第26話 中間報告

 結局エフェットたちはマフィア討伐を手土産にアデルバイムへと帰還していった。「経費で落としてー」とジェシーさんは最後まで涙目だったが、まぁ仲良くやるだろう。


 想定外の獲物を釣り上げて、治安維持活動になぜか貢献してしまったものの、本命はそれじゃない。俺たちの目標は魂の魔術師の方だ。


 しかし、件の魔術師の目的は何なんだ?非合法な手段で実験を続け、その先に得るものは一体何なのだ?


「得られるものは多いわよ、残念な事にね」


 俺の疑問にチェルシーはそう呟いた。


「例えば、強力無比な戦闘力を持つけど、知能が低い、あるいは人間の指示に従わない魔獣に人間の魂を持たせれば、それは恐ろしい武器となるわ」

「んなもん、魔獣と契約をかわせれば、何とでもなるだろ?」

「それが出来ない高ランクの生物、例えばドラゴンクラスだったらどう?」

「確かに、通常では契約が難しいレベルの魔獣だったらそうする価値はあるか? だが、そんな事をされた人間が大人しく指示に従うか?」

「それは、なんとでもなるでしょ。手段を選ばなければね」


 チェルシーは、吐き捨てるようにそう言った。

 単純に戦闘力のみを求めての行動、そんなものの為にこんなに回りくどい事をするのは……。あるいは何か別の……。

 残念ながらここで頭を寄せ合せていても、全ては憶測でしかない。だがしかし、なにかうすら寒い物が背筋を這い上がる。


「魂を弄ぶなんて。私、許せません」


 アプリコットがそう小さくつぶやく。医学について学ぶ彼女にはとても許されない事だろう。

 だが、それは彼女だけの想いではない、あの時あの場所にいた皆が思っている事だ。


「お待たせしましたわ、皆様」


 俺たちがうんうん頭を悩ませていると、シャルメルが登場した、あの日の事後処理を引き受けた彼女から何か報告があると言う事なのだが。


「さて、先ずアデムには騎士団よりの礼状と懸賞金を預かっております、あの者は蜥蜴の尻尾にしては中々の大物で、金額もそれ相応の額でございますわ」


 そう言ってずしりと重い金貨の詰まった袋を渡される。しばらくかかるとの話だったが、思ったよりも早かった、これでジェシーさんも安心だろう。


「うふふ。ミクシロンの縁者と言う事で特別に手続きを急いでもらいました、アデメッツに借りなんて作りたくはないですからね」


「それで、私達を呼んだのは、そのお金で遊ぶため?」

「いえいえ、勿論これからが本題でございます」


 そう言ってシャルメルは、ジム先輩のエスコートで、勿体ぶる様に椅子に座る。


「アデム、貴方の行った先は当りでしたわ」

「へ?」


 シャルメルはそう言って資料の山をテーブルに並べる。


「漸くと、あの者の人相書きから足跡をたどる事に成功いたしました、あの者は王都で最大の人口密集地、即ちスラムに潜んでいたのです」

「なんだって!」


 間近まで迫っていながら、逃がしてしまったのか、なんていう失態だ。


「ミクシロンは王国の懐刀、勿論治安維持にも多くのリソースを出させて頂いております。その関連で、例の違法薬物の件でも頭を悩ませておりました」

「そこを、なんとなくの勘でアデム達がつつき出しちゃったのね」

「はい、アデムとジェシーさんはお手柄でした。蜥蜴の尻尾を切るのは容易くとも、ホイホイとその後を引き継げるものではありません。っと、それは別件でしたね」


 シャルメルは咳払いをして、会話を元に戻す。


「本題は、その現場検証の時でした、あの辺り一帯を虱潰しに調査していたところ」

「例の魔術師の走査も同時にやってくれたのか!」


 俺の指摘にシャルメルはにこりと笑う。俺自身半信半疑に当っていた噂話に、彼女は諦めずにやっていてくれたのだ。


「後の事をエフェットに任せられましたからね、ミクシロンとしては手を抜くわけには行きません」


 今回の事はライバル意識が上手い事廻ってくれたと言う事か。なんにしろ、あの男の影を捕えられただけで大きな前進だ。


「二兎を追うものは何とやらとは言いますが、追い手が多ければ話は違ってきますわ。いやそれどころか、あの狂人の多さと、魂の魔術師は無関係ではございませんでした」


 一転、シャルメルは真剣な顔をしてそう言った。


「そんなまさか」とアプリコットは青白い顔をしてその報告に耳を傾ける。


「ええ、そのまさかです。何しろ前代未聞の事なので検証は終わっておりませんが、どうもあの狂人たちの魂は、暴れ猿の魂と入れ替えられていると考えられます」


 暴れ猿は、クラス1~2魔獣に分類される魔獣だ。その名の通り兎に角気が強い、攻撃力はゴブリンとどっこいどっこいだが、縄張り意識が特に強い事で有名な魔獣だ。

 人間の肉体に入れられることで戦闘力はむしろ低下するかもしれないが、入手難度や人間との親和性を考えて、彼らを選んだのだろうか。


「その根拠は、狂人たちの狂暴性だけでそう判断したのではないでしょう?」


 そう言って、チェルシーはシャルメルに鋭い視線を送る。


「人語を話す魔獣が存在した、そう言えばお分かりでしょう」


 重い一言に、場の空気が沈み込む。あのスラムのどこかに、暴れ猿の肉体に魂を交換された人間がいたと言う事だろう。


「それで、その魔術師は見つかったのか」

「あの男は既にスラムを抜け出した後でした、ですが足取りを追う事は成功しております」


 そうか、だがまぁここから先は人海戦術の方が確実だろう、素人の俺たちが助けになるなら幾らでも手を出すが、お声がかかるまでは迂闊な事はしない方がよさそうだ。


「あの……」

「何かしら、アプリコット」


 アプリコットは青白い顔をしつつも、おずおずと声を上げる。


「その方達の治療は不可能なのでしょうか」


 治療か、イルヤ姉たちの時は、術式が進行中の状態かつ、魂の移動先の魔術書が手元にある、そして尚且つ、稀代の天才ハリス教授がいたから出来た事だ。それらのパーツが不揃いな状態では……。


「勿論ハリス教授にも頼んでもらいましたわ。ですが誰がどの肉体と入れ替わったのか分かららない状況、いえそもそも生き残っている人自体がそれ程多くなかったのです」


 やはりそうか、人の目の届かないスラムの最奥、そこでは狂気の人体実験が行われていたと言う事か。


「ねぇちょっといいかしら」


 重い空気が支配する中、チェルシーが青白い顔をして手を上げる。


「あの魔術師は、何故表に出て来たのかしら、こうして顔ばれする危険を冒してまで」

「そりゃ、実験なんだろ。あいつは人の魂を実験材料程度にしか思っちゃいない」

「その実験は、ハリス教授が居なければ成功していたわ。つまりは……」

「最終段階、何時でも量産できる体勢になってるって事か!?」


 俺は椅子を蹴倒し立ち上がる。

 素人が出しゃばったら捜査の邪魔になる?そんな悠長な事言ってられる場合じゃないって事か!?


「シャルメル!」

「ご安心を!」


 テーブルに置いた俺の手に、シャルメルは手を重ねてそう言った。


「チェルシーさんの言う事はもっともです。ですが我々はあの魔道書の方面からも調査を続けております。あのクラスの魔道書を量産するとなるとそれ相応の施設が必要となりますわ」


 そうか、流石はミクシロンの情報部。俺たちが考え付くことなど当に実行済みという事か。


「シャルメル、あいつの名前は分かっているのか?」

「ええ、王都の人間でないので判明に時間が掛かりました、あの男の名はオリバ・メイヤー。

 国境の街アレクシス出身の魔術師ですわ」


 国境の街アレクシス。それは蛮族領地である帝国とほど近い北方の街。ターズ山脈とザルバ山脈二つの山脈の間に立地した、王国の北の砦。

 そして勿論大戦時には取った取られたの激戦区となった街の事だ。


 大戦の残り香が濃く香るその名前に、俺たちは不吉な思いを感じ取ったのだった。

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