第8話 女の戦い

「あっ、貴方は」


「待たせたわね、ジム」と、手提げかばんをジムに手渡した後、優雅にジェシーに向かってほほ笑むのはバラの香りを漂わせた、美少女だった。

 それがだれかなど、自己紹介されるまでも無い。


「初めまして、わたくしはシャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンと申すものですわ」


 光り輝く高貴なオーラ。それに負けない美貌の持ち主、シャルメルがそこにいたのだった。





「ほう、エフェットのメイドをされているのですか」


 シャルメルは興味深そうにジェシーを眺める。


「はっ、はい」とジェシーは卑屈になってそう答える。貴族とメイド、そう言った違いだけではない、あふれ出る自信と嫉妬すら起こさないほどの美貌が、彼女を自然とそうさせた。


「お嬢様、彼女は裏側についてご存じない新人メイドらしいです」


 裏側? と気になる事をジムが言ったが、それについて問いただせるような雰囲気ではない。しかしシャルメルは了解したとばかりに、ジムに向かってウインクを飛ばす。


「なる程分かりました、貴方の主を思う気持ちはもっともです、しかしわたくしもそしておそらくエフェットも、それを承知の上で彼とお付き合いをしていますわ」

「つっ、付き合いですか?」

「そうですわ、付き合いと言っても今の所は一緒に死線を潜り抜ける程の中ですけどね」


 シャルメルは愉快そうに思い出し笑いをしながらそう言った。


 召喚師と言えば、口先だけの三流魔術師、その一般常識に縛られたジェシーは頭に疑問符をダース単位で浮かべながらもこう言った。


「それはあくまで彼の戦闘力を評価していると言う事ですよね?」

「うふふ、どうでしょう。

 まぁせっかくですわ。今日はもう予定が入っていませんし、折角エフェットが王都に来ていると言うのなら、彼女の元へご案内してくださいませんか?」

「そうですね、折角って、えぇえーー!?」


 あの時アデムと話をしていた庶民2人を連れて行くと言う話がどうしてこうなった、そう思いつつも、圧倒的な上位者のオーラに断わるわけにもいかず、ジェシーはエフェットが泊まるホテルへと、シャルメル達を案内したのだった。





「遅いわよ、ジェシー!」


「お待たせいたしました、お嬢様」と、ノックの音に消え入るようなジェシーの声に、エフェットは廊下まで聞こえる様な大声を張り上げる。


「あら、レディがそんな大声を張り上げるものでは無いですわ、はしたない」

「げっ! シャルメル!?」


 しかし、開かれたドアから入って来たのは、ジェシーに促されたシャルメルであった。

 ギンと、エフェットはジェシーを睨みつけるが、彼女は縮こまるばかり。


「はあ、いいわジェシー、王都で動いていれば、遅かれ早かれミクシロン地獄耳にひっ捕まるのは自明の理。今日は特別に許してあげる」

「おっお嬢様、ありがとうございます」


 その言葉に、ジェシーはひっしとエフェットに縋り付いた。


「うふふふ。新人のメイドとは上手く付き合えている様ね」

「五月蠅い、お為ごかしは結構よ。そうね、考えてみたら、あの時見た様な小娘たちは敵でも何でもなかったわ、真の敵はやっぱりあなたよシャルメル!」


 この中で誰よりも小娘のエフェットは、椅子から立ち上がりびしりとシャルメルを指さした。


「あら、それは光栄ですわ。所で、敵と言いましたが、一体何の勝負の事ですの?」


 シャルメルは余裕たっぷりにそう返す。


「そっ、そんなの言わなくても分かりなさいよ」


 エフェットは顔を赤らめてもじもじしながら口切れ悪く、そう呟く。


「全く、貴方は自分が子供であることにもっと自覚を持つべきですわ」

「こっ、子供じゃないもん!」


 エフェットは頬を膨らませて反論した。


「そう言ってるうちはまだ子供って、よく言いますわよね」


 だが、シャルメルはあくまでも余裕のペースを崩さずに一刀両断切って捨てる。


「むきー、貴方も何か反論しなさいよ! 私のメイドでしょ!」

「無茶言わんで下さいよ嬢様、お嬢様の理屈じゃ私は御婆さんになっちゃいますよ」


 この中で唯一の20代であるジェシーは貴族の口げんかに巻き込まれてはたまらないと、小さくそう叫んだ。

 エフェット主従の漫才にシャルメルはころころとほほ笑みながら、こう言った。


「勝負とは、即ちアデムの事ですわよね」

「そっ、そうよ」


 エフェットは、頬を赤らめながらそう口ごもる。


「貴方はアデムをどうするつもりなの?」

「どっ、どうって」


 アデムを気に入っているのは確かだ、なにせ肉親以外は異性で初めて(頬とは言え)キスをしたのだ。

 気に入っている、言葉にすれはそれだけだが、その言葉は幼い彼女にとってとても重い。

 しかし……。


わたくし達は、責任ある貴族の身。そのとこは貴方も十分お判りでしょう」


 シャルメルの冷静な一言に、ジェシーはこくこくと頷いた。


「そっ、そんな事位分かっているわよ」


 エフェットは幼き身とは言え、貴族の娘に生まれたと言う責務は分かっている。いずれどこかの良縁に嫁ぎ、家を発展させることが、自分の責務であると言う事だ。


「良い子ですわね」シャルメルは、その答えに優しく微笑んだ。そして、有ろうことかこう言ってのけたのだった。


「ですが、わたくしはそんな事真っ平御免ですわ!

わたくしはアデムを夫として迎え入れますわ!」


 その発言に、噴き出すエフェット主従。


「じっ、ジムさん! お宅のお嬢様がご乱心ですよ!?」


 ジェシーは助け舟をジムに求めるが、ジムは平然な顔をして、冷静にこう言った。


「アデムの事は、大旦那様も陰ながら認めています。ミクシロン家の者と婚姻するのに格が足らないと言うならば、彼には頑張って頂かないと」

「あっ、貴方もそんなこと言うんですか!?」

「ジェシーさん。裏の事情を知らない貴方に今すぐ理解しろと言うのは酷な話でありますが、彼は盆百の召喚師とは訳が違います、なにせ私との決闘に勝った男ですから」


 ジムはそう言って肩をすくめる。

 裏の事情とやらが何を指し締めすのかは知らないが、ジムの実力ならばその片鱗は伺っている。あれほどの運動能力を持つ彼に、高々召喚師風情が勝ちを拾った?

 ジェシーは大いに混乱をする。


「ふっ、ふざけないでよ! 貴方とアデムが結婚するなんて私が許すはずがないでしょう!」

「うふふふ、その時は招待状を出しますわ」

「あっ、アデムは私と結婚するのよ! 誓いのキスもしたんですもの!」


 お嬢様、ご乱心と、ジェシーが慌てて、エフェットの口を塞ぐも、シャルメルから更なる爆弾が投じられる。


「あら、それを言うなら、わたくしはアデムに裸を許しましたわ」


 実際は、色々な偶然が重なって、風呂を覗かれただけだが。そこは、売り言葉に買い言葉、シャルメルは堂々とそう言ってのけた。


「とっ、殿方に裸って! 貴方こそ慎みってものを知りなさいよ!」

「うふふふふ。わたくしとアデムはそれ程の中と言う事ですわ」


 それ程の中には、チェルシーたちも含まれるが、ここでその事を指摘する者は存在しない。シャルメルはあくまで余裕たっぷりにそう言った。


「お嬢様、話が脱線しております」

「あらそうね」


 コホンと咳払いをしてから、シャルメルは仕切り直す。


「兎に角、エフェット。アデムと付き合うには彼に見合った実力が必要だわ。彼の隣に立ち、彼を支えられる様な実力がね」


 貴方にはまだ早い、そう言った言葉を案に秘め、シャルメルはそう鉄槌を下す。

大人気ないとは言うまい、貴族の、いや女の戦いに年齢は関係ないのだ。これはシャルメルがエフェットを敵と認めた証拠でもある。


「そ、そんなことないもん、私だって!」

「そんな事はあるわ。彼は英雄となるべき人物よ。唯守ってもらうだけの女性に、彼がどうやって惹かれるでしょう」

「そっ……」


 厳しいもの言いに、エフェットの目に涙が浮かぶ。


「悔しければ、実力を身に付けなさい」


 シャルメルはそう言い残し、部屋を後にした。





「お嬢様、少々厳しすぎたのではないでしょうか」

「あらジム。彼女はそんな玉ではありませんわ」


 シャルメルは涙目を浮かべつつも、しっかりとした目で、自分から目を反らさなかった、小さなライバルを思い浮かべながら、そう言った。


「彼女はとても強い女性ですわ。これしきの叱咤しっかりと受け止めます」


 そうでなくってもライバルが減る事になって大助かりですわ。と、肩をすくめながらそう呟く。


 実力、そう、実力だ。それは単なる戦闘力と言う話ではない。単なる戦闘力と言った話なら、皆の中では圧倒的に自分は突き抜けている。

 だが、召喚術の知識ではチェルシーに敵わないし、おしとやかな面に隠された意志の強さと言う点ではアプリコットは侮れない人物だ。


 まったく、厄介な人物に惚れたものだ。いや、厄介な人物だから惚れたと言うべきか。シャルメルは可笑しくなって含み笑いをしたのだった。

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