第29話 救援

「変だな、道が違うぞ?」


 地図を見ながらフラ坊の後を付いていくレンドさんがそう呟いた。


「あっ、すいません。道間違えましたか?」


 道を間違えたのなら、フラ坊に指示を出す俺の責任だ。緊張のせいでレンドさんの道案内を聞き間違えたんだろうか?


「いや、アデム君は間違ってないよ。間違っていると言うなら地図の方だろう」


 ルクコさんが背後からそう答える。レンドさんが間違っているとはかけらも疑っていないのが、2人の信頼を物語っている。


「工事の情報を入れ忘れたのか? いやそんな箇所は無い」


 レンドさんは壁の状態を確かめながらそう呟く。


「ちっ、あと少しだってのにな。待ってろ、ちょっと司令部に連絡する」


 そう言ってレンドさんが通信符越しに話しかける……が。


「おかしい、通信が通じない」


 帰って来たのその一言。突然の通信不能、それは7班と3班に共通する事なのでは。


 俺たちは瞬時に円陣を組み周囲を警戒する。だが、しんと静まり返った地下水路には何の反応も見られない。


「……ねぇレンド、ちょっと静かすぎない?」


 ルクコさんが冷や汗を浮かべながらそう呟く、静かだ、確かに静かすぎる。さっきまで聞こえていた筈の銅鑼の音はその余韻すらかき消されている。


「くっ、しょうがない、一時撤退だ。脱出する」


 レンドさんはそう言って地図を確認する、ここから一番近い出口を探すためだ。

 だが、その判断は少し遅かった。


 ぐらりと、いやずるりと地下水道が胎動する。


「なっ!?」


 地震か? 話には聞いたことがある。地殻変動によって大地が震える現象だ。王都ではめったに起こらないが、南方の国ではよく起こると聞く。

 どちらにしろ大ピンチ、こんな地下水路でそんな事になったら生き埋めは避けられない。


 だが不思議な事に、水面には煉瓦のかけら1つ落ちてこなかった。


「……一体何なんだ?」

「れっ、レンド、少しばかりヤバい事になっち待ってるようだ」


 後方を警戒していたルクコさんがそう呟く、その声に背後を振り向いて見ると、そこにはあり得ない状況が待っていた。


「……通路が、無くなってるじゃねぇか」


 そうなのだ、ついさっきまでぽっかりと開いていた通路が無くなっていた。


「さっきの地震!? でも……」


 通路は隙間なく塞がっている、まるで元々がそうであったかのような有様だ。


「くそっ! 一体何がどうなってんだ」


 レンドさんはそう言って壁を確かめる。そこからはコンコンと言う硬質な音が帰ってくる、唯それだけだ。


 いや、変化はそれだけでは無かった。

 ジワリとその壁面から滲みだすように魔法陣が浮かび上がって来た。


「奴の攻撃だ! 備え――」

「ふんッ!」


 俺は指示の途中で魔法陣に拳を叩き込む。特大の硬質な感触。煉瓦どころではない。巨大な鉄塊を殴りつけた様な感触が拳に返って来た。


「レンド! そこだけじゃない!」


 キンと言う、硬質な音が鳴り響く。横目で確認すると、ルクコさんが別の壁面に浮かんだ魔法陣に切りつけていた。


「くそっ、なんてこった」


 攻撃を与えれば、魔法陣は一瞬その姿を薄めさせる。だが、それは際限なく、そして無数に出現していった。





「はぁっ、はぁっ」


 狭い室内に俺たちの息遣いが沈殿する。空気も薄くなり、視界が霞んでくる。だが……。


「くそっ、終わりはねぇのかよ」


 魔法陣は次から次へと浮かび上がってくる。


「くそっ、硬いっ」


 これだけ拳を叩き込んでいるのに、壁面にはヒビ一つは要ってはいない。それはレンドさん達も同じことだ、彼らの振るう剣は既にぐしゃぐしゃな鉄の板切れと化している。


「一体どんな魔術を使ってやがるんだ」


 地殻変動を起こし、俺たちを封じ込め延々と魔法陣を浮かび上がらせる。どんな魔術を使っているか、これはもはやそんな問題では無い、自然現象を思わせる無尽蔵な魔力……。


「魔女?」


 俺は自分の呟きに、背筋が凍る。こんな事をしでかすことのできる存在に心当たりがあったからだ。


「違う! 奴は確かに俺が倒したはず!」

「落ち着けアデム! 俺たちの位置は司令部で把握している筈だ、救援が来るまで耐えるんだ」

「そうは言っても、この状況は、ちょっと、辛いね」


 混乱しかけた俺に、レンドさん達が声を掛けて来る。だがその声や壁を叩く金属音すら遠く聞こえる。


 アイツがまだ生きている? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な、だが奴の次元魔術ならばこんな事も可能かもしれない、混乱はみるみる深まり、俺の心に怒りと後悔がたまってくる。


「くっ」


 壁を切り続けていたルクコさんがふらつき倒れる。


「ルクコさん!」


 駄目だ、もう限界だ、息をするもの苦しい。空気が、空気が足りない。

 その時だ。

 ピキリと壁面に亀裂が走った。

 心当たり、そう心当たりがあるのは魔女だけではない、この絶望的な状況をひっくり返せる人物に、俺は心当たりがある。


「レンドさん、今すぐ伏せて!」


 俺はルクコさんを庇いながら地面に伏せる。


 轟音と埃、そして突風が室内に押し寄せて来る。


「無事ですかアデム」


 そこには逆光を背に立つ、ロバート神父の姿があった。





「神父様、お体は大丈夫なんですか!」


 俺は朦朧とした意識でそう問いかける。神父様は、魔女との戦いで瀕死の状況でありながら、強大な未確認魔獣と戦闘しており、その後遺症で絶対安静の身だったはずだ。


「短時間なら問題ありません。とは言え、ここまで来るのに多少力を消耗してしまいました」


 そう言って神父様は手首の調子を確かめる。

 ここまでくる間? そう思って神父様の背後を確かめると、そこには一直線に開いた通路があった。

 いや、それは通路と言うか一直線に開いた洞窟そのものだ、彼は鉄塊じみたこの地下水路を拳1つで切り開いて来たのだ。


「はっ、噂通りの化け物ぶりだ。なんにしろ助かりましたロバート神父」


 レンドさんは立ち上がりつつ礼を述べる。


「いえ、問題は此処からです。早めに蹴りを付けないと、どうやらよくない事になりそうです」

「良くない事とは?」

「この地下水路は今や異界と化してきています。このままでは王都は滅んでしまいます」

「「は?」」


 俺たちは酸欠寸前の頭でそんな間抜けな返事をしたのだった。

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