第12話 天才

「って言うような話を王様としたんだけどどう思う?」

「へー、王様も随分といろんなことを考えなきゃいけないのね」


 召喚術の理論的な話はチェルシーに、シャルメルと別れた俺は彼女の家を訪れていた。


「まぁシャルメルの話じゃ、軍備の増強は国の急務って事らしいぜ」

「いやな話ね」


 チェルシーはそう言って淹れて来たお茶と共に席に座る。


「とは言え、王様も全く当てが無くてそんな事を言いだしたんじゃないと思うわ。窓際職と言え、宮廷にも召喚師は幾らでもいるんだし。

 私も詳しくは教えてもらえないんだけど、お父さんも王宮には呼び出されているみたいよ」


 成程、そんな事があって、俺たちの書いたレポートが王宮に行ったのか。王様に読まれるんならもっと丁寧に書けばよかったな、いやあれはあれで俺の全力だったのだが。


「そんで、チェルシーの考えはどう思う?」

「んー、難しいわね。王様の仮定が当たっているとすれば、魔女と言う異物が召喚システムと言う歯車を狂わしていたから、召喚術が上手くいかなくなったって言う話なのよね。

 そして、その異物が取り除かれた今、召喚術はもっとスムーズなものになってなきゃいけないと」


 そう言う事だ、しかし現在、そう言った話は聞こえてこない。とは言え、つい最近召喚術を習いだした俺たちには、そもそも全盛期の召喚術と言ったものが、どんなものか分からないので今一実感が持てやしない。


「エドワード先生に聞いてみるのが一番かなぁ」

「そうね、古き良き時代の召喚術を知っている身近な実力者と言えばそう言う事になるわね」


 比較するならばそれが一番だ、先生がかつては召喚出来ていて、今では召喚できなくなった高ランク魔獣を、現在召喚できるようになっていれば、王様の仮定に真実味が増す。

 それが出来なかったら?


 可能性は大きく二つ、魔女が滅んでいないか。王様の仮定が間違っているかだ。





「ところで、あの少年の話だと、召喚術はかつての力を取り戻していないそうだが?」


 チムリークは机の上に山と置かれた書類に目を通しつつ、傍らに立つ魔女に話を振った。


「そうみたいだね、不思議なもんだ」


 魔女は真面目に秘書仕事をこなしつつ、頭を掻きながらそう返した。


「僕と言う栓が取り除かれた以上、門は正常な働きを取り戻している筈なんだぜ。

 これじゃ、今後の計画ゲームにも支障が出ちゃう」


「やれやれ困った」と他人事の様に魔女は言う。


「ふむ、まぁわが国だけが、そう言った状態にあると言う事でなければ敵いはせぬが。使える駒が少なくなるのは痛手よな」

「そうだねぇ、やっぱり僕の好みは大軍でもって寡兵をすり潰す方だしねぇ」


 召喚師の持つ軍事的な利点は多い。少数の召喚師を敵陣深く潜り込ませれば、そこで大戦力を即座に出現させることも出来るのだ。


「これはあれだね。僕の後釜に誰かが座ってるね」


 魔女はニヤリとそう笑う。


「ほう、それは尋常な話ではないな」


 チムリークは眉を顰めながらそう返した。単体で世界のシステムに干渉できる魔女と言う存在、その脅威はよく知っている。そんな存在がまた現れたとすれば大きな障害となる。


「ああ、僕に期待しても無駄だぜ。今の僕は弱くてニューゲーム状態だ、直接戦力としては全く当てにしないでくれ」

「なんだ、頼りないな」

「ははは、それが分かっているから僕を傍に置いているくせによく言うよ」


 チムリークは慎重ながらも大胆で、野心溢れる性格だ。魔女を傍らに置くリスクを承知しながらも、その異次元の知恵を高く評価して自分の傍に潜ませている。勿論、何時でもその首を落とせると言う保険を有しての判断だ。


「それにしても、其方の後釜か、それが一体どんなものなのか少しは目当てが付かぬのか?」

「んー、今の僕じゃ難しいね。新しい器に移った際に、門との繋がりはほぼ切れている。

 けど僕みたいな異世界召喚者が悪さをしているなら少しは感じ取れそうだけど、その気配はない。

 こりゃこっちの原住民がシステムへ介入したんじゃないかな?」

「……それはますます尋常な話ではないな」


 単純な攻撃力と言う点ならば、聖戦士ロバートは魔女に匹敵するだろう。しかしこちらの世界の住人にとって、全く未知のシステムである世界の理に介入できるものが、この世界に存在する。

 チムリークはその未知なる天才に恐怖と感心を深く抱く。

 魔女はその様子を、ニヤニヤとした目で眺め続けていた。





「あーもう、考えることが多すぎる!」


 チェルシーはベットに飛び込むなり、枕に頭をうずめてそう叫んだ。

 このところずっと考えていた新なる召喚術の事に加えて、魔女と召喚術の関連と言う新たな課題が見つかったのだ。


 彼女は自分に特筆すべき魔術の才が無い事は分かっている。魔力が高いとは言え、シャルメル程の輝くものは無く、アデム程の特異的な同調力などは無い、ごく普通の魔術師だと言う事は自覚している。


 そんな凡人が天才たちに追い付くには、絶え間ぬ努力しか他は無いとは分かっているものの、こうも立て続けに課題ばかり増えて行けば、ため息の一つや二つ溢れてくると言うものだ。


「お父さんは、克ての力を取り戻したわけじゃないって言っていた」


 あの後、帰宅したエドワードに話を聞いたが、結果は残念ながらと言うか想定通りの答えが返って来た。


 と言う事は、魔女はまだ生きているのだろうか。自分は魔女との戦いに直接的には関わっていない。

 足手まといになるからと、参加しなかった。いや出来なかったのだ。


 何も戦闘力だけが魔術師の優劣を計るものでは無い、その事は分かっていても、どうしてもシャルメルとの差を思い知ってしまう。


「アプリコットは……また別よね」


 彼女は貴重な回復要因、それに比べて自分はアデムの劣化品だ。多少はテストの成績が良いからと言って、それが実戦で何の役に立つと言うのか。


「お父さんもかつての旅でこんな思いをしたのかしら」


 聖戦士ロバートを中心とした魔女対策のパーティ、その中には天才召喚師アリアさんが居た。ごく普通の召喚師でしかない父は、どんな思いで旅を続けていたと言うのだろう。


「アリアさんに聞ければ解決できるのかしら」


 魔女を倒した今も、彼女は世界の境界で領袖の身となっている。彼女との接触は偶然が重なったもので、アデムも再現が出来ないでいる。しかし門と同化した彼女と会うことが出来れば、少なくとも魔女と召喚術の関係は解決の兆しが見れるのではないか。


 様々な思いが頭の中をめぐるウチ、いつの間にかチェルシーは夢の国に旅立っていた。





 黒く暗く静かな空間。そこに1人の男の呟きが響いていた。


「デリート、デリート、デリート」


 男は淡々と、延々と、幾度も幾度も魔術式を繰り返し組み出しては、それを破棄し続ける。


 飽く事無く、絶える事無く。


 それはまるで何かの機構システムの一つになったかのように、感情を、人間性を破棄し繰り返し続ける。


「デリート、デリート、デリート」


 いつ終わるともしれない計算が、その空間では続けられていたのだった。

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