぶよりもプロの店員が選んだ物なら大丈夫だろう。値段は他の商品と比べて平均的な物だった。てっきり高い物を勧めてくると思ったんだけど予想外だったな。


「私はこれにします」


そう言ったソフィアが持っていたネックレスは、これまた平均的な値段のものだった。


「もっと高くても大丈夫だぞ?」


ドラゴンの命石や素材を売ってばかりいたから、俺の資産は潤沢なものになっている。


「良いんです。その代わり、お願いを聞いてもらっても良いですか?」

「なんだ?」

「私が近くにいる時に他の女性の事を話さないでほしいんです。私は師匠の彼女ではないですけど…でもやっぱり良い気はしないです」

「そうか…そうだな。気が利いていなかった。すまない」


俺は正直に謝る。ソフィアの俺への気持ちを知っているのに、する事じゃなかったな。


「分かってくれれば良いんです。我儘を言ってごめんなさい」

「ソフィアが謝る必要は無いよ」


それから俺は2つのネックレスを買い、店を出た。その後は適当にぶらぶらして、夕方、宿に帰った。


「今日は楽しかったです!ネックレスも、ありがとうございました!」

「喜んでくれて良かった。明日からは訓練を再開させるからな」

「はい!楽しみです!」


訓練を楽しみと感じるのは良い事だと思う。成果が出るからだろうな。成果の出ない訓練ほどつまらないものはない。まあ、そうやって、どの方法が最も効率よく強くなれるか、試行錯誤するのも楽しいと思えれば良いんだけどな。


ソフィアと別れてから俺はギルドに向かった。


「あれ?タロウさん、今日は休みにしたんじゃなかったんですか?」


ルミンさんがいる受付に行くと、ルミンさんがそう言ってくる。


「今日はソフィアの息抜きをするために出かけてたんです」

「デート、ですか?」

「いや、師匠として精神的なケアもしないといけないですからね。彼女じゃないし、デートではないですよ」

「そうなんですか!」


俺の言葉にルミンさんが喜んだような態度をとる。


「それで、これはルミンさんへのプレゼントです」


買ったネックレスをルミンさんに手渡す。箱に入っているけど、箱の蓋部分は透明になっており、ネックレスが見えるようになっている。


「…これ…私にですか?」

「はい」

「ありがとうございます!すごく嬉しいです!」

「そんなに喜んでもらえて良かったです」


ルミンさんの喜びに少しだけ驚く。彼氏でもない俺からのプレゼントなんて、そこまで喜ぶ価値がないと思ったからだ。

ただ、さすがに着けてくれることはなかった。まあ、仕事中だし当然かな。

それから少しだけ話をして、俺は宿に帰った。


翌朝。ギルドに行くと、ルミンさんは俺がプレゼントしたネックレスを着けていて、俺を見ると笑顔で手を振ってくれた。他の受付の人はそういう態度をとらない。まあ、受付の人と冒険者が親密な関係だった場合は別だ。ルミンさんの態度を見た他の冒険者が俺を軽く睨んできた事は無視しておこう。


「さあ、今日から訓練を再開するぞ」

「はい!」


ダンジョンに入ってソフィアに言うと、ソフィアは元気よく返事をした。ちなみに訓練だと分かっているから、ネックレスは着けていない。着けてきていたら、外すように言うしな。

さて、ソフィアの訓練を始めるか!課題は気の扱い方だな。

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