第17話
「それでは試験、始め!」
審判の合図で俺の試験が始まった。
ゼルスは片手剣を構えている。
合図と同時に俺はゼルスとの距離を一気に詰める。そして腹を殴ろうとした。ゼルスは横に避けながら、俺の腕を斬ろうと上から剣を振り下ろす。本当なら気で強化している腕なら剣くらい防げるんだけど、相手がゼルスだから拳を引いて避けておく。
「…速いな」
ゼルスとの距離を取りながら呟く。避けたつもりだけど、拳は皮一枚が切り取られていた。怪我なんて久し振りだな。
「何が可笑しいんだ?」
ゼルスが声をかけてくる。どうやら知らず笑っていたらしい。
「いや、傷を負わされるなんて久し振りだと思ってな」
「降参するか?」
「こんな傷くらいで負けを認めるか!」
とは言ったものの、ゼルスが剣を振る速さは予想以上だ。迂闊に飛び込んだら斬られる。遠距離からの攻撃が有効かもしれないけど、まず恐怖の波動は効かないだろう。となれば幻痛か、気を撃ち出す事。
「来ないなら、俺から行くぞ!」
そう言ってゼルスが走ってくると、俺の右肩めがけて剣を上から振り下ろしてくる。その瞬間、幻痛をゼルスの両上腕めがけて放つ。
「ぐあっ!?」
そしてゼルスが怯んだ隙に、両腕の経絡を圧す。この経絡を圧せば、両腕が自由に動かしにくくなる。でもゼルスは幻痛の痛みに耐えて、俺の指をかわすと、距離をとった。
「何をしたのか分からないが、厄介な技を使うな」
ゼルスは苦笑いしながら言うけど、俺としてはゼルスの動きに驚いている。普通、上腕に幻痛を受ければ、持っているものを離すからだ。でもゼルスは剣を離さなかった。どうなってるんだ…。それに幻痛を一瞬で解いた。あの幻はそう簡単に解けるものじゃないんだけどな。
…さて、幻痛が通じない事は分かった。俺の攻撃手段が絞られていくな。
「いやー、やっぱりタロウとの闘いは楽しいな!俺も少し本気になるか!」
「今までは本気じゃなかったのか?」
「少しだけ手を抜いていた。悪いな。でも、ここからは本気を出させてもらおう!タロウも本気でこい!」
「ああ!」
「2人共、これは試験です。試合ではないという事を忘れないでください!」
審判が大声で言う。俺達の会話が聞こえたんだろうな。
「行くぞ!」
そう言って俺はゼルスに突っ込む。ゼルスは剣を構えているが、動かない。しかしゼルスの剣が届く範囲に入った瞬間、薙いできた。それをしゃがんで避けると、そのままゼルスの脚を殴る。ゼルスは剣筋を変え、俺の腕を斬ろうとしてきたから、俺は拳をすぐに引っ込めて避けると、剣が振り切った瞬間にゼルスの剣を持つ手首を掴み、思いっきり握る。
自慢になるかもしれないけど、俺の握力はかなり強い。元の世界でも強かったけど、この世界でレベルアップを繰り返してステータスを上げたお陰で力はかなり強くなった。
俺の目的は痛みでゼルスが剣を手放す事。その目論見通り、ゼルスは剣を手放したけど、逆の手で剣を握ると、俺を斬ろうとしてくる。俺はすぐに後ろに跳んで剣を避けた。
「はあー、危ないな。今のは避けなかったら死んでたぞ?」
追撃をしてこないゼルスを前に俺は溜息をつく。
「お前なら避けると思ってたからな。次は俺から行くぞ!」
そう言って突っ込んでくるゼルスの腕に幻痛を放つ。ゼルスは少し怯むが、すぐに立ち直り再び向かってくる。
やっぱり、そこまで効果は無いか。…単発ならな。
再び俺は幻痛を放つ。今度はゼルスの両腕と両足が標的だ。ゼルスは少し怯むけど、勢いはあまり止まらない。それでも俺は幻痛を連続で放つ。ゼルスは怯んでは進むを繰り返していたけど、徐々に進む距離が短くなってくる。幻痛の痛みは幻のものだから、自力で立ち直る事はできる。でも幻とはいえ、斬られている事は精神的な疲労に繋がる。いくらゼルスとはいっても、精神的なダメージを連続で与えられれば影響は出るはず。俺はそう考えて、この作戦を選んだ。
「終わりだ」
俺はゼルスとの距離を一気に詰めると、立ち直った直後のゼルスに幻痛を放つ。それによってゼルスが怯んだ隙をついて攻撃する。さっきまでのゼルスなら、一瞬で立ち直って俺を斬ってくるだろう。でも精神的なダメージによって立ち直るのが少し遅れる。その瞬間に俺の拳はゼルスの腹に直撃した。
「ぐぅっ!!」
ゼルスは呻いて倒れた。気絶している。
「…こんな作戦は使いたくなかった…今度はちゃんと闘って勝つよ」
俺は後悔していた。幻痛に頼り切った闘い方を。
「…そんな事を言うなよ。どんな作戦でもお前は俺に勝ったんだからな」
「ゼルス!気絶から回復するのが早いな!」
「まあな。元の世界で師匠に気絶ばかりさせられたから、すぐに復活する癖がついてるんだ」
「すごい師匠だったんだな…」
俺も自分を追い込んだ鍛練をしてきたつもりだけど、ゼルスもすごい鍛練をしてきたんだな。
「審判、これはタロウをSランクに認めるだろ?」
「あ、ああ、そうだな。タロウ、お前をSランクに認める」
ゼルスに聞かれ、闘いの内容に驚いていた審判は我に返って、俺のSランク昇級を認めてくれた。これで俺はSランクだ!
「今度は試合をしようぜ?いつにする?」
「もう少しレベルを上げてからかな。それに自分を磨かないと。幻痛にはなるべく頼りたくないからな」
「そんなものかな?どんな技でも、お前が身につけた技だ。どんな使い方をしても誰も責めないぞ?…まあ、それを考えるのはお前だけどな」
「…ゼルス、今日はありがとう」
なんだか色々と教えてもらったような気がする。ゼルスは礼を言われた理由が分かっていないようだけどな。
…レベルまで上がったか。ふと手の甲を見ると、俺のレベルは305→310に上がっていた。
さすがにゼルスとの闘いは神経がすり減ったな。今日は休息日にするか。
そう考えて俺は宿に向かった。
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