第25話 暗闇
かくして俺たちは再度スラムの入り口にいた。今度は面倒くさがらずに、きちんと聞き込みをしていくと、ジェシーさんは財布をすっからかんにして大盤振る舞い。
「別に経費で落ちるから問題ないわ」と強気の発言をしつつも、それでもその横顔は寂しそうだった。
厚かましい客引きの兄ちゃんや、色っぽい娼婦のお姉さんに聞いた話を総合すると、こう言う事になる。
「いつの間にか、スラムの最奥に狂人たちがはびこっていた……と」
「なによあのくそ爺! がせねた掴ませてんじゃないわよ!」
「いやいや、人語を解する魔獣の噂も無くは無かったですし、無駄じゃないですよ」
俺は地団太を踏む、ジェシーさんを慰める。
スラムの奥に人語を話すグミを売る店があると言うのはブラフ臭いが、あの爺さんの話は半分ほど当たっていたようだ。
「はぁ、人語を解する魔獣なんてちょっと仕込めば何とでもなるんじゃないの?」
「まぁ、一概には否定しませんが」
そこは俺達召喚師の出番である、低級魔獣使いと揶揄されることもある俺たちだが、逆を言えば魔獣に関する専門家でもあると言う事だ。
契約をかわすことが出来れば、かなりの精度で人語を解させることも可能だ。
「はー、結局召喚師が悪さをしてるって事じゃないの」
彼女はため息まじりにそう吐き出す。
召喚師の名誉にかけてそこは何とか否定したいが、今の所は唯の噂。否定も肯定も霧の中である。
しかし、これに魂の魔術師が絡むと話が変わってくる。
「人間の魂を魔獣の中に入れる事が出来るとなれば、その逆はどうなるんですかね」
「……あんた、中々えぐい事を考えるのね」
えぐい事を身内にさせられそうになった身である。それ位は考え付く。
要するに交換だ、人間と魔獣同士で魂を交換する。それに何の意味があるのか分からないが、片方だけ出来ると考えるのは早急だと言う事だ。
「そうね、そこらに魔獣の魂がプラプラしていると考えるよりもそっちの方が自然かも」
「出来る出来ないは別にしてね」とジェシーさんは肩をすくめる。
魔獣の魂が移植され、狂暴化した人間があの狂人。そう考えれば納得したくはないが納得できる。
俺たちは慎重にスラムの最奥部へと足を運んだ。
「着いたわ」
慎重に気配を探りつつ、先ほど取り囲まれた現場に舞い戻った。今の所狂人たちの姿は見えないが、一秒後に取り囲まれていてもおかしくはない。
「やっぱりあそこに行くんですか?」
「ええ、あの時、あの大男だけが言葉を話すことが出来ていた、他の狂人は唸り声を上げるのが精々だったのにかかわらずよ」
となると、最初に引き当てたのがビンゴって訳か?あの古本屋の店主とは似ても似つかぬ大男だったが、何か関係があるかもしれないと言う事か。
「今度は忍び込むわ、付いていらっしゃい」
ジェシーさんは足音と気配を殺して、壊れかけたドアをそっと開ける。室内は隙間から入り込む灯りが手がかりの薄暗い場所だった。
「あんた、夜目は?」
「大丈夫です」
これ位の暗さなら問題なく行動できるように仕込まれている。
そろりそろりと、ガラクタだらけの室内を進む。少し進んだ先には……。
「地下室ね、ここだわ」
床下から仄かな明りが漏れて来ていた、いや漏れてくるのはそれだけではない、あの大男が浴びていた大量の返り血、その血の匂いが漏れ出ていた。
「降りるわ」
ジェシーさんは躊躇することなく、そこに降りていく。戦闘力では俺に分があるも、隠密行動は彼女の方が勝っている、ここは素直に従っておこう。
血臭はドンドン濃くなっていく。果たして魂の交換と言うものに、これ程血の匂いをさせなくちゃいけないのかと思うほどの血の匂いだ。
ガシャン!
突如、背後でけたたましい金属音が鳴り響く。
「チッ!」
「ジェシーさん!」
後悔するもすでに遅し、俺たちは閉じ込められてしまった。
「まさか、あれだけ暴れたのにも関わらず、すぐさま戻ってくるとはね」
絞められた金網の向う、そう言って薄ら笑いを浮かべる男の姿があった。
「……あいつ?」
「いや、違います」
逆光で視にくいが、スラムに似合わず着飾った男の姿は、あの糸目の店主とは大違い。残念ながら当てが外れたようだ。
「はぁ……」
ジェシーさんはこれ見よがしにため息を吐く。
「何を余裕ぶっているのだ貴様ら」
「なにって、はぁ、散々大金叩いて探し回った挙句外れを掴まされたのよ? ため息の一つぐらい大目に見なさいよ」
「ええい、何を訳の分からんことを、こいつ等を殺せ!」
男の命令と共に、地下室の奥から重い足音が響いて来る。それは狭い地下室を更に狭く見せる様なあの時の大男だった。
「はっ、山猿。やってしまいなさい!」
ジェシーさんは、そう言うと俺の後ろにさっと隠れる。
「……まぁやりますけど」
適材適所、剣は武器屋。荒事は俺の担当だ。
大男が雄たけびを上げながら俺たちに突進して来る。狭い階段では逃げ道はない。そう、逃げ道はない。
スパンと、俺の蹴りがまともに大男の顔面に突き刺さる。唯でさえ有利な段上からの攻撃だ、それに俺の技術を込めれば、体重差程度容易く覆す。
「お、お」
薬か何かで、幾ら強化されていようが、脳を揺さぶられれば関係ない、大男は何かを呻きながらゴロゴロと下へ転がって行った。
「これで終わりか? なら邪魔だからとっととそこからどいてくれ」
階段を塞ぐのは鉄柵一つ、その程度蹴り一つでおつりがくる。
「なっなんだと! 私が手塩にかけた一号が!?」
一号だろうが、二号だろうが、所詮は唯の荒くれ者、神父様の下で修業を積んだ俺の敵ではない。
「まぁ、どかなくても結構だけどな、行きがけの駄賃だ、ついでに騎士団の駐屯所まで蹴り飛べしてやるよ」
やはりと言うか何と言うか、叩けば埃の出る身だったようだ。あの男は、マフィアの下部組織で、違法薬物を売りさばく胴元の一本だった。
あの男を騎士団に突き出した俺たちは、感謝の言葉と共に、金一封を受け取った。
つまりは……。
「結局単なる薬中だったって訳じゃない!」
「……そうなりますねぇ」
そうなのだ、結局は人語を解する魔獣の話は唯のデマ、俺たちは下らないうわさ話に踊らされ、貴重な時間を無駄にしてしまった。
そして、すごすごと駐屯所を出た俺たちを待ち受けていたのは、仁王立ちするエフェット嬢の姿だった。
「聞いたわよ! 貴方たち!」
「おっ、お嬢様。こんな夜分遅くに態々お出迎えにならなくて――」
「何やってんのよジェシー! 私は魂を操る魔術師を見つけろって言ったのよ!それが何処をどう間違ったらマフィアを見つけ出してんのよ!」
「それはしょうが無いじゃないですか! そもそもこの山猿の持ってきた情報が悪いんですよ!」
「むきー! 何言い訳してんのよ! 今回の出費経費として認めてあげないからね!」
「そっ、そんな後生ですお嬢様! お役所仕事の懸賞金なんていつ出るか!」
「そんな事私の知ったこっちゃないわ! 首にならないだけもありがたく思いなさい!」
「お嬢様! 後生! 後生ですー!」
わーわーぎゃーぎゃーと駐屯所の前にジェシーの嘆きが響き渡った。
「ふぅ、危ない所でしたね」
人々の意識から外れるように細工されたスラム街の奥地の奥地、糸目の男がそう呟いた。
木を隠すなら森の中、狂人を隠すには狂人の中だ。男は実験に失敗した人間を捨てるために、そして実験材料を手軽に集める為、スラムの奥地を活動場所に選んでいたのだった。
「そろそろ此処も潮時ですね」
実験場の近くで大捕り物があったのだ、ここも安全ではないだろう。
「これで……」
男は糸の様な目をさらに細めて粘つく笑いを浮かべたのだった。
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