第27話 宝石

 コロコロと、幾つかの砕け散り、あるいは濁り切った宝石が机の上に転がされた。


「ソウルジェム、とでも名付けようか」


 禿頭の大男、ハリス教授は太く落ち着いた声でそう語る。


「先生? それが一体?」


 ハリス教授の現場検証に伴をした騎士団の青年はそう疑問を呈する。彼の目には二束三文のクズ宝石にしか思えなかった。


「彼の魔術師の最終目標がこれだろう」

「へ? これがですか?」

「ああ、彼の魔術師が行っていた魂の置換、その結晶がこの宝石だ」

「それって、まさか」


 青年の目には唯のくすんだ宝石にしか見えやしない、だが。


「魂を別の肉体に置き換える、それはそれでとてつもない高度な技術。だがそれで何になる? 彼の魔術師は肉体と言う不安定な器から、宝石と言う極めて安定的な物質に魂を置換しようとしたと思われる」


 鈍く光る宝石、その輝きにおぞましい怨嗟の炎を感じ取り、青年は一歩後ずさってしまった。





 いともたやすく、いとも無造作に、いくつもの命が散っていくのを只々茫然と目撃した。

 弱者の声など小さなもの、強者の耳には届かない。

 弱者にできることは、ただじっと耳と目を塞いで嵐が通り過ぎるのをじっと待ち続ける事だけだった。

 

 雨だ、雨だ、赤い雨も青い雨も、唯の液体に過ぎない。怨嗟の声も、苦痛の嘆きも、只々空気の振動に過ぎない。


 全ては脆く儚く砕け散る。銀の輝きの前には易々と切り裂かれる。

 もっと強く、もっと強固に。何物にも砕けない黄金の輝きを。


 そして男は、肉の塊を脱ぎ捨てる事を決心した。


「完成した、これで完成した。俺は人間を止める、この不完全な生命体のその先へ行く」


 男の目の前には、見る者に得体の知れない恐怖を抱かせる文様の刻まれた赤く光る宝石があった。

 それは光を反射し、血の様に輝いていた。





 シャルメルはああいってくれたものの、この問題は単なるイルヤ姉たちの敵討ちと言う問題では無くなった。


 俺は無理を言って調査に参加させてもらう事にした、じっと黙って待っている事が出来なくなったのだ。


「どうも、レンドさん、ルクコさんアデムっす」


 俺は初顔の彼らと握手を交わす、彼らはずっとこの件を担当してくれているミクシロンの情報部の人だ。


「君の噂はお嬢からよく聞いているよ、頼みにするからよろしくな」


 この人はレンド、ややたれ目がちで長髪と言う、何処か遊び人な雰囲気を出している人だ。

 本職の人にそう言われると恐縮してしまう。俺は魔獣の足跡をたどるのは得意だが人間を追う事には慣れていないんだ。


「はは、レンド。そうプレッシャーを掛けるんじゃないよ。分からない事があったら何でも聞いてくれ」


 そう言ってくれるのはルクコさん、大きな目が印象で、かき上げた髪がいかにも活発的な人だ。


「それで、俺たちはどこに行くんですか?」

「ああ、現在奴の居所は大体の目星がついている、今はローラー作戦で虱潰しに奴を追い詰めている所だ」


 捜査は最終段階の詰めの部分と言う所か。騎士団の方でも奴の実験場を暴けたと言う事で指名手配の準備を始めていると言う。

 だが手配書を見た奴がどんな強行に手を出すか分からないので自体は慎重に進められていると言う事だ。


「くく、指名書を張られたことのある人物としては複雑な思いか?」

「ははは、止めてくださいよレンドさん。知ってますか騎士団に追われたら超怖いんですよ?」

「くくく、あいつ等から逃げおおせるなんて並の人間には出来ない芸当だぜ」


 いや正直言ってあの時は、ジェイの手助けが無ければ逃げおおせなかった、と言うか死んでいたかもしれない。もう思う出したくない思い出だ。


「さ、無駄話はそれ位にして。行くよ2人とも」

「りょーかい」

「はい! ルクコさん」


 俺たちの担当は王都の地下を網の目の様に走る地下水道。夜目が効くと言う事でここを任されたのだが、臭い的には超キツイ。

 港町ネッチアでも似たようなところは通ったが、今回は生活排水が遠慮なしに流れている下水道。それらを餌にしているグミたちがもじょもじょと蠢いている都市の静脈だ。


「おいグミ助、誰か不審な人が最近来ていないか野良グミたちに聞いてみちゃくれないか?」

「むぎゅるんるん」


 グミ助は俺の肩から飛び降りて、突然の来訪者に驚き逃げるグミたちの元へと走って行く。


「へぇ、召喚師ってのはそんなことまでできるのか」

「いや、俺のグミは特に頭がいいんですよ」


 レンドさんの驚きに、俺は胸を張ってそう答える。通常のグミならば大雑把な命令しか出すことは出来ないが、俺とグミ助との絆はそんなに浅いものでは無い。こんな風な細やかな命令だって聞いてくれる。


「むぎゅる、むぎゅる、むぎゅる」


 野良グミたちの群れから戻って来たグミ助は、体を伸ばして右方向を指し締めす。


「こっちです、行ってみましょう2人とも」


 複雑に入り組んだ地下水路は正に大迷宮の名がふさわしい。おまけに匂いも酷くて鼻が利かないし、基本的に真っ暗だから見通しも良くない。

 潜む方にとっては正に天然の要塞だ。


 とは言え、今日ここに入り込んだのは俺たちだけではない、ミクシロンの情報部だけでなく騎士団の人たちも込めての大捕り物だ。


「へへっ、こいつは良いや。とっととそのくそ野郎を見つけ出して、こんな臭い所からおさらばしようや」


 レンドさんはその軽口に似合わない、見事な足運びで音を消して奥に進む。戦闘能力がどの程度かは分からないが、隠密能力の高さはそのふるまいから受け取れる。


「まったくそんな軽口を叩くんじゃないよレンド、相手は未知の魔術師だ、もっと気を引き締めて油断しないで行こうよ」


 最低限の皮鎧で、音を消して歩くレンドさんとは反対に、ルクコさんは地下水道を赤々と照らす光源を装備し銅鑼を慣らしながら歩いて行く。


 ガンガンガンと遠くで銅鑼の音が遠くから聞こえて来る、どうやら別の班の追い込み班が行動を開始したようだ。

 とは言え複雑怪奇な地下水路、音が反響して何処から響いて来るのかは咄嗟にはよく分からない。


 レンドさんは通信符を使い、他の班と足並みそろえて進軍する。

 そして進むこと小一時間。


「…………」

「どうした?レンド」


 通信符に耳を当て黙り込んだレンドさんにルクコさんが声を掛ける。


「7班からの通信が無いそうだ。通信が途絶えたのは――ここだ」


 レンドさんは地図の一点を指し示す。


「行きます!」

「ちょっと待て小僧! 先走るんじゃねぇ!」


 踏み込みに機先を制される。俺の肩はレンドさんにきつく押さえつけられる。


「でもっ!」

「小僧、俺たちを舐めるな。俺たちが先走った結果奴が包囲の穴を抜け出すような事があったらどう責任取るつもりだ」


 ぎりと、優男に見えない力強さで肩を抑えられる。


「そうだよ、先ずは落ち着いてアデム君。状況は上でも把握している、最適なカバー方法が――」


 ルクコさんがそう言った時に通信が入る。


『13班、13班。現在位置を教えてください』

『こちら13班リーダーのレンドだ。現在位置はk-c-25。指示を求む』

『了解。現在7班の通信が途絶えている、至急k-b-13を通り、l-p-78へと向かえ』

「よし、行くぞ小僧!」

「はい!」


 俺たちは薄暗闇の下水道を一目散に駆けだしたのだった。

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