第14話 王都観光
学園は長い歴史と広大な敷地を持っている。設立当初は魔術学科一つだったのが、細分化と拡大を続け今では、2学部8学科を備えるようになっている。
「んー、なんだか改まると恥ずかしいな」
冬休みになって数日振りの登校。それも家族を連れての登校となると、なんだか妙な気恥ずかしさがある。
「わー、ここがお兄ちゃんが通ってるとこなんだね」
ミントはとびっきり興味津々の様子で学園の門を潜ると歓声の声を上げる。
「何時もは学生で賑わってるんだけどね。今は冬休み期間だから静かでしょう?」
チェルシーの言う通り、学園は閑散としていて、まばらな人影があるだけだ。
「まぁ、その方が観光には良かったですね」
アプリコットはそう言うものの、一体何処を観光するのか?召喚学科のおんぼろ校舎を見ても面白くとも何ともないと思うのだが。
「ミントちゃんも魔術師を目指すのかしら?」
シャルメルがそう言うものの、ミントは難しそうな顔をする。
「そう言っても、わたし頭良くないし、魔力? もあるかどうか分からないし……」
「あら、そんなもの頑張り次第で何とでもなるわよ。学園にはいろんな生徒が要る事だしね、アデム?」
チェルシーがそうウインクをかましてくるがほっといてくれ。召喚術以外は何故か頭に入って来ないんだ。
「あらあらあら、アデム君じゃないですか、今は冬休みですよ」
俺たちが話しながら歩いていると、向うから荷物を抱えたカッシェ先生がやって来た。
「カッシェ先生、どうもです。実家から姉貴たちがやって来たんで案内してるんですよ」
「おやおや、これは初めまして。私はカッシェ・リアーソン。召喚学科助教授をやらせてもらっている者です」
先生はそう言うとぺこりと頭を下げる。
「あー、こりゃどうもご丁寧に。あたしはイルヤでこっちがミント。何時もアデムがお世話になってます」
うむ、カッシェ先生には色々な面でお世話になっている。主に他の教官との赤点交渉に。
「あはははー、アデム君は特殊な生徒ですからねー」
俺はカッシェ先生の視線を華麗にスルー、その視線の先にはまた別の人物が遠くの渡り廊下を歩いていた。
「おっとアレはエドワード先生と……」
「ああ、アレはハリス教授です。植物学科の先生ですよ」
エドワード教授と歩いていたのは、アプリコットの所属する植物学科の教授だそうだ。助教授にはテストの度に頭を下げに行っていたので覚えているが、そのトップとなると面識が無かった。
「はー、貴方何時から此処に通ってるのよ。ハリス・リンドバーグ教授と言えば、我が学院の誇る頭脳。様々な学問で博士号を取得した天才じゃないの」
そんな事を言われても、俺の頭は召喚術専門なのだ、他の分野が入る隙なんて殆どない。
「そうですねー、また教授会の帰りでしょう。
やれやれ、あの日の戦い以降突発的な教授会ばかりで困ったものです」
カッシェ先生はそう言って肩をすくめる。
間違いなく魔女がらみの会議だろう。俺の拙いレポートが、お偉いさんの間で回し読みされているのを思うと複雑な気分だ。
「それでは、王都を楽しんでください」カッシェ先生と別れた俺たちは人のまばらな学園を練り歩く。
田舎の建物にも負けない様なおんぼろ召喚学科校舎や、ピカピカに磨き上げられた真言魔術学科校舎、異様な匂いの漂ってくる植物学科校舎等、観光客目線で歩く学園の敷地と言うのも新鮮な気分だった。
「そう言えば、近場の広場で蚤の市をやってるはずよ、行ってみましょうか」
休日の学園では購買部もお休みである。一通り学園を探索した俺たちは、チェルシーの勧めで、広場へと足を運んだ。
「ふあー、凄い賑わいです!」
蚤の市、それは、四季毎に行われる、一大イベント。不要になった品物や、出所不確かなものが出品されるフリーマーケットだ。
会場場所は、王都東西南北の教会で季節ごとに行われており、冬場の時期は北部教会の担当である。
「おい、ミントはぐれるんじゃないぞ」
「大丈夫よアデム、私がミントちゃんの面倒を見るわ」
閑散とした学園とは真逆に、その広場には黒山の人だかりが出来ていた。
「凄い人ですわね」
「お嬢様もお気を付けください。これは別名泥棒市、出所不確かな品が出回ります。また、その名の通りこの場ではスリが多く出没いたします」
こんな庶民の祭りには来た事も無いであろう、シャルメルは目を白黒しながら、人々の熱気に驚く。
「あら、それは楽しそうじゃない」
シャルメルはジム先輩の心配も他所に、不敵な笑みを浮かべながら、物珍しそうに出店を覗いていく。
「やれやれ、流石は王都、たかだか蚤の市もスケールが違うもんだね」
田舎では見たことの無い人だかりに、イルヤ姉はうんざりしつつ、そう呟いた。
「でも今日は冬の開催だから、人込みは少ない方だぜ。夏の時は俺も手伝いに行かされたけどこの時の倍はいたね」
イルヤ姉は、冗談はよしてくれと言いたげな顔をしつつも、渋々ながら俺たちの後に続いた。
「おっとどうだい、そこの美人なねぇちゃん。こいつはユークリッド朝の掘り出しもんだ。どうだ見てみなよ、この色合いにこの細工、こいつは二度とない逸品もんだぜ!」
「はいはい、こいつはイブ・サンローレンの未使用中古品だよ!」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここで捌き切らなきゃおいらは首を吊っちまう、人助けだと思って浄財して行ってくんな」
わいわいがやがやと人いきれを進んでいく。田舎者の俺にこの熱は少々厳しいものが有るが、それでも心が温かくなってくる。
「高い! まだ高いわ! あっちの店では、もう300安かったわ!」
「てやんでぇ、ならそっちに行ったらどうだ!」
「あらそんなこと言っていいのかしら、それとこれで抱き合わせなら――」
そんな中で、水を得た魚の様にはしゃぐのはチェルシーだ。彼女はオロオロと心配するミントの手を握りつつも、全力で根切を敢行する。
「ねぇ聞いて、この子は王都から遠く、遠く離れたジョバ村から態々この為にやって来たのよ。同じ聖教会の信徒として、この子の信心に報いようとは思わないの」
もはやミントの為にやっているのか、ミントをダシにやっているのか分からなくなる熱の入りよう。ミントはオロオロとしながらも、俺の渡した革袋を大事そうに握りしめながら、こくこくと頷いた。
「あーもう! 負けだ負けだ! もってけ泥棒!」
「やったわ! ミントちゃん! 商談成立よ!」
おーと、その熱演を見守っていた野次馬から拍手が上る。
「皆さーん! このお店は素晴らしいお店です! この素晴らしいデザインの、見様によってはエルフォートブランドに見えなくもない銀細工がこのお値段!
さあさあ根こそぎ集って裸にひん剥いちゃいましょう!」
「勘弁してくれよねぇちゃん!」
値引きしてもらった後はしっかりと宣伝も忘れない。チェルシーが戦っていた
「勘弁してくれよねえちゃん!」
「そうは言ってもこれは贋作ですわ。
チェルシーに注意を向けていると、別の所から店主の悲鳴が聞こえて来た。
「お嬢様、そろそろ引き時です。これ以上は本気の戦になります」
「あらそう、残念ね」
幼いころから本物に囲まれて育ったシャルメルに、声を掛けてしまったのが店主の運の尽き。コテンパンに論破されてしまった店主は白旗を上げて降参する。
「まぁ、これは贋作の中でも、作者の情熱が感じられます。楽しませていただいたお礼としておひとつ頂きますわ」
「へいへい、とっととそれ持って……って! こんなに頂いていいんですかい!?」
「ええ、楽しませて頂いたお礼込ですわ」
「お嬢様、それは悪手です。今より警備レベルを3段階上げさせていただきます」
「ジム? ちょっとジム! 引っ張らないでッたら!」
あーれーと、人込みの中からシャルメルが強制連行されて行くと思いきや。
「どうだいお嬢ちゃん。これさえあれば、どんな料理下手でも極上の一品に仕上がる魔法のプライパンだ。
さあどうだい?これが最後の一品だよ、今を逃せば次は無い、これが最後のチャンスだよ!」
「あっ、あの、私……」
「お嬢様。その様な品がこんな値段で入手できる筈がありません。それにこの品からは魔力が一切感じられません、唯のブラフかと思われます」
「かっカトレア」
「おうおう、何だいメイドの姉ちゃん」
「――なにか?」
「あっ、いや、何でもないです」
店員の口車に言いくるめられそうになったアプリコットをカトレアさんが眼力ですくったりしていたのだった。
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