002

「あれ、キマリじゃん。何してんの?」


 わたしの後ろから、コトハが声を掛けてきた。彼女はともだちではないけれど、声を掛ける程度に、たまに遊ぶ程度には仲が良い同級生。ともだち条例に決められなくても、仲のいい他の生徒が別にいるのはよくあること。


「やっほー。てか、なんでキマリしかいないの? シクミは?」


「二人していっぺんに質問しないでよ」


 そして、コトハのともだちのカナデが、きょろきょろとわたしの周りをわざとらしく見回す。多分、シクミがいると思って探しているふり、なのだろう。別にわたしは何とも思わないけど、カナデはシクミのことが嫌いだったっけ。《化学のレポートの締め切りは明日です。そろそろ定期テストの対策も行いましょう》。校門を出ても、今日はどこに行くかを聞いてくるシクミはいない。横にいるのは、同級生の二人組。

 シクミとは、もうかなりの間一緒に帰ってない。わたしが帰る準備を終えて席を立つころには、もう教室からいなくなってる。だから、ともだちポイントは最近全然増えてない。《あなたのともだちポイント /T:915p/》。一緒にいないと増えないんだし当然ちゃ当然なんだけど。その間にも他の生徒は着々とポイントを貯めていて、わたしの焦りはじわじわと加速していた。


「いやー、だって珍しいじゃん、キマリがシクミと一緒にいないのって」


「そうそう、キマリにおんぶにだっこだもんね。シクミは」


 わたしとシクミがもう半月近く一緒にいないのを、この二人は気付いてない。他のともだちのことなんて、いちいち見なくてもいいから。わたしだってそうだ。どうせ、関係ない赤の他人。


「もしかしてシクミが何かやらかして、ポイント減らしでもした?」


「あー、ありそう。超ありそう。やらかしそー」


 コトハもカナデも、シクミのことを明らかにバカにしている。言葉が引っ掛からないように言っているだけ。まあ、ともだち以外のことなんてどう言ってもhtiは検出しないけど、白い目で見られるのは確かだ。それに、直接言わないでこそこそ言っていてもバカにしてることには変わりない。わたしはこの二人は嫌いじゃないけれど、シクミはシクミで、直接は言わなくても明らかに嫌がっていると思う。それを言わないのが悪いと思うんだけど。


「別に。ポイントも下がってないし喧嘩したつもりもないわ。ただ、ちょっとシクミの機嫌が悪いみたい。私を意図的に避けてるんだと思う」


「なにそれ。めんどくさそー」「大変だね、キマリも」


 まさに他人事、みたいな感じ。いや、彼女達からすれば他人事だ。仲良くしているとは言っていても、お互いのともだちポイントがどうなろうが知ったこっちゃないし、他のともだち間のトラブルは話題のネタぐらいにしか考えていないだろう。


「ま、そういう訳だから放課後の予定も無いの。二人はどうするの?」


 そういうと、コトハとカナデは顔を見合わせ、意味ありげに微笑む。


「ああ、わたし達は、ちょっとね」


「ほら、端末接続のお勉強ってやつ、ね?」


 なるほど。この二人がこの時期から定期テストのお勉強なんてするわけないとは思っていたけれど、男子と遊びに行くらしい。隠語みたいなものだ。もちろん、会うだけで咎められたりはしないけど、その先までやる、ということらしい。わたしはしたことが無いけれど、男子のともだちと一緒になって遊んで、こいびと計画に進もうとする女子はそこそこいる。今のうちにともだちポイントの高い男子に手を付けておく、ということらしい。ま、そういう将来の考え方も正しいと思うけど。


「そ。じゃ、わたし帰るわ」


「ごめんねー。今度、遊びにいこー」「いこー、じゃねー」


 そう言って二人は商店街とは別方向の駅へ向かっていく。あの二人、私とかと話すときには仲がよさそうに見えるけど、ともだちポイントは平均以下だから、なんとなく察するところがある。まあ、他のともだちの事情を知ってても、何かをするわけでもないんだけど。

 一人になって初めて気づいたのだけれど、周りの生徒は皆二人で動いている。三人は無い。四人はたまにいるけど、五人はない。それ以上も。

 別に、シクミがいないことに不安を感じてるわけじゃない。わたしからすれば隣にいるのは誰でもいいのだ。ただ、一人で歩く通学路には、いつも歩いている場所とは違う景色が広がっていて。誰もが隣にともだちがいる。自分で望んでもいない、押し付けられたともだちを。

 皆も、そう考えているのだろうか。隣にいるともだちが、押しつけられた邪魔者だと。コトハとカナデは、たぶん押し付けられたと分かっていても、それを気にせず自分たちのやりたいようにやっている。皆も、そんな風に上手く生きているのだろうか。

 どうも、もやもやとした気分を抱えているせいか、調子が狂う。シクミの問題は放っておけばいいんだ。あの子がいくらバカでも、ずっと考えてればわたしとともだちでいる必要性に気付いてくれるはず。わたしが気に入らない、なんて子供みたいな考えで拗ねているのかもしれないけど、わたし達は子供でいちゃいけないんだ。大人は、わたし達が子供でいることを許さない。そのことに、シクミはいつ気が付くのだろう。

 商店街まで歩いてくると、相変わらず宣伝電層が山ほど目に入る。《ヤグルマ養蜂場のはちみつと、アイスクリームの完璧なハーモニーをお楽しみください》《今日限定惣菜全品半額! おともだちと是非揚げ物惣菜のカニチカへ!》《学校帰りにちょっと寄り道はいかがでしょう。ともだちに疲れたあなたに 喫茶レクアル》……《学校帰りにちょっと寄り道はいかがでしょう。ともだちに疲れたあなたに 喫茶レクアル》。流れていった電層を呼び戻す。今のわたしの状況を指しているかのようで、思わず見返してしまう。正直、行ったこともない。商店街をぐるりと見て、始めてそんな店があったことに気付く。というか、建物の外見は知っていたけれど、ここ喫茶店だったんだ。そんな感じで窓から店内を覗くと、店内はがらんとしてて、カウンターで一人白髪のおじいさんがコップを磨いていた。

 少し迷ってから、意を決して入ることにした。何というか、少しロマンチックな気もしたのだ。《今日の上限は880円まで!》。シクミがいないから、いつもよりお金あっても意味ないけど。古びた喫茶店に一人で入る、なんてわたしはしたことが無かったし、店員が普通のおじいさんなんて、いまどき殆どない。有名なチェーンの喫茶店は接客ロボしかいないし、運んでくるのもロボットで、人間の店員なんて一人いたらいい方。そういうトコとは違う店に入ってみるのも、悪くないと思う。それに、どうせシクミもいないから暇だし。

チリン、とドアの上の小さなベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 人の声で『いらっしゃいませ』なんて、初めて聞いた気がする。ただ、店主はそう言ってわたしを見た途端驚いた表情を見せ、黙ってこちらを見ていた。


「……えっと、何か」


「ああ、いや別に。珍しいな、と」


 店主のおじいさんがそう言ってほほ笑んだけど、バカにされたような気がして、背を向けて帰りたくなる。まあ、入った手前引き返すのも悪いし、仕方なく席に着く。こういうとき、ロボット相手なら何の迷いもなく店を出れるのに。


「ご注文をどうぞ、お嬢さん」


 お嬢さん、とはずいぶんなおじいさんですね。メニューの書かれた紙を手渡される。あ、電層じゃないんだ。思えば、店内に入ってから宣伝電層を見かけない。飾ってあるものには一つも電層が掛かってない実物だし、この店内と外では、別の時間が流れているみたいだ。


「じゃあ、カフェオレで」


「分かったよ、カフェオレね」


 接客もなんだか適当というか、馴れ馴れしいというか。接客ロボみたいな丁寧さがない。赤の他人にずけずけと踏み入って来られるような気分で、落ち着かない。あの時引き返せば良かった。ロボ相手なら、こんなことを気にする必要もない。

 注文後に黙って下を向いていると、目の前でカフェオレを作りながら、その店主のおじいさんが尋ねてくる。


「しかし、君みたいなお嬢さんがこんな古臭い店に、しかも一人で入ってくるなんて珍しいね。よければ、僕に教えてくれないか、その理由をさ」

 宣伝電層に誘われて来ました、と言うのは何だか嫌だった。シクミのことで、ともだちのことで頭を悩ませているなんて、とっくに乗り越えているべきことだから。


「……まあ、何となく予想は出来るよ。言いにくいことだもんね。ともだちに対して不満や悩みを持ってる、っていうのは」


 はっとして、顔を上げる。口から出してもいないのに、考えていることを読まれているのかと思った。いや考えが漏れる、なんてあるはずがない。でも彼が今言った言葉は、それこそ最近考えていたことで。慌ててまた自分の窓を確認する。《ただいま〈/chat〉ボードは個人モードです。互いの連絡先を交換している相手とのみ……》窓は見えてない。


「……なんで分かったんですか」


「ここは基本的になじみの客が多くてね、初めての客が来るなら宣伝電層を見たぐらいの理由しか思いつかない。それがお嬢さんみたいな学生ならなおさらさ。その上一人で来たんだから、あの宣伝を見たんじゃないかな、と思ったんだ」


 なんだ、ただの推理だったのか。ほっと胸を撫で下ろす。しかし、喫茶店らしいバーテンダーの格好してるのに、口調は紳士的なところなんて欠片もない。そりゃ店内がガラガラなはずだ。言わないけど。だけど、おじいさんはその後も言葉を続けた。


「それに、そんな仏頂面で入ってくる人が、問題を抱えてない訳がない。こんな店に惹かれて入ってくるなんてよっぽどだ」


 なにこのジジイ。随分好き勝手言ってくれる。ひょろい老人のくせに、随分と口が悪い。今どき全部を口に出して堂々と言う人なんて殆どいないのに。何か引っかかりを感じつつも、相手に目を向ける。


「顔を見て、何が分かるんですか」


「お、ようやく僕と話してくれる気になったみたいだね。ま、こんなジジイに話しかけられても嬉しくないだろうが、まあ少しくらい付き合ってくれないかい。……はい、カフェオレ」


 ほんのりと湯気が立ち上るカップが目の前に置かれる。金色に縁どられた模様が、いかにも年代物、という感じがする。こういう雰囲気は嫌いじゃないけど、目の前の店主でそんな気分は台無しだ。


「どうも。……それは構いません。ですが、顔を見て判断した根拠は何ですか」


「そうだなあ。別にさっき言った簡単な推測やら憶測と、君の表情を結び付けて考えるのは難しいことじゃない」


 いちいち言い回しが引っ掛かる。歳食ってる程度で見下しすぎ、とは思う。でも、口には出さない。


「そういうの口に出して言うのって、失礼じゃないですか」


「でも、図星だったんだろう。それに、思ったことを口に出すことは、必ずしも悪いことじゃない」


 反論出来ず、わたしは沈黙する。


「で、お嬢さん。君の表情はね、ただ顔に貼り付けているだけのものだよ。薄っぺらいのが透けて見えるのさ。上っ面さえ良ければいいと思ってる。他人に対しても、ともだちに対しても」


「それは、今の常識がそうするべきだと言っているからです」


 自分の考えを言葉に乗せて伝えるのは、ともだちを傷つけるから。だから、わたしはシクミに思っていることを言わないし、電層の裏で好きなことをする。外面で良くないことをすると怒られるけど、内面には誰も干渉しない。それも、わたしは口に出さない。でも、おじいさんはそれを知っているかのようだった。


「おお、大人だね君は。それは電層を通すならいいことかもしれないが、表情は電層とは違う。言葉や電層のように他人に隠すことは出来ない。君はともだちに対して、いろいろなことを隠しているんじゃないかな。ただ、最近そのともだちと上手くいかなくなってきた」


 これが仕組まれたことなんじゃないか、と疑うほど、おじいさんの言葉は、正確に現状を言い当ててくる。もう、わたしは何も言えなくなって、黙ってカフェオレの半透明な表面を眺めている。


「はは、結構当たってたみたいだね。僕も名探偵になれるかもね。でも、それが出来るのはこれが一度目じゃないから、ってのが一番大きいのかもしれない」


「……え?」


「数年おきとかに、君みたいな子が来たりするんだ。いや、それぞれの状況は皆違ってもね、ともだちとの関係で悩んでいる、って子がたまにあの電層に惹かれたのか、店に入ってくるのさ」


 わたしだけじゃない、というのは喜んでいいのだろうか。皿の縁に描かれた金色のラインが、私の顔をわずかに反射している。いつも通りの、他人に向けるぼんやりとした笑顔。


「君たちの世代ではともだち条例のお陰か、随分とともだちに対する見方が歪んでいるような気がする。本来、ともだちとは今とは違うものだった。まあ、全て一概には言えないし、それも時代の変化だ、悪いことばかりじゃない」


「違うってことですか、今の、ともだちは」


「ああ、違うとも。ともだちっていうのは……」


 そこまで言って、おじいさんはコーヒーをカップに注いで、飲んだ。あ、自分で飲むんだ……。カチャリとカップを置いた後、おじいさんはにっこりと笑った。


「ともだちっていうのは、一緒にいて、一緒に話していて楽しい特別な存在。少なくとも昔は、そういうものだった」


 全身に、電流が走ったみたいだった。わたしは、少し前に《彼》から全く同じこと聞いていた。《オウルマン》。電層のアバターの彼は、それを知っていた。その言葉にわたしは何と応えたか。鼻で笑って、間違いだ、って。なのに、その後にわたしはシクミに全く同じ言葉を使った。張り付けたような表情を浮かべて。


「確実に言えるのは、少なくともともだちってのは、数字に怯えながら話す相手じゃあなかったんだ」


 勿論、おじいさんの話は過去のことだし、今のともだちの意味は、わたしが捉えているようなもので間違いないと思う。でも、シクミがあの時求めていたのは、そんな答えだったのだろうか。あの時わたしは、彼女をあしらうことしか考えていなくて。そしてともだちポイントを失うのが怖くて、それであんな風に答えた。


「……おじいさん、あの宣伝は、おじいさんが作ったんですか?」


「おじいさん……か。そういえばもうそんな年になってたね。いや、アレはぼくが作ったんじゃないよ」


「じゃあ、誰が?」


 そう尋ねると、おじいさんは少し恥ずかしそうに、


「いやあ、あの電層は息子が組んでくれてね。自慢じゃないが、息子は電層技師でね。私にはさっぱりだから助かったよ」


 そう言った。なるほど、そういうことなんだ。感じていた違和感の正体がはっきりしてきて、私の頭の中で二つのことが一本の線で繋がった。思えば、このおじいさんのぴんと跳ねた眉の形は、梟に少し似ている。わたしには、今やるべきこと、やらなきゃいけないことがある気がした。もう一度と、そしてシクミと、話さないと。


「ありがとうございました。その、少しやってみたいことが出来ました」


「そうか。なら良かった。ただ、冷める前にカフェオレは飲んで行ってくれるかい」


 そう言われて、今更自分の注文したカフェオレの存在を思い出す。もう湯気は立ち昇っていない。なんだか目の前で一気飲みするのは悪い気がしたけれど、今は時間が惜しかった。はやく、あのアバターと話さないといけない。

 一気に喉を液体が流れていくのを感じた。随分と、酸味が効いていて、舌に残る。カフェオレなのに酸っぱい。というか、これは。こっそりと窓を開いて、この店のレビューを確認する。《喫茶レクアル…☆☆★。店主の話はうまいが、コーヒーはまずい》。なるほど、的を得ている。


「ああ、言い忘れてたけど、僕のコーヒー、おいしくないらしいよ。妻にも何度も言われたんだけどね」


 おじいさんがあっけからんと言う。これも表情で読まれたのだろうか。まあ、今のは隠せと言われても無理だった気がする。どーりで店に人がいない訳だ、とわたしは勝手に納得して、《450円使用、今日の残りは430円!》そのまま料金を払って店を出る。


「また何かあれば来てみたらどうだい。大体僕はヒマだからね」


「はい。また来るかもしれないです」


また来たとしても、二度とコーヒーは頼まないけど。

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