第7話 付き人話
「ふーくわばらくわばら、流石は学園の教授、訳の分からない魔術を使ってくるわね」
まさかあんなに恐ろしい読心魔術を使ってくるとは、ジェシーはそう独り言ちながら、住宅街を離れ大通りまで逃げて来た。
「さて困ったわね、想定外のアクシデントのおかげで、任務遂行がくもり空だわ」
町は年の瀬の聖夜祭に向けて、輝きを増してきている。せっかくの聖夜祭だと言うのに、彼氏も作らず、1人見知らぬ街で我儘お嬢様の依頼に走り回る。
「うぅ……私の青春こんな事でいいのかしら」
ジェシーの呟きは雑踏の中に消えていく。それもこれもみんなアデムとか言う小僧が悪い。
アデムへの悪口と世界への不平不満を口の中で呟きながら、とぼとぼと街を歩いている時だった。
下を向いて歩いていたジェシーは、何かにぶつかりバランスを崩す。
「きゃっ」
危うく尻をしたたかに打ち付けようかと言う時だ。
「失礼しましたレディ」
投げかけられた甘く優しい言葉と共に、まるで砂糖菓子を扱うかのように、ふわりと全く衝撃を感じさせずに彼女の体は受け止められた。
「あっ……」
そこにいたのは正しく完璧な美青年。外見も、物腰も、振る舞いも、何処をとってもパーフェクト。
「御怪我はありませんかレディ」
よそ見をしていた自分が勝手にぶつかって転びそうになっただけ、それにもかかわらずこの対応。
しかも、しかもだ。突然の不意打ちにもかかわらず、ものの見事に自分を助けてくれたと言う事は、体術の技前も相当なものだろう。
不可避のアクシデント続きで、ささくれ立っていた心に、その甘い声は何処までも優しく染み込んでいく。
「レディ?」
「す……」
「す?」
「好きです! あっいやじゃなかった、今の忘れて、いや、忘れないでもいいですがちょっと脇に置いていてください。
兎に角、どうもありがとうございます」
ジェシーはバタバタと手を振りながら、真っ赤になった顔でそう思う。
「いえ、こちらこそ、とんだご無礼をしてしまい申し訳ございません」
10対0で此方が悪いにもかかわらずにこの対応。ヤバイ、この人超
ジェシーは鍛えられた観察眼を持って、瞬時の隙間に王子様のチェックをする。
容姿は申し分ない、何度見てもOKだ。服装は燕尾服。ちょっと間が抜けているが、生地の仕上げと光沢は何処からどう見ても最上級の仕事、ちらりとのぞく腕時計はそん所そこらじゃお見受けできない超高級品。
どこかのお金持ちの執事だろうか、それにしてもこの若さでこの完成度。自分よりは多少年若いだろうが、あまりにも素晴らしすぎる。
降って湧いて来た神様からの贈り物、ここで逃せば女が廃る!
「いっ、いえ、こちらの不注意です申し訳ございません。様々なアクシデントに見舞われて、お嬢様から申し付かったお仕事が達成困難になり途方に暮れていたんです」
「それは、御気の毒に」
今の服装は街中での任務を見越しての普段着姿、だがここでチラリと、自分もメイドの身であると言う事をあかして、執事であろう彼との距離を詰める。
極々わずかに、目元を緩め、そう返答をした彼の態度から鑑みるに、やはり彼が執事である事は間違いないだろう。
「申しおくれました、私は、ジェシー・ミッテンマークと申します。詳しくは申し上げられませんが、とあるお嬢様にお仕えしているメイドでございます」
「これはこれは、ご挨拶が遅れまして。私はジム・ヘンダーソン。シャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロン様にお仕えする執事でございます」
ミ・ク・シ・ロ・ン!
その単語にジェシーは言葉を詰まらせる。ミクシロンと言えば、アルデバル家最大のライバル、何たる運命か、彼はその令嬢の執事だと言う。
しかも、しかもだ、そのご令嬢は件の山猿アデムに気を許している。つまりはエフェットお嬢様にとっての最大かつ最強のライバルが彼女と言う事だ。
しかし、しかしここは好機! ピンチをチャンスに変えるのが出来るスパイと言うものだ。
「ミクシロン家の、そう打ち明けて頂いたのならば、此方も素性を隠しているのは失礼と言うモノ。
私のお仕えする主のお名前もお教えします」
いえ、大丈夫です、とジムが言うセリフを遮って、ジェシーはエフェットの名前を口に出す。
「……アデルバイム家のエフェットお嬢様ですか」
ジムはそう言って難しい顔をする。
あの日の戦いが終了して数か月。
事件の裏を知るジムであるからこそ、アレは魔女が仕組んだものだと言う事が分かっているが、王都の人間にとってアデルバイムの名前は特別な意味を持つ。
王都の人間だからと言って皆国王派と言う訳ではない、一般庶民にとっては生活さえうまく回っていれば上に立つのが誰であろうと構わないと言うのが実情だろう。しかしそれでも心情的なしこりは残る。
戦後の混乱期を開け、やっと平穏が訪れて来た王国に混乱をもたらしたアデルバイムは特別な存在なのだ。
「……私はお嬢様の申しつけで、ある人物を探しているのです」
ジェシーは考え込むジムに対して、更に追撃を繰り出した。
「その人物の名はアデム。お嬢様は彼の人物とお会いになりたいと申しております」
「アデムが? いや当然ですね」
シャルメルがアデムを気に掛けているとなれば、当然その執事であるジムも知っているだろう、ジェシーの読みは当たっていた。
そこでもう一歩。シャルメルの様な超上流階級の人間が何処の馬の骨かもしらない山猿を気に入っていると言う事を、ジムは上手く思っていない筈なのだ。
自分がこうやって、やきもきしているのと同じように。
「まぁ、ジム様はアデムなる人物をお知りなのですか」
日頃の任務で培った演技力を総動員して、さも今気が付いたと言う風にジェシーは言う。
「私は、お嬢様の執事ではありますが、同時に魔術学園の学生でもあります。彼とは何度か冒険を共にした仲です
逆にお尋ねしますが、ジェシー様はアデムの事をあまりご存知ではないのですか?」
「申し訳ございません、お恥ずかしい話ですが、あの日の戦いのゴタゴタで、先任からの引き継ぎも上手くままならず」
引継ぎも何も、最初のメイドは事故死している。知っているのは個人的に手に入れた諜報部由来の情報と、お嬢様由来の惚気話だけだ。
「そうでございますか、お疲れ様です」
ああ、その一言がささくれだった心に染み込んでいく。ジェシーは慣れない子守に尖らさていた神経が和らいでいくのを感じ取る。
「いえいえ、これも任務でございます。大切なお嬢様に悪い虫が寄り付かなくする、それがメイドとしてのお役目でございます」
ジェシーは真剣な表情をしてジムにそう訴える、ここが最大の勝負所。最大限の共感を得られるポイントだと判断して。
「……悪い虫ですか」
「ええ、悪いむ……え?」
所がだ、予想していた様な反応は得られなかった。ジムはその単語に渋い顔をして言葉を濁らせる。
「だって、そうじゃありませんか。アデメッツ家とミクシロン家、派閥は違えど格は同じ、どこぞと知らない一般庶民が相手に出来る家柄ではない筈です」
「それは、そうなのですが……」
困った、思うような反応が返ってこない。
アデムの悪口で一晩あかせると思っていたジェシーは当てが外れたことに焦りを生む。
「しかも、相手は召喚師だと言う話、お嬢様のお相手として、これ程ふさわしくない話もございません」
身振り手振りを交えながら、必死に説得をするジェシーは、その背後に迫る影に気が付かなかった。
「そのアデムなる――」
「あら、アデムに何か御用がありまして?」
「ひょい!?」
背後から掛けられた声に、ジェシーは飛びあがって驚くが、ジムは恭しく頭を下げるのであった。
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