第5話 メイドは見た

 ジョバ村から王都まで、陸路で行くなら一月ほどかかるが、船旅ならばその半分以下で済む。

 その分値段はかさむが、夏休みの終わりに稼いだ報酬で十分に賄える金額だった。


ところで、王都にあいつらを呼ぶのは良いが、俺は女向けの観光スポットなんて知りはしない。


「そう言う訳で、知恵を貸してくれ」


 分からない事は分かる奴に聞けばいい。俺は生粋の王都っ子であるチェルシーに白羽の矢を立てる。


「ええ、そんな事位構わないわよ」

「わぁ!あの2人が王都に来るんですか!」


 うむ、心強いお言葉である。チェルシーと、一緒にいたアプリコットに悩みを打ち明けると、2人は快諾してくれる。

 俺が知っている観光スポットと言えば、俺が間借りしている教会位で、後は安い飯屋ぐらいしか知りはしない。

 あれ?折角華の王都に居ると言うのに、俺はこれでいいのだろうか?


「……なに愉快な顔してんのよ?」

「いや、少々青春とは何かと考えていてな」


 村の皆の援助で学生をやらせてもらっている身だ、あまり遊びに精を出すのは気が引けるとは言いえ、俺はこのままでいいのだろうか?


「なーに馬鹿な事言ってんのよ。

 それにしても、イルヤさんとミントちゃんが来るんなら、皆で一緒に遊びましょうよ。この前村に行った時は、バタバタしていて挨拶どころじゃなかったし」

「そうだな。前回は、魔女との戦いのヒントを得に強行軍で押しかけただけだったからな」

「そうでしたね、あの時は大変でした」


 昼下がりのオープンカフェ。俺たちはあーだ、こーだと、遊びの計画を練りまわした。





「……何なのよ、あの女たちは」

「おっ、お嬢様、落ち着いて下さいね」


 計画を立てている3人を見つめる目があった。そう、エフェットとジェシーである。彼女たちは、王都に乗り込んだ当日、たまたま通りがかった道の片隅で、談笑する3人を見つけたのである。


「やっぱり、お嬢様はあの男にだまされてるんじゃないでしょうか?」


 命の恩人であると言う話は聞いた。だが、召喚師程度のものがそんな大それた事を出来たとは思わない。出来たとしても様々な幸運が折り重なってできた偶然の産物だろう。


「騙されているのは、アデムの方よ。あの娘ども、アデムを利用して何か企んでるに違いないわ」

「えー、そうですかー?」


 召喚師程度を誑かせた所で、何が出来るのかとジェシーは訝しむが、キッっとエフェットに睨まれる。


「兎に角、こんな所で覗き見してても埒が明かないわ」


 憤然とした様子で、足を踏み出すエフェットをジェシーは慌てて引き留める。


「わっ、わわ。お嬢様ここは天下の往来です。不味いですって」


 時の話題の中心であるアデメッツ家の子女が、天下の往来で痴話げんか。これ程スキャンダルな事もそうないだろう。

 そんな事になったら切れ味鋭く自分の首が飛んでしまうと、ジェシーは必至で押しとどめる。


「旦那様のご用事はまだ数日かかります。ここは私に任せて今日の所は一旦ホテルに戻りましょう!」

「なんでよ! 目と鼻の先に居るじゃない!」

「後生です、後生ですから頼みますよお嬢様!」


 ジェシー涙の訴えに、エフェットはチェルシーたちの顔を脳裏に刻みつつ。踏み出しかけた足を押しとどめる。


「いいわ、その代りあの無礼者たちを私の部屋に連れてきなさい」

「あっ、ありがとうございますお嬢様」


 最悪の事態は免れたと、ジェシーはひしっとエフェットに抱き付いた。


「わわっ、何なのよ鬱陶しい!」


 頬ずりして来るジェシーの顔を引き離し、エフェットは怒りを胸にアデム達から離れていった。





「私としてはあの小娘たちなんかどうでもいいのよねぇ」


 ジェシーは届いたばかりのレポート用紙を眺めつつそう呟いた、アデメッツ家は国有数の大貴族、金銀財宝から食料、軍事力、扱いモノは多岐に渡る。その中にはもちろん情報も含まれている。


 王都行きが決定し、ジェシーはアデムの事を調査した。恋に溺れたエフェットの発言だけでなく、客観的な情報が欲しかったのだ。しかし時間が足りずか不明な事も多かった、そしてそれ以上に胡散臭い情報で満ちていた。

 なる程あのアデムと言う男は、所謂普通の召喚師では無いようだが、それでも所詮は召喚師。一山いくらの三流魔術師に過ぎないだろう。


「金髪の子がチェルシ・リシュタイン。青髪の子がアプリコット・ローゼンマインね」


 あそこにはいなかったが、アデルバイム家のライバルであるミクシロン家の娘とも懇意にしているとの仰天すべき話もある。

 ミクシロン家の娘は例外としても、召喚学科教授の娘に、弱小ながらも地方領主の娘。胡散臭いあの男には勿体ない娘だろう。


「何とかしてお嬢様の目を覚ましてやらないと、折角掴んだお仕事が吹き飛んじゃう」


 実際に自分の目で見たアデムは、切れ者魔術師の風格は無く、筋骨隆々の大男と言う訳でもない、何処にでもいる様な子供だ。


「全く、あの日の戦いでごたごたしているとは言え、情報部の情報も当てにならないわね」


 とは言え、事後処理で大忙しの情報部に、昔のよしみでと時間を取ってもらった情報だ。彼らの激務を知っている以上、あまり文句は言えやしない。


「ただ、口が良く回るだけの女たらし? それとも……」


 ジェシーは元々情報部、それがエフェットの前任が急死したことで御鉢に回って来た急ごしらえのメイドだった。

 メイドならば掃いて捨てるほどいるアデメッツ家だが、我儘お嬢様の手綱を握れるのが自分だけだったと言う話。


「はー、早く。本業に戻れないかなー」


 次のメイドが決まるまでの、中継ぎ的な当番だったはずが、どうしてこうなった。

 ジェシーはそう思いつつも。メイドの皮を脱ぎ捨てて、情報部員本職の顔を出す。


「まっ、これが終われば主任に昇進って約束だし、一著頑張りますか」


 町にはその呟きだけが残されたのだった。

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