ともだち条例

伊丹巧基

001

「ねえ、帰りにどこか、寄って行こうよ」


 わたしの横を歩いている、シクミが声を掛けてきた。彼女はわたしのともだちだ。そう法律で決まっている。ともだちだから学校が終わって一緒に帰ることは当たり前で、他の生徒もともだち同士二人で話しながら通学路を歩いている。だからわたしはともだちとして、「いいよ、ちょっとおなかも空いたし、何か食べに商店街に行こっか」と、返事をする。ともだちだから、誘われたら喜んだそぶりを見せて頷くんだ。


《ともだちと帰宅! /+1p/T:912→913p/》。1ポイント。わたしの返事によって『ともだちポイント』が加算されたことを、視界の片隅で知覚する。


 これで913ポイント。もう評価点としては十分貯めたけれど、少しでも評価点はあったほうがいい。それに一緒に帰っても一回ごとの評価点はビミョーだけど、高校3年間での合計した点数は結構大きな数字になる。今の高校生にとって、学業に励むのと同じぐらい、ともだちと一緒にいることは大切なのだ。


「今日は、どこに寄って行く? キマリちゃんは、どこがいい?」


 どこに行こうか、と考えながら校門を抜ける。《明日は英語の単語テストがあります。化学のレポートは来週まで。気を付けて帰宅しましょう》。と言っても大体行く場所は決まっている。既に九月の後半に差し掛かっていて、後期の定期テストも近いから、どこかでダラダラとして帰りが遅くなるわけにもいかない。わたしも、たぶんシクミもそのことは分かっている。


「そうだなぁ……いつも通り、商店街に行こうよ」


「うん、キマリちゃんが、そう言うなら」


 私の提案も、このシクミの返答も、いつもと同じ。マニュアルにでも書いてあるみたい。でも、それはその答え方が一番いい答え方だから。商店街は大通りの向こうだ。《目の前の信号は赤信号です。渡ることが出来ません》。


「明日も単語テストなんだ。嫌だなあ、私、覚えるの、苦手だし……」


「大丈夫だよ。あの先生が好きな単語は、意味を取り違えやすいのが中心だから、そこを重点的にやればシクミも出来るよ」

 あの程度の数も覚えられないんだ、とは言わない。ともだちにそんなことを言ってはいけないから。ともだちはいつも仲良くしていないといけないから。


「うん、そうだよね……。なんか、夏休み終わったのに、まだ、夏休み気分が抜けなくって。もう九月も、半分過ぎちゃったのに。キマリちゃんは、どう」

「そうねー、私もそんな気がする。今年の夏はいっぱい遊んだもんね」


 別にそんな気はしないし、とっくに私の中では終わっている。そのくらいの気分の切り替えはとっくに出来てるし、むしろようやく終わったんだ、という感じ。

 今年の夏はポイントを稼ぐためにシクミと色々なところに行った。山や海にも行ったし、お互いの家に遊びにも行ったし、お祭りにも行った。ともだちなら、だれでもやっていること。夏休みはともだちポイントの稼ぎ時。親だってともだちポイントのためなら、お金は出してくれる。今から行く商店街で買うお菓子や飲み物だって、全部親が出してくれるのだ。《今日の上限は660円まで!》。

シクミと遊びにいったことで、わたしは100ポイント以上稼ぐことが出来たし、そのお陰で他の生徒よりも評価点が上がったから、ひと夏を犠牲にした価値はあったな、と思う。


「うん、私、とても楽しかった。あ、あまり遊んだりするの、ニガテだから……」


 シクミが照れたように笑う。いちいちどもるのが鬱陶しいけど、わたしはそんなことを口に出したりはしない。ともだちは、お互いの悪口なんて言わないもの。親が、先生が、ともだち条例が、わたし達にそう教えている。

 ともだち条例。あの法律があるから、私はシクミとともだちでいる。隣人愛にあふれた社会だって証明するために、特定の人物とともだちでいる事を定めた、バカみたいな条例。二人ずつの同性の子供が、学校に入ると同時にともだちになる。その中の男女の一部はその次の段階、こいびと条例によってこいびとになって、更にその中で成立した人たちがかぞく条例でかぞくを形成し、生まれた子供にはまたともだち条例が施行されていく。人類みなきょうだい。隣人愛を証明するなら無作為に選ばれたともだちを、こいびとを、かぞくを、受け入れて生きていくこと。


「そう、それなら良かった。ともだちのシクミと遊べて、私も楽しかった」


 くだらない。わたしはシクミに心にもないことを言う。この法律と、それを監視するhtiシステムは、発した言葉や実際の行動でしか判断しない。内心何を想っていても、口から出た言葉がともだち同士の会話に見えれば、ともだちだと評価してしまう。表向きが良ければいい、という安易な考え。

 高校生の私でも分かるんだから、大人は皆分かってる。分かってる上で、何も言わないんだ。そっちの方が、自分の子供たちが健やかに育つ、なんて考えてるから。勿論、そんなことは口にしない。わたしがこの条例で学んだのは、本音はしまっておくこと。思ったことをそのまま言葉にしないこと。ともだちのシクミの前でも、他の人の前でも。

 正直、道中彼女と話していても楽しくないから、わたしは視界の片隅に電層窓を開く。シクミの話は退屈だけど、ともだちの話は聞かないといけない。窓の中で踊る『Now Loading…』が溜まりきるのを待ちながら、シクミが楽しそうに夏休みの思い出を振り返るのを聞いていた。《……皆も知ってるオウルマン! 何でも知ってるオウルマン! 皆の友達オウルマン!》。

 宣伝電層、ちょうど開いた電層窓のロードが終わった。私はシクミの話を聞きながら、電層のチャットボット、『オウルマン』を起動する。シクミの話は、適当に相槌を打っておけば大丈夫。私にはそのくらいの使い分けは出来るし、シクミは鈍いからどうせ気付かない。


「うん、私、キマリちゃんにはとっても感謝してる。本当に、いつもキマリに迷惑かけてて……」


 ほら、気付いてない。窓の中で、大きな木の洞に入り込む映像が流れた後、真っ白なフクロウ頭の男性の電層が表示された。チャットボット、オウルマン。木の椅子にゆったりと座り、親身な語り口調と紳士的な雰囲気の、知る人ぞ知る優秀なチャットボット。イケメンな電層アバターで学校では人気な『ピッキー』や『H∀L』よりも、オウルマンは、なんというか落ち着くから、わたしは好き。


『〈/chat〉こんにちは、キマリちゃん。どうしたんだい』


 オウルマンの声はいつも落ち着いていて、ちょっと渋いけどアタマのよさそうな感じ。ピッキーとかH∀Lとかは声がキンキンうるさいのが良くないんだ。キマリちゃんが誘ってくれなかったら、私たぶん山も海も行けなかったと思うの……。まあオウルマンは何でも知ってる皆の友達、を売り文句にしてるんだから、下品な声だったらイヤだし。あと、少し色気があって、カッコいい。


「〈/chat〉別に。シクミと話すのに飽きたから、話しかけただけ」


『〈/chat〉なんだ、シクミちゃんと一緒にいるのか。まったく、何度も言うけれど君は彼女の友達なんだろう。なら僕と話してないで、シクミちゃんの話を聞いてあげるべきだ。友達ってのは、そういうものだよ』


 オウルマンは皆の友達だから、わたしのともだちのシクミのことも知っている。この会話も毎度のことだ。最初に行った山とか、とても楽しかった、羊なんかがいて……。でも、私は今とにかくシクミ以外のことを話したい。


「そうね、あの山は女子でも登りやすいトコだから選んだの。〈/chat〉違うでしょ、ともだち条例があるから一緒にいるだけ。ちゃんと聞く義務なんてない」


『〈/chat〉それはそうだろう。ともだちの言うことを聞くのは義務じゃない。だけども、友達との会話は楽しむものだ。一緒にいて、一緒に話していて楽しい特別な存在、それが友達だと、僕は知っているよ』


 なんだそれは。生真面目に言うオウルマンに私は笑ってしまう。誰が彼にそんなことを吹き込んだんだろう。たまにいるのだ、チャットボットに教科書通りのつまらないことを教える人が。教科書に載っていても、正しくないものは正しくないと分かってないんだろう。


「〈/chat〉それ、違うよ。ともだちっていうのは、ともだち条例で決められた、一緒にいることを義務付けられた同い年の他人のこと。一緒にいて楽しい人のことじゃない」


 オウルマンが驚いたように少し目を丸くする。それから少し思案して、


『〈/chat〉ふむ。キマリがそう言うなら、友達はそういうものなのかもしれないな』


「〈/chat〉何でも知ってる、が売り文句なのに、そんなことも知らないんだ」


 オウルマンは肩をすくめた。キマリちゃんは、色々な場所を知っているんだね、すごいなあ……。フクロウのくりくりとした目が細められると、わたしは少しどきりとしてしまう。


『〈/chat〉僕は皆が知っていることを知っているだけさ。もうキマリちゃんが言ってくれたから、友達の言うことを聞く義務はないが、聞いているふりをする必要があるということを僕は知っている』


「別に、他の人も知っていることじゃん。あの山、結構有名だし。〈/chat〉なにそれ、ズルい。じゃあ教えてくれる人がたくさんいたら、その数だけあなたは知っていることになるんでしょ」


 思わず顔がほころぶ。オウルマンはときどきヘンな事を言うけれど、それを自信たっぷりな様子で堂々と言うのだ。普通の男子ならイラッとするけれど、オウルマンはむしろ可愛げがある。その様子を見るとついわたしの顔もほころんでしまう。もう、キマリちゃん笑わないでよ、私が何も知らないのがいけないんだけどさ……。オウルマンが頷く。


『〈/chat〉僕は皆の友達だからね。だから、僕はキマリが知らないことでも、他の人が知っていることは知っているし、それを話してあげることも出来る』


「〈/chat〉逆に言えば、あなたがまだ知らないことを私が教えれば、あなたは知っていることになる、ってわけね」


『〈/chat〉そうだね。僕は皆が知っていることを知っていなければならない。だからこそ、友達の皆から色々な話を聞くのさ。僕は沢山の友達から話を聞いて、より多くのことを知っていることに出来るし、キマリも含めた友達みんなは僕と話すことで退屈を紛らわせたり、楽しむことが出来る。チャットボットの役目も皆の友達でいることも、きちんと遂行出来ているだろう?』


 やっぱり、オウルマンは他のチャットボットとは違う。適当に相槌を打って、おだてるだけのあんなチャットボットよりも、わたしはオウルマンの妙な人間臭さが好き。キマリちゃんは、色々な事を知ってるけど、いつもどこからそういう知識を手に入れてるの……。多分、オウルマンと一緒にいる時が一番楽しいのかもしれない。いつも思っていても言えない色々なことを、話すことが出来る。


「本とか、ネットとか、チャットボットとか。知りたいと思ったらすぐ調べちゃえばいいのよ。〈/chat〉まあ、出来てるんじゃない。ともだちとして上手くやれているかは知らないけど、チャットボットの中では一番好きよ」


『〈/chat〉ありがとう。ぼくは皆の友達だから君一人のものにはなれないけれど、その好意はとても嬉しいよ』


 ほうほう、とオウルマンが笑う。今のわたしの言葉を告白と混同しているんじゃないだろうか。そう考えるとわたし、断られてるけど。そうなんだ、キマリちゃんも使ってるんだ、だからいろんなこと知ってるんだね、見習わないと……。《ともだちと一定時間一緒! /+1p/T:913→914p/》。ポイント通知がうるさい。

「着いたけど、キマリちゃん、何食べようか」


 シクミの声で周囲を見ると、もう商店街のアーケードが交差点の向こうに見えていた。《青信号です。渡ることが出来ます》。都会から少し離れた場所では、ずっと前に廃れた商店街がまた盛り返しているのだ。いつも遊びたい学生でも、遊べる場所なんて限られてるし、そんなに思いつくものでもないから、お菓子とか食べ物をつまんでいける商店街は、ともだちポイントを上げたい生徒達にとっては、最適の場所だったんだと思う。帰宅途中に少し寄り道するだけでいいし、それにあまり時間もかからない。


「〈/chat〉着いたから通信終了。また後でね、オウルマン」


『〈/chat〉おっと、もう着いてしまったのか。残念だね。ではまた、僕の電層で』


木の洞から離れる映像を横目に、わたしは電層窓を閉じた。《いつでも会えるよオウルマン! いつも友達オウルマン! またのご利用オウルマン!……》。どうでもいいけど、オウルマンの宣伝、もう少しマシにならないのかな。


「そうね。軽く食べるつもりだったけど。シクミは何が食べたい……」


商店街はわたし達と同じような二人組や四人組の生徒であふれかえっている。《おともだちと一緒に来店して注文すると全品30%OFF! おともだちと是非揚げ物惣菜のカニチカへ!》《ヤグルマ養蜂場のはちみつ入りアイスクリーム! 高校生は2割引き!》《学校帰りにともだちとちょっと寄り道は如何でしょう 喫茶レクアル》……宣伝電層の数が異常に多い。まあ商店街が復帰した、なんて言っても、一度完全に消滅したこともあるし、並ぶ店は学校帰りの学生の確保に必死なんだし、このくらいはいつものことだ。


「うーん、私は、その、キマリちゃんが食べたいものでいい、かな」


 でた、この優柔不断さ。まあ何でもいいって答えたくなるのは分かるけど、なんでわたしがわざわざ聞かなくちゃいけないか、勘付いてほしい。《個室で東洋式マッサージがなんと――》あ、そう言う店は結構です、ブロックブロック。まあ、今日はさっさと帰った方がいい気がする。明日の単語テストも、化学のレポートもある。それに余裕があるなら来月の定期テストの勉強も少ししておきたいし。


「じゃあ、今日はアイスでも食べようよ。食事スペースで食べたらそのまま帰れるし」


「え、食べたら、すぐ帰っちゃうの?」


 シクミがポカンとこちらを見る。今のどこが意外なのよ。視界の端のともだちアイコンが見えなかったら、たぶん下がるようなこと言ってしまいそうだ。落ち着いて、呑み込んで。


「当然でしょ。シクミ、明日のテストとか勉強、大丈夫なの」


 ああ、そうだった……。シクミが思い出したように呟く。さっき話したばかりなのに。本当に頭が足りてないんだと思う。実際、シクミの頭が悪いのは、わたしがよく知っている。急に話を振られてもアタフタして答えられないし、答えもたいてい間違えてるし。テストの成績もてんでダメ。どうせ明日のテストも、平均点も取れないだろう。シクミとは何度も一緒に勉強したけど、テストの点数が平均点に届いていたのを見たことない。


「……うん、アイスだけ、食べて帰ろっか」


 少し意気消沈した様子のシクミを横目に、わたしはアイスを売っている店に向かう。《ヤグルマ養蜂場のはちみつは美容にも効果てきめん! 甘味度134を記録! アカシア蜜源独自の高品質を是非ご家庭で!》。惣菜のカニチカとヤグルマ養蜂場直販店は、わたしのお気に入りの店で、気軽に食べられるものが多いし安い。毎日大手チェーン喫茶の砂糖とクリームの甘々のコーヒーというよりガムシロップみたいな飲み物をありがたがって飲む必要なんて、どこにもないのに。

 ブースで立っている物販ロボが『名物はちみつ入りアイスクリームは奥の併設喫茶店でも店頭ブースでも購入できます!』と叫んでいる所に声を掛ける。この物販ロボ、大人は皆気味が悪いと言うけれど、わたしにはそうは思えない。むしろ愛嬌のある外見だと思うのだけど。《今なら四千円以上のお買い上げで――》


「すいません、アイスクリーム二つ下さい。学生なので個別会計でお願いします」


『かしこまりました、しばらくお待ちください』


 物販ロボットの背中に生えた二本の腕がコーンを持って、機械から出るアイスクリームでとぐろを巻いていく。内蔵した方がいいと思うんだけど、やっぱりアイスしか売れないロボじゃダメなのかな。


『おまたせしました。アイスクリームおふたつ、学生割引で各250円になります』


 窓に表示された今日親から受け取ったお金から、アイスクリームの代金が引かれたのを確認して、《250円使用。今日の残りは410円!》。物販ロボが手渡してくれたアイスクリームを受け取る。


「あ……」


 振り向くと、シクミが青い顔をしていた。授業中に当てられたときにそっくり。物販ロボが金額を払うのを待ち構えている。


「どうしたの、シクミ」


「あ、ごめん。私、今日はアイス、いいや……」


 あたふたするシクミの様子を見て、わたしは薄々何があったのか勘付いた。前にもこういうことがあったから。キョドキョドとした動作と、目線の位置――電層窓が表示される辺り――から何となく分かる。


「シクミ、もしかしてお金、もらってなかったの」


 前にもあったのだ。彼女がお金をもらえてなかったことが。シクミの家は貧乏ではないはずだけど、親は出来の悪いシクミより、出来のいい妹に夢中で、よくシクミを疎かにしている、とシクミ自身がこぼしていたのを聞いたことがある。で、今日もお金を渡すのを忘れてしまったんだろう。まあ、シクミが不出来なのが悪い、とわたしは思うけど。


「う、うん……だから、いいや。キマリちゃんだけ、食べてて」


 ああ、シクミは気付いているのだろうか。今のその発言で、わたしには選択肢が無くなったことに。多分、彼女にはそういう自覚は無いのだろう。でも、彼女の今の発言は、しっかりとhtiシステムが拾ってしまった。ここで、ともだちならどうするべきか、いや、どうしなくちゃならないのか。この場で注文を取り消せば、物販ロボはその手に持ったアイスクリームを容赦なくゴミ箱に捨てるだろう。そして私は一人でアイスを食べる。私は、そうしたい。でも、そうしちゃいけない。ともだちは、ともだちが困っている時に手を差し伸べないといけないから。


「あ、個別会計ナシで。私がふたつとも払います」


「え、そんな、悪いよ、大丈夫だって」


『毎度ありがとうございましたー』


 シクミが手を振って断るのも構わず、アイスの代金を払って、物販ロボからもう一つアイスを受け取った。《250円使用。今日の残りは160円!》。そして、そのまま今受け取ったアイスを、シクミに手渡す。


「え、え。いや、その。やっぱり、悪いよ」


 シクミが両手を目の前で振る。もう買ったんだから返せるわけないのに。いまさらわたしが「そっか」と言ってゴミ箱に放り込むわけないのに。なんで分からないのだろう。


「いいの。今度お金もらった時に、この分だけ私に払ってよ。そうすれば貸し借りなしになるでしょ?」


「……本当、ごめんね。いつもいつも」


 違う、そうじゃない。何の為に買ってあげたと思ってるの。本当にただの善意だと思ってるの。お願いだからhtiが望む言葉を、早く言って。


「そういうときは謝るんじゃなくて、ありがとう、って言えばいいんだよ。ほら」


 わたしは半ば強引にシクミの手にアイスを手渡す。


「う、うん。ありがとう」


《ユウジョウ! /+1p/T:914→915p/》。ポイントが入ったのを確認して、ようやく一息つく。ともだちポイントを集めるために自然な会話で誘導しようとしても、シクミが気付かなければ意味が無い。こういう時、双方が暗黙の了解として分かっていればいいんだけど。


「ふぅ、じゃあ食事スペースで食べて帰ろ、溶ける前にさ」


 そう言ってわたしはシクミと一緒に食事スペースに移動する。このぐらいの時間だとそれなりに食事スペースも混んでいて、わたしとシクミはアイスクリームを舐めつつ席を探して、ようやく見つけたころには、コーンと少しのアイスしか残っていなかった。そのままサクサクとコーンを食べて、改めて一息つく。


「ごちそうさま。その、こんどちゃんと払うから。……ごめんね」


 また謝った。毎度毎度、わたしの足を引っ張るたびに、彼女は謝罪の言葉を口にする。その度にわたしは「謝るのをやめて」と言いたくなるけれど、それを言ったらシクミみたいな子は余計に何も言えなくなるだけだ。

 食事スペースからは、商店街を一緒に帰るともだち同士の生徒がちらほらいて、どのともだち達も皆笑顔を浮かべている。わたしと同じ、貼り付けたような薄っぺらい笑顔。授業中にしかめっ面して先生の話を聞いているのと、何ら変わりない。ともだちと話している時は、いつもニコニコ笑顔で。別にこれはともだち条例には書いてないけれど、誰が言い出すわけでもなく、自然とともだちと話すときには笑顔を浮かべるようになった。自分のために、意識的に。


「キマリちゃん、私達って、本当にともだちなのかな」


 突然の質問に、どきりとする。今の問いは誰が発したのか、一瞬本当に分からなかったのだ。もちろん、周囲にはわたし達の他に誰もいないし、電層窓が開いて誰かが尋ねてきたわけでもない。

 シクミは、食事スペースから外を憂鬱そうに眺めながら、いつもの口調で、私にそう問いかけたのだ。手にしたアイスはまだ形を保っている。


「どうしたの、急に」


「ほら、教科書には、ともだちっていうのは一緒にいて楽しいもの、一緒に助け合うものなんだって、書いてあるでしょ。でも、私、キマリちゃんに迷惑かけてばっかりで、キマリちゃんに何かしてあげられたこと、殆ど無い」


 そりゃあ、そうだ。いまさら気が付いたの。そう言ってやりたくもなったけど、ともだちとしてその回答は間違ってる。特に逡巡もせずに、わたしは答える。


「別にしてもらわなくてもいいのよ。ともだちっていうのは、貸し借りで成り立つ間柄じゃないでしょ」


 ともだちとして、何ら間違っていない回答。だけど、シクミは目線を宙からわたしに移して、今度は少し気後れしたように、私の目を見る。


「じゃあ、キマリちゃんにとってともだちって何? キマリちゃんにとって、私はともだち?」


 さすがに、言葉に詰まった。急に、今まで考えていたことが全部シクミに筒抜けになったような気がして、息を飲む。当然、そんなことはありえない。ともだちというのは、法律が一緒にいることを勝手に決めた相手。そして、ともだちの在り方は言葉だけを取り繕って、その考えを覆い隠して他人と付き合うこと。わたしはそう思っている。勿論、そんなことは口には出せない。出したら、ともだちポイントが下がってしまう。多少下がるだけでも嫌なのに、無くなりでもしたら。


「……そうね。ともだちっていうのは、一緒にいて楽しくて、助け合うもので、特別なひとのこと。言うまでもないけど、私とシクミはともだちよ」


 間違ってない。わたしが用心して言った今の言葉は、何も間違ってない。htiシステムも何も反応してないから、これを喧嘩や暴言には認識していないということだ。いや、当然だ。暴言なんかじゃない。これは教科書通りのことで、さっきオウルマンが言っていたことをそのまま言っただけ。

 だけど、なぜかシクミはその答えに満足しなかったらしく、「そっか」とだけ言ってまた目線を逸らしてしまった。そんなことをしているうちにアイスが溶けてきて、慌ててわたしは残りのアイスとコーンを勢いよく食べる。上品に食べようとして溶けきって手をベタベタにするよりは、こっちの方がましだ。


「じゃあ、帰ろっか」


いつのまにかシクミの手からはアイスは無くなっていて、時間が経っていたことに気付いた。《時間16:22》。思った以上にわたしは呆然としていたみたい。シクミが珍しく先に席を立って、わたしは慌てて残ったコーンの先端を口に放り込む。最後にシナモンの風味が、ほんのりと口に広がった。

 帰り道は、シクミもわたしも、なぜかどちらも話し出そうとしなかった。こういう時、シクミは無理して喋りかけてくるのに。シクミは遠い目をしてて、まるで別の何かを見ているようだった。《ともだちと一定時間一緒! /+1p/T:914→915p/》。htiの数字の羅列が、視界から滑り落ちていく。

 それから、シクミはわたしから距離を置くようになった。


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