第18話
翌朝、俺はギルドに来ていた。ダンジョンに行く事をルミンさんに報告するためだ。
「あ、タロウさん!いらっしゃいませ!Sランク昇級おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
あぁ、ルミンさんの笑顔には癒されるな。
「昨日は昇級試験の後、すぐに帰られたので言えなかったので、言えて良かったです♪もう疲れは残ってないんですか?」
「え?」
「タロウさん、昨日は珍しく疲れてましたよね?だから声をかけなかったんですけど」
「…ありがとうございます。やっぱり格上のゼルスと闘うと精神的に疲れてしまって…でも、もう大丈夫です。怪我も回復しましたし」
そう言ってゼルスにつけられた傷(拳の皮1枚を切り取られたもの)を見せる。でも、そこに傷はない。
「気を集中させて、自己治癒力を高めました。あれくらいの傷なら1日もあれば完全に回復します」
「本当にすごいですね。自力で回復するなんて」
ルミンさんは呆れたような言い方をする。まあ、普通なら1日で治らないからな。
「回復薬は使わなかったんですね」
「あ、その手もありましたね。普段から回復は自力でしていたし、この世界で負った傷もこれが初めてなので、回復薬のことを忘れていました…」
正直に言って、本当に忘れていた。まあ回復薬を使うとしたら、俺の方法でも治せないくらいの傷だろう。例えば、切断、とかな。その時に回復薬がどこまで機能するのか分からないけど、多少は期待しておこう。まあ、一番いいのは大きな怪我をしないことなんだけどな。
「それで今日はどうされるんですか?」
「ダンジョンに行ってきます」
「またですか?!」
「はい。今回はマジックバッグもあるし、昇級試験もないので、1ヶ月ほど、篭る予定です」
「普通の冒険者は1ヶ月も篭らないですけどね。ずっとダンジョンに篭っていると精神的な負担も大きいですから」
「俺にその心配は不要です。むしろ、洞窟と言えるダンジョンなのに明るいので、快適ですよ」
「いや、それはないだろ」
「お前だけだよ」
「どんな感性してんだ…」
俺の言葉に周囲の冒険者が呟く。いや、でもゼルスとキーサも篭ってるじゃないか。とは思ったけど、わざわざ言わない。
「さて、それじゃあダンジョンに行ってきます」
「はい、いってらっしゃい!気をつけてくださいね?」
「はい!」
そうして俺はダンジョンに向かった。
1ヶ月後の昼。
俺はゼルスとキーサと一緒にダンジョンから出てギルドに向かった。ダンジョンから出る前、1階層で2人に偶然出会い、2人もギルドに向かうところだったので、一緒に行く事にしたんだ。
「いい加減にして!」
ギルドの前まで来ると、女性の怒鳴り声が聞こえた。見てみると、1人の20代前半の女性が3人の男性に絡まれていた。
「何があったか知らないけど、危険じゃないか?」
ゼルスが言う。
「ちょっと一緒に酒を呑んでくれたら良いんだよ!」
「その後、一晩、一緒に楽しもうぜ!なあ!」
どうやら男に嫌な絡み方をされているらしい。本当に可哀想だ。男達が。
「私、師匠みたいに手加減ができないんです!」
「ぁあ?!」
「キーサ、もしもの時のために回復魔法を用意してもらって良いか?」
「男たち用…ね?確かにあの子は強そうだけど、そんなに大怪我をさせそうなの?」
「手加減が上手じゃなかったからな。今はどうか分からないけど」
「知り合いなのか?」
と、ゼルスが聞いてきた時、男が女性を後ろから羽交い締めにした。無理やり連れて行く気なのか?こんな昼間から。
でも女性は後ろで羽交い締めにしている男の腹を肘で打つと、羽交い締めが緩くなった瞬間に、体を回転させて男の片腕を掴み、背負い投げの要領で投げた。男は抵抗できず、地面に打ちつけられる。あれは痛いだろうな。
「この女!!」
残った男2人は驚きながらも、仲間がやられた事に怒って、女に殴りかかる。でも女は男達の攻撃を簡単に避けると、カウンターで掌底を顎に打つ。男達は全く避ける事ができず、掌底を打たれて気絶した。
なんだ、手加減ができるようになってるじゃないか。
「キーサ、魔法の必要はないみたいだ。悪かったな」
「いいのよ。それにしても、あの子、強いのね」
「タロウ、お前の知り合いなのか?」
「ああ。あの子は」
「あ!師匠!」
俺が説明しようとした時、絡まれていた女が俺に走り寄りながら言う。
「師匠、この世界にいたんですね?!」
「ああ。お前も転移させられたか」
「はい。やっぱり師匠は生きてましたね!思った通りです!」
「ねえ、紹介してもらえる?」
「そうだったな。この子はソフィア。元いた世界の俺の弟子だ」
「初めまして!ソフィアと言います!師匠には格闘技を重点的に教えてもらっていました。今はこの世界で冒険者をしています。よろしくお願いします!」
この子はソフィア。自己紹介もしていたけど、俺の弟子だ。元の世界では格闘技を教えていたけど、まさか、この世界に転移させられていたとはな。
それにしても便利だな。ソフィアは俺と違う国の人だから、言葉が通じなかった。俺がソフィアの国の言葉を覚えて会話をしていたからな。でも、この世界では言葉が同一になるらしい。ソフィアの言葉が俺の国の言葉のように聞こえる。言葉の壁がないというのは、とても便利な事だ。
それからゼルスとキーサも自己紹介をした。
「でもな?冒険者同士で敬語や丁寧語は駄目だぞ?舐められるし、冒険者の仲間ができにくい」
「そうなんですか。道理で…」
ゼルスのアドバイスを受けて、ソフィアは納得したようだ。何かあったのかもしれないな。
「ソフィアはいつからこの世界に?」
「2週間ほど前です。師匠はいつから?」
「少なくともソフィアより前からいるな」
「そうでしたか。でも見かけなかったです」
「それは1ヶ月前からダンジョンに篭っていたからな。見かけなかったのも当然だ」
「こんな場所で立ち話もなんだし、どこかでお茶でもしながら話さない?」
「そうだな。ソフィア、時間はあるか?」
「はい!」
その後、俺達はギルド近くの喫茶店に行った。
「それにしてもソフィアは強いな。タロウの弟子だけはある」
「師匠の教え方が上手だからね!強くて優しくて…最高の師匠なの!」
「すごく慕われてるのね」
ソフィアの言葉にキーサとゼルスが微笑む。ソフィア、直接言われると照れるんだけど。
ちなみにソフィアの強さは元の世界で格闘技の試合にも出場して、負けた事がない。この世界と違って異性と闘う事はできないけど、男と闘っても勝てると思っている。まあ、師匠としての贔屓目があるかもしれないけどな。
「師匠も冒険者なんですか?」
ソフィアの問いに頷く。
「ランクは何ですか?」
「Sだ」
「流石です!師匠ならどこに行っても強いと思ってましたけど、冒険者として最高のランクになってたんですね!」
「まあな。ソフィアは?」
「私はEランクです…早く師匠と同じ舞台に立ちたいです」
「ソフィアならAランクまでなら、すぐになれると思うぞ。Sランクは努力次第だな」
「私、頑張ります!」
ソフィアは嫌がらずに努力をする人だからな。本当にSランクになれるかもしれない。
「ちなみにレベルは?」
「まだ7です。師匠達のレベルは何ですか?」
「俺は335」
「俺は365だ」
「私は338よ」
俺達の言葉にソフィアは固まる。
「すごいレベルですね!」
「ダンジョンに篭ればすぐにレベルも上がるさ。とりあえず、この世界の平均レベルである60を目指すと良い。そこから…いや、いいか」
「どうしたんですか?」
「目標レベルとか、しなければいけない事はソフィアの自由だ。俺に、あれこれ指図する権利はない」
「でも効率は悪くなるわよ?せっかく効率の良い方法が分かってるんだから、教えてあげれば良いじゃない」
「ソフィア、お前はどうしたい?」
「私は師匠が教えてくれるなら嬉しいです。そもそも格闘技での闘い方も無駄なく教えてくれたじゃないですか」
「……そうだな。よし、じゃあ冒険者として効率よく強くなっていこう!」
「はい!あと、闘い方も教えてもらえますか?まだ途中だったので不安で…」
ソフィアは試合で勝てるほど強くなっていたけど、まだ教えている途中だったんだよな。俺がこの世界に転移させられてからも訓練はしてると思うけど、本人が希望するなら、また教えていくか。俺も中途半端に投げ出すのは嫌だしな。
「分かった。闘い方も教えよう。今回はこの世界で生きる為にも、気の扱い方も教えた方が良いな」
「気の扱い方ですか?」
「そうだ。一般的な格闘技の試合では使わなくても良いから教えなかったけど、この世界なら気を扱えたほうが良いだろう。学ぶ事が多くなってしまうけど、大丈夫か?」
「問題ないです。超人を師匠にもつ弟子ですから!」
ソフィアは笑顔で答える。
これから忙しくなるな。俺もレベル上げを放り出すわけではない。しかしソフィアを冒険者として一人前にするために様々な事を教えていかなければいけない。やる事は一杯だ。だけど楽しみでもある。
「タロウと同じような強さになるってことか…新たな強者が出現するんだな。楽しみだ!ソフィア、強くなったら俺と勝負しよう!」
「え?」
「ゼルスはこういう人なの。強者と闘う事が好きなのよ」
「ああ、師匠と同じなのね。分かった。強くなるまで待っててね?」
「おう!」
「ソフィア、俺とも闘わないか?」
俺がソフィアを弟子にしようと思ったのは、ソフィアの身体能力や骨格などが格闘家寄りだったからだ。格闘家としての才能がかなりあり、努力次第では俺に匹敵するほどの強さになると思う。そして今、この世界に来て気の扱い方を修得すれば、戦力アップ間違いなしだ。元の世界で敵なしの俺だから、俺に匹敵するほどの強さに成長すると思われるソフィアとは闘ってみたい。
「師匠とですか?!まだまだ私なんかじゃ師匠といい勝負なんてできないですよ」
「今はそうだ。でもソフィアは強くなれるよ。それに俺はソフィアと闘いたいんだ」
きっとソフィアは強くなれる。努力次第では俺に匹敵すると期待している。かといってプレッシャーは与えないようにしないとな。期待している、なんて言ったらプレッシャーを感じて、ソフィアの場合は頑張り過ぎてしまうだろう。努力は大切だけど、頑張り過ぎるのは駄目だ。体を壊してしまう。
「分かりました。今よりもっと強くなった時、師匠のお相手をいたします!」
「ああ、楽しみにしてる」
本当に楽しみだ。
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