第17話 本

 昔々のお話です、エルクイットと言うところに貧乏な木こりが、おかみさんや二人の姉妹と暮らしておりました。


 ある年、ずっと悪い天気が続き、畑の作物はすっかりと枯れてしまいました。

 唯でさえ貧乏な木こりは、その日に食べる食べ物さえ、碌なものが有りません。


 継母は言いました。


「ねぇ、このままでは一家そろって飢え死によ」

「そうだなぁ、でもどうしようもない」

「ねぇ、ここは思い切って子供を手放してみてはどう?」


 それは悪魔のささやきでした。

 それは悪夢のささやきでした。





「あれ? イルヤ姉たちもう眠っちまったのか」


 俺が風呂から上がってくると、2人は仲良く一つのベットで児童書を挟んで眠っていた。


「まぁしょうがないか、初めての王都で疲れただろうしな」


 何から何まで初めて尽くしの旅に加え、蚤の市では大騒ぎ、そして豪勢な料理で腹いっぱいだ、眠くならない訳がない。


 俺は、布団を掛け直しつつ、2人の間から児童書を抜き出した。

 俺が好んだのは切った張ったの冒険譚。こう言った話はあまり好かなかったが、それでも話の概略ぐらいは覚えている程の有名なお伽噺だ。


 児童書の割にはしっかりとした装飾の為された表紙をめくる。するとそこには……。


「あれ? 何も書いてないぞ?」


 白紙のページが挟まっていた。


 落丁か? それともこう言ったデザインなのか? 俺は次のページをめくる、しかし、その次のページも、そのまた次のページも真っ白な空間が広がっているだけだった。


 俺は何故か不安になり、次々とページをめくっていく。そして最後のページそこでようやく文字を発見した。

 だがそこには……。


『こうして姉妹は悪い魔法使いに殺されてしまいました』


 との不吉な一文がおどろおどろしい字体で記されており、その挿絵として血まみれの二人の少女が――。


「イルヤ姉!? ミント!?」


 その姉妹はディフォルメされて描かれているものの、イルヤ姉とミントそのものだった。

 黒髪を三つ編みにして背中に垂らしたイルヤ姉と、同じく黒髪を頭の両側で結んだミント。その他にも最低限の描写で二人の特徴をしっかりと捕えている。


「おい! イルヤ姉! ミント! 起きろ!」


 俺は眠っている二人を激しく揺さぶる。しかし二人はまるで死んでいる様にめむっているだけ、深くゆっくりとした呼吸を続けるだけで、幾ら揺さぶっても一向に起きようとはしなかった。


「おい! 起きろ2人とも!」

「いったいどうしたのですかアデム?」


 俺の剣幕に、シャルメル達が客室を訪れる。


「シャルメルか、ちょっとヤバイ事になった、この本を見てくれ」


 俺は本を問題の児童書を手渡して、最後のページを見るように勧める。


「――これは」

「分からない、一体何が起こっているのか俺には分からない。だがいくら声を掛けても二人が目を覚まさないのは事実だ」

「ちょっと私にも見せて」


 チェルシーはシャルメルの手から児童書をひったくる。そして青白い顔をして呟いた。


「これ、魔道書だわ……でもなんで、あの時はそんな雰囲気微塵も感じなかったのに」

「魔道書? 一体どうなってるんだ、説明してくれチェルシー」


 俺はチェルシーの手を掴んで、彼女をぐいと引き寄せる。


「痛っ」


 悲鳴が上がる、俺としたことが、気が動転して力加減を誤ってしまったようだ。


「ううん、大丈夫、少し驚いてしまっただけ。それよりアデム、この本を良く調べてみて、貴方なら分かるはず」


 チェルシーは、そう言って本を手渡してきた。


「良く……調べて……」


 俺は表紙に手を伸ばす。そしてゆっくりと丁寧にその本を調べていく。


「魔力の反応が……ある」


 その本からは微かに魔力の残り香が漂っていた。それはじっとりとかび臭い、どんなに洗っても取れない滲みの様な残り香。


「迂闊、私ったらなんてことを」


 チェルシーが爪を噛みつつそう言うも、俺には一体何がどうなってるのか分からない。


「いいから説明してくれチェルシー」


 俺がそう言うと、彼女は深呼吸をした後こう言った。


「さっきも言った通り、この本は魔道書よ、それもとんでもなくたちが悪い類のね」


 そう言う彼女の表情は青白い、それは傍で説明を聞く俺たちも似た様なものだった。


「イルヤさんたちはこの本の中に囚われてしまったわ。そしてその行く先は……」


 チェルシーはそう言って、ほんの最後のページを開く。


「そんな馬鹿なッ!!」


 バンと俺はテーブルを叩く。そんな馬鹿な、そんな馬鹿な事がある訳がない。

 さっきまで、ついさっきまで二人は笑っていたんだ。


「アデム、落ち着きなさい」

「ふざけんな! これが落ち着いてられるか!」


 俺はその声を振り払おうと手を払うが。


「落ち着くんだアデム」


 パンと言う音がして、その手はしっかりとした硬いものに受け止められる。


「……ジム先輩」


 俺は手の甲に走った感覚と共に冷静さを取り戻す。しかし、しかし……。


「これを仕掛けたのは凄腕の魔術師です、おそらくはあの店主さんが……」


 アプリコットは本を手にそう呟く。


「罠を仕掛けた痕跡さえ残さずに、こんなに高度な術式を組み込む、およそ並の魔術師に出来る技じゃありません」

「分かった、分かったよアプリコット。けど俺が聞きたいのはそう言った事じゃないんだ。

 俺が聞きたいのは、どうやったらイルヤ姉たちが目を覚ますか、その方法だ」

「それは……」


 俺の問いかけを受けた彼女は下を向いて黙り込む。

 クソっ、どうなってんだ。なんでイルヤ姉たちが……。


「行ってくる」


 俺はドアに手を掛ける。


「お待ちなさい、一体どこに行こうと言うんです」

「そんなの分かり切ってるだろ! あのくそ野郎の所に行って、解呪の仕方を吐かせるんだよ!」

「無駄よアデム、あれからどれだけ時間が経っていると思ってるの、もうあそこには何も残ってないわ」

「んなこと行ってみないと分から――!」

「落ち着いて下さいアデム様。お嬢様が怯えてございます」


 カトレアさんはそう言って俺の肩に手を乗せる。俺は歯を食いしばりながら、思いっきり深呼吸した。

 思い出せ、神父様の教えを思い出せ。

 基本ルール『魔術師はパーティの中で最も冷静でなくてはいけない』だ、俺はパンと両手で自分の頬を張っ倒す。


「済まない、大丈夫、多分大丈夫だ」


 まぁあのくそ野郎が目の前に現れたならその限りではない、俺は怒りと憎しみを持ってあの野郎を殴り殺すだろう。


 歯を食いしばる音が耳に響く。悪い魔法使いの罠に掛かった姉妹を救うため、俺たちは行動を開始するのであった。

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