第2章
第13話 ようこそ王都へ
「お兄ちゃんのばかー! 心配したじゃないのー!」
「うごっ!?」
妹を抱擁せんと大きく腕を広げていた、俺の正中線はがら空きで、農作業の手伝いで鍛えられたその拳は俺の下腹部に着実にヒット。
チェルシーたちの呆れ声と共に、俺はデット。
久しぶりの妹の再会は、罵倒と拳がセットだった。
王都の港湾街。ユーグ大河の支流であるセレネ川に繋がるそこは、多種多様な船舶と人々が行きかう、ある意味では王都で最も活気のある場所である。
「まぁ自業自得よね、甘んじて受けときなさいな」
「う……ご……、い、イルヤ姉もお久しぶり」
俺は港の喧騒を地面で聞きながら、懐かしい声にそう返事する。
「お久しぶりですわ、イルヤさんにミントちゃん、船旅は如何でしたか?」
「ああ、おかげさまで快適だったよ、ありがとねミクシロンの姫さん」
地面に蹲る俺を他所に、皆それぞれ再会の挨拶をかわす。自業自得とは言えあまりにもじゃないだろうか?
今回の旅を企画したのは俺だが、その詳細はシャルメルが詰めてくれた。船もミクシロン家の客船を使わせてもらい、友達価格の格安でチケットを取ることが出来た。
「ありがとうございます、シャルメル様」
「うふふ、アデムの妹と言う事は
「えっ、あっ、ごめんな……ってどういう意味ですか! シャルメルさん!?」
「うふふふ。ご想像にお任せしますわ」
「ちょっと! お兄ちゃん!?」
知らない知らない、俺とシャルメルの間にやましい事などなにも無い。シャルメルも曰くありげな台詞で、幼い妹を惑わせないでくれ。
俺は蹲ったまま耳を噤み、背中を揺さぶるミントの訴えを聞き流す。
「お友達の妹は、兄妹みたいなものって事ですよミントちゃん」
「そっそうですよね、アプリコットさん」
「全くよ、貴方も立場を考えて冗談を言いなさいよ」
「あら、ごめんなさいね」
アプリコットとチェルシーがミントを宥めに入り、その場はいったん収まる、冬の合間の柔らかな日にふさわしくない重苦しい空気が立ち込める。
逃げ場を探して視線を泳がせると、にやけ顔のイルヤ姉と目が合った。その目は『自業自得ね』と笑っていたが、どうか勘弁してください。
王都南部の港湾街から離れて中心部へ、そこは正しく王都の、いや世界の中心部。俺がお世話になっている教会や、代替わりしたばっかりだ未だに落ち着かない王宮もある。
「あっ、そう言えばミント、これやるよ」
俺はミントとイルヤ姉にそれぞれ革袋を手渡した。
「ん?」
「なにこれ、お兄ちゃん?」
「ああ、シャルメルのおかげで船代他結構浮いたからな」
中にはそれぞれの髪色に合った髪飾りと現金が少々。風切虫の討伐賞金、その他、日頃の地道なバイト生活の結晶だ。
「えっ、こっこんなにもらえないよ!」
「いーんだよ、ミント、アデムがくれるってんだ、妹は兄の言う事に黙って従っときな」
イルヤ姉はそう言うと、髪飾りだけ抜き出して、残りはミントにそのまま横流した。
「いっ、イルヤ姉まで!」
「いーんだよ、あたしは」
イルヤ姉はさも億劫そうに手を振ると、生意気な事するんじゃないよと、俺のでこを軽く小突いた。
「そうだぞ、兄の言う事には従っとくもんだ、それに田舎では大金だが、王都ではそん位の金直ぐに無くなっちまう、大事に使うんだぞ」
まぁ故郷では、そもそも金の使いどころがたまに来る行商人ぐらいしかない。常に欲望を刺激して財布のひもを緩めようとする王都とは大違いだ。
俺はミントの頭をぐしゃぐしゃと撫で、布袋を手に縮こまっているミントを乱暴にあやす。
「うん!」
ミントは布袋を大事そうに握りしめ、満面の笑顔で微笑んだ。
「さて、ここから先は私の出番ね、とっておきのお店を紹介するわ」
話がひと段落ついて、一歩前に出たのはチェルシーだ、彼女は生粋の王都っ子、誰もが行く観光地から、安くて上質な穴場店まで、王都の様々を知っている。
「それじゃぁ先ずは観光からかしら、ミントちゃんどこに行きたい?」
「わっ、わたし……」
「ん? どうしたの何処にだって案内するわよ?」
「わたし、学園に! お兄ちゃんが通ってる学園に行ってみたいです!」
ミントは胸前で両の拳を握りしめると、鼻息荒くそう言い放つ。
「がっ、学園か? 確かにあそこは歴史のある建物だが、別に観光地って訳じゃないし、見てもそんなに面白いもんじゃないぞ?」
「いーのお兄ちゃん。わたしはそこが見たいの」
ミントはそう言って上目づかいにチェルシーを見つめる。チェルシーはやれやれと肩をすくめた後、ミントの頭を優しく撫でた。
「了解ミントちゃん、じゃあ先ずは学園に行きましょうか」
「ホントですか!ありがとうございますチェルシーさん」
教会から学園までは俺なら10分もあればお釣りが来るが、女性の足では小一時間ほど。
そこに行くまでウインドーショッピングや観光名所を横目で見ながらなので数時間かけてゆっくりと王都の景色を楽しみながら、俺たちは学園を目指した。
「いやーそれにしても私としたことが学園を忘れてたわ。灯台下暗しとはこの事ね」
「ごめんなさいチェルシーさん」
観光プランを不意にされ、ノープランでの案内にしてやられたと笑うチェルシーに、ミントはしょんぼりと謝罪を述べる。
「いやいや、よくよく考えればそうなのよね、お兄ちゃんが通ってるところがどんなところなのか、兄想いのミントちゃんが気にするのも最もよね」
大丈夫、大丈夫とチェルシーは握ったミントの手をブンブンと振って、笑いながら足を進める。
「ははは、ミントは昔から兄っ子だったからねぇ」
イルヤ姉は俺の隣で一団を見守る様にそう呟く。
「もー、イルヤ姉ったら、恥ずかしいこと言わないで!」
ぷりぷりと怒るミント、だがみんなその様子を微笑ましく眺めていた。
「そう言えば、イルヤ姉は行きたいところは無いのか?」
「んー、あたしは、なんか適当な土産屋とかに寄ってくれれば大丈夫。ダチにはそれで勘弁してもらうよ」
イルヤ姉はそう言って肩をすくめる。
田舎ではそもそも様々な制約があるにしても、イルヤ姉はそれに輪を掛けたさばさばとした性格でファッションにはさほど興味が無い。
男以上に男勝り、なんでも即断即決で、興味が無いものには見向きもしない、ミントは全く逆な、そんな性格だ。
「なぁイルヤ姉、田舎じゃ大騒ぎになったのか?」
俺は指名手配にされたことについて恐る恐る聞いてみる。するとイルヤ姉はくくくと含み笑いしながらさも面白そうにこう言った。
「ああ、まるで傑作だったね。親父なんかお前を自首させるために王都に行ってくるって大騒ぎだったさ」
んー、初手から手配書を疑っていないのが微笑ましい。親子の信頼とは一体何だったのか。
「まぁそのすぐ後に、手配書が撤回されて、祭りは一瞬で終わっちまったのが惜しかったね。
おいアデム、どうせならお前もっと大きなことやらかしてみたらどうだ?」
「勘弁してくれよ、イルヤ姉、あの時は大変だったんだぜ」
魔女の存在は極秘事項。詳しい事はイルヤ姉達には話す訳にはいかないのを申し訳なく思いながら、俺はイルヤ姉の冗談に言葉を濁す。
「まぁ退屈な田舎の日常には、中々愉快なスパイスにはなってくれたさ」
「そいつは何より」
そんな風にダラダラと話しながら歩いていたら、ようやく学園の門が見えて来たのだった。
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