第9話 西域からきた将軍
張良は劉邦軍に合流した。
「相変わらず、野盗のような連中だ」
陣営に入った張良は思わず悪態をつく。統制もとれず、ばらばらに陣地を構築している状態では敵襲に対応することもできない。
「まずは、ここから修正していかなければならないか」
盗賊から軍隊へ、だ。
ただ、食料は比較的豊富に備えているらしい。あれだけ負け続けていた筈なのに、この軍にしては意外な事だった。
「
劉邦は一人の男を紹介した。
張良に対して、丁寧に礼をする。
この男の策によって、つい先日、陳留という食料庫を持った町を陥としたのだという。酈食其みずから、内部工作を行ってもいた。
合理主義の権化のような張良からすれば、儒者などはこの世で最も役に立たない生き物だろうという認識だったが、改める必要がありそうだ。
「いろいろと、やるべき事がある。意見を言ってもいいか」
劉邦は嬉しそうに頷いた。
「まずは軍団の編成だ」
先陣は
副官には周苛を当てた。張良は韓での戦いを通し、この男の能力を知っていた。逆境にあっても沈着冷静な彼を、暴走しがちな周勃のサポート役とする。
次陣は
彼もまた旗揚げ時から劉邦に従っている。
後陣には
騎馬戦車部隊の指揮は
劉邦の本陣を守る親衛隊は
「ほう、軍とはこうやって役割を振り分けるものなのだな」
張良は、開いた口が塞がらないという気分を初めて味わう事になった。
「お前、どうやって戦っていたのだ」
「それはもう、行けえ! だ」
得意げに叫ぶ劉邦の顔面を、張良の拳が撃ち抜いた。
「それで、ここからが本題だ」
身を乗り出した張良に対し、劉邦は思わず腰が引けている。
「騎馬部隊の運用に長けた奴はいないか」
劉邦はきょとん、とした顔になった。
騎馬部隊?
「なんだ、それは。馬に乗れる人間を捜すなら、匈奴ではないか」
張良は肩を落とした。
「いや。乗れるだけではなく、集団で、こう、相手を掻き回すような戦いができる人材がいれば、と思ったのだが」
劉邦は、ああー、と変な声をあげた。
「だったら、
最近、うちの軍に加わったばかりなのだが。そこで劉邦は下卑た表情になった。
「奥さんがすげー、美人なのだ」
殴るぞ。張良はもう一度、拳を握る。
「お呼びですか」
その男は、副官を連れて現れた。
「灌嬰どの、ですか。そしてその方は?」
さすがの張良も言葉を失った。
現れたその男は、やくざ者ばかりの劉邦軍に似合わない洗練された雰囲気を持っていた。一瞬、張良も心が揺れたほどの美男子である。
そして、かれの後ろに控えていたのは。
「灌嬰の副官を務める、
その、金髪を後ろで束ねた美女は微笑んだ。
「何から訊けば良いのかな……ああ灌嬰どの、騎馬の扱いには慣れておられると?」
うろたえ戸惑う張良の言葉に、灌嬰も少し考え込んだ。
「私は絹商人でしたから、馬での移動には慣れております。匈奴の小部隊とも何度か戦いを交えた事があります」
ちょっと待て。なんで一介の絹商人が匈奴と渡り合っているのだ?!
張良は更に混乱する。
「お言葉ですが、西域には匈奴は付きものです。護衛が必要なのです」
西域? 護衛?
「あ、あの」
張良は、恐る恐る問いかけた。
「灌嬰どのは、どこまで商売に行っていたのです?」
「ええ。あれは大秦の都、ローマという街でした。勿論、子供の頃でしたが」
ロ、ローマ。
「この遥はそこで拾ったのです。ゲルマン人と呼ばれて虐待されていたので、思わず助けてしまいました。今では、副官兼、妻。みたいな関係です」
「私より、この遥の方が騎馬隊の指揮にはふさわしい位でしょう」
灌嬰は胸を張った。
はあー、張良はため息をついた。
「では、騎馬部隊の編成は二人に任せます」
ちなみに、シルクロードという呼称が定着するのは遙か後年の事になる。
張良は世界の広さを思い知った。だが、これで劉邦軍の骨格が定まった。
目指そう。咸陽を。
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