第28話 魔法

 暗い暗い暗い地下だ、これはあの時と同じだ。あの時も私は逃げ惑っていた、目を瞑って耳を塞いで口を塞いで蹲っていた。違う違う違う、今はもうあの頃の私ではない。違う違う違うのだ。


「違うのだ、違うんです、違っている!」


 狂人の様に男は喚いた、いや実際どこからどう見ても狂人そのものの言動だった、男は独り、死体を前に、目を瞑って耳を塞いで騒いでいた。





『おい司令部、7班の最後の通信は何だったんだ』

『最後の通信は、定期連絡通信です。次回の通信が無いため確認を取っていて異変を感知しました』

『そいつはおかしいな、奴ら通信する間もなく一瞬でやられちまったって事か?』

『その認識で、対応してください』


 指定されたルートを通り、7班のいた場所へと急行する。しかしじれったい、俺だけならばこの何倍もの速度で急行できるものの、他の人たちに歩調を合わせていては、1秒が1分にも感じてしまう。


 焦りを感じながら、もどかしく走る俺に比べて、他の2人は落ち着いたものだ。レンドさんは司令部と通信をしながら情報収集に努め、ルクコさんは見逃しが無いように周囲に目を光らせながら走っている。


「元々奴はうだつの上がらない三流魔術師だった」


 通信をし終えたレンドさんがそう呟く。


「生まれ育ちが激戦区であった、アレクシスなのは同情するがね。それ以外は取り柄のないへっぽこだ」

「それがどうかしたんですか」


 俺はいらいらしながらそう返す。


「そんなへっぽこが、どうしてこんな高度な魔術を手にしたのか少し興味ある、それだけの話だ」


 レンドさんはそう言うと、鋭い声でこう付け加えた。


「奴は、7班を瞬殺している。気を抜かずにかかれ」





 そこは静かな場所だった、今まで通過して来た地下水路と特に変わり映えのしない、気を抜くと通り過ぎてしまうような場所だった。


 そんな場所に異物が2つ。物言わぬ骸が2つ、水路にポカンと浮かんでいた。


「くそっ!」


 俺は彼らに駆け寄った。彼らには苦しんだ様子も無く、只々ポカンとした表情で、水面にたゆたっていた。


「変だな、外傷が無い」


 俺が抱き上げた彼らの死体を前に、レンドさんがそう呟く。


「奴は訳の分からない魔術を使うんです、これ位――」

「落ち着けルーキー、その魔術とやらはこんな短時間で行使できるのか?」

「……いや、イルヤ姉たちの時はおよそ1日の猶予がありました」

「ソウルスティールって奴かい」


 ルクコさんの呟いたそれは、おとぎ話や神話の世界の魔術だ。ひと睨みするだけで魂を吸い取る魔術、そんなものは魔術を超えた魔法の領域だ。


 暗く、静かな地下水路、情報元となるグミたちも異変を感じてその影すら見えない。


『分かった、警戒を続けつつ、この場所に待機する』


 現場の状況を司令部に伝えたレンドさんがそう返事を返す。


「よーしお前ら、司令部からのありがたい御達しだ。ここで後続の奴らと交流する、それまで決して死ぬんじゃねぇ」

「はは、言うだけなら簡単だよね」


 ルクコさんはそう軽口を叩くが、何しろ相手は未知の魔術を使う凄腕の魔術師だ。そんなものを相手にぼーっと突っ立っておけと言うのは、一体どんな了見なのか。


「フラ坊、あっちを見張ってくれ。グミ助はこっちだ」


 俺は夜目の効くフラットウッズモンスターを新たに召喚し警備に当たらせる。4m近い身長は、狭い地下水路の中では身動きが取れないが、それを差し引いてもこいつの視覚能力は折り紙付きだ。

 警戒と言えばグミ助だが、敏感なレーダーは常にレッドゾーン、全方位に怯えきっていてハッキリ言って使い物にならない。


 銅鑼の音が周囲から鳴り響いて来る。包囲網が狭まってくる証だが、それが何だか不安に聞こえて来る。


「おかしいな、今んところ、何処の班も引っかかっちゃいねぇ」

「あいつは隠蔽魔術も得意だったよね、この地下水道は正しく奴のホームグラウンド、何処かに隠れていて見落としてるんじゃないか?」


 近づく銅鑼の音にレンドさん達も不安を感じている様だ。味方の鳴らす銅鑼の音、本当ならば安心できるその音に、俺たちがジリジリと緊張感を増していると――。


 ガンガンガンとそれまでとはリズムの違う銅鑼の音が聞こえて来た。これは何かを発見した合図だ。


 俺たちは顔を見合わせてほっとする。


『司令部! 今の音は何だ! 奴を見つけたのか!』


 レンドさんが次の指示を乞うために通信符に話しかける。


『待ってください、今確認中――、はい、はい、了解です、はい』


 ちょっとの間のラグがあり、そこから伝えられてきた言葉は次の通りだった。


『……見つかったのは奴の死体?』

『はい、どうやらその通りです、最終的な確認はその死体を本部へと持ち帰ってからですが、3班の証言によると――『3班? 3班! 応答してください!』』


 レンドさんの通信符から混乱が漏れ聞こえる。どうした、何があったんだ?


「3班と音信不通になった、確認の為、j-b-68へ向かう」

「音信不通ってどういう事なんですか、さっき奴の死体をって聞こえましたが」

「さてね、それを含めた確認だ。お前ら気を抜くんじゃねぇぞ」


 レンドさんはイライラしげにそう呟き、目標地点へと歩き出す。


「待ってくださいレンドさん、フラ坊を先行させます」


 俺は真っ先に進み始めたレンドさんの前にフラ坊を歩かせる。フラ坊の巨体が邪魔をして前方視界はほぼなくなってしまうが、これが最も安全だ。


「大丈夫なのかアデム」

「フラ坊の夜目は人間の比じゃありません。何かあったら知らせますから、横の警戒をお願いします」


 俺たちはフラ坊を盾にするように地下水路を歩き出す。銅鑼の音からして目標地点は目と鼻の先、しかし、警戒心を最大限にしたその歩みはゆっくりとしたものだ。





 戦乱の音が鳴り響く、母さんが、父さんが人形の様に動かなくなっていく。炎が舞い散り闇が訪れ、闇の中で魔獣の目が煌めく。

 血だ、血だ、死が流れ落ちていく。命は儚い、人間は脆い。

 脆弱だ、脆弱だ、こんな肉の塊に一体何の価値がある。

 硬い、強固なものが必要だ、それもそこらの要塞程度では意味が無い。敵は街すら焼き尽くす戦乱と言う名の魔獣だ。

 強固な、強固な肉体が必要だ、必要なのだ。


 そして男は自らの魂を……。

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