第1章
第4話 冬の訪れ
さて、と言う訳で冬休みである。
なんだかんだ、と言うにはあまりにも波乱万丈な後期が終わり、無事進級も果たし、爽やかな時間が訪れた。
「アデム君はどうするんですか? またご実家へ帰るんですか?」
見ているだけで胃が辛くなる物体をスプーンですくいつつ、シエルさんはそんな事を言ってきた。
「いやちょいと考えがありましてね」
夏の時の様に、転移門を使えれば早いが、アレは一般庶民が気軽に手を出せるものじゃない。
「夏の時に手にした報酬があったでしょう」
「ああ、風切虫の事ですね、アデム君ちゃんと貯金してたんですか」
そうなのだ、今となっては懐かしい夏の思い出。時は過ぎ去ったがあの時に稼いだ金はまだ残っている。
「ええ、その金で家族をこっちに呼ぼうかと」
親父とお袋は畑で忙しくても、姉貴と妹ならば問題ないだろう。
「まぁ、それは素敵ですね」
シエルさんは、満面の笑顔でそう返してくれる。魔女が作った隔離空間に捕えられ、半死半生の状態から復活した彼女は現在リハビリ中だが、元の鍛え方が違うのでこの様子なら、もうじき現場復帰できるだろう。
と言うか、その状態であんな化け物を受け止めていた神父様こそ規格外。まったくとんでもない人に主従したものだ。
使用厳禁されている新なる召喚術をつかったとしても、とてもじゃないが神父様にはまだまだ敵わないだろう。
「まぁ、ギリギリのタッチ差で、指名手配書が村へと回される前に、事件は解決しましたが。それでも話は村に届いたみたいでしてね。
あの後『自首しろ』って手紙が届きましたよ」
今となっては笑い話、いや色々な意味で笑い話ではないが、あの日の戦いが終わった後、俺は清廉潔白の身であることが証明されたのだ。
「それはそれは、大変でしたね。そう言えばカレンが、アデム君の事をモルモットいえ、実験材料として弄りたいからまた顔を見せてって言っていましたよ」
「そんな言われ方をして誰が行きたいと思います?」
「あははは、彼女も魔女との戦いが終わって、時間が出来たと言う事なんでしょう。魔女との戦いの分析を終えて時間が空いたので、暇を持て余しているそうですよ」
あの人には色々と世話になったが碌な思い出も無い。絵に描いた様なマッドな研究者だ、あまり関わりにならないのが健康の為である。
「とは言え、アデルバイムの街も気になりますね。あの日の戦いの後の彼の街はどうなっているんです?」
たった一晩の戦いだったとはいえ、街の外では国王派と反国王派のドンパチが、教会では魔女との戦いで大被害を出したのだ、住民の反応はどうだったのか気になるところだ。
「そこはそれ、百戦錬磨のフィオーレ卿、貯めに貯めた貯金はこの日の為にと大盤振る舞いしてくださったので、復興特需で大賑わいだそうですよ」
流石は商魂逞しいあの町の住人だ。多くの犠牲は生まれたが、後ろを見ているばかりじゃないって事だろう。
「とは言え、魔女との戦いの現場となった教会は全壊状態、今は別の場所を間借りして、信徒を導いているそうです」
カレンさんが拝金主義の象徴と皮肉を言っていた教会は改装どころか新装中か、そこにもフィオーレ翁の金が動いているんだろう。
フィオーレ翁と言えば、その孫娘であるエフェットは元気でやっているのかなと思いつつ。俺は食事を進めたのだ。
「いったいどういうつもりなのよアイツは!」
エフェット・ロノワール・セ・ラ・アデメッツは猛っていた。
「おっ、お嬢様、落ち着いて下さい」
「うるさいわねジェシー! 文句は私じゃなくてあの馬鹿に言いなさいよ!」
ウロウロと、冬眠前のクマの様に自室を動き回っては、罵声を上げるエフェットに、従者であるジェシーはどう手を付ければいいのか、危険物取り扱いになれていない新人メイドの彼女は、所在なげにエフェットの後を付いて回る事しか出来なかった。
「大体何よ! なんで何か月もほっとかれなきゃいけないのよ!」
あの日の戦いから早数か月。始めの内は事後処理やなんやで手間取っていると思っていた。
彼女の家も当事者として天てこ舞っていて、
実際エフェットが、アデムがエフェットの家からそう離れていない、アデルバイムの教会にいた事を知ったのは遥か後の話だった。
その程度にはあの日の戦いで混乱していた。
会おうと思えばいつでも会える距離に居つつ顔を出さず、それどころか事件が解決して数か月たっても音沙汰も無い。
彼女が憤るのもある意味では当然の事だった。
ただ、アデムが目と鼻の先に居ながらも顔を出さなかったのは、魔女との戦いでのダメージが後を引き、動くに動けなかったからであり。
療養の為、王都に戻った後は、各種の聞き取り調査等の事後処理で動くに動けなかったからである。
まぁ、忙しさにかまけている間に、エフェットの事をすっかりと記憶の彼方にほって置いてしまったアデムが悪いのだが。
「大体なによ! 私はき、き、キスまでしてあげたって言うのに!」
「いや、お嬢様の様なお立ち場では、挨拶代りのキス程度普通じゃないんですかね? しかもほっぺたでしたよね?」
ジェシーの冷静な突っ込みに、エフェットはピタリと足を止める。あっしまった、ついうっかりと、後悔するが時すでに遅し。怒りの矛先が向かうのは――。
「アレが私の初めてだったのよッ! あんたに何が分かるって言うのーー!!」
「ひー、ごめんなさいお嬢様ーー!」
幼心に精一杯の勇気を振り絞っての行為だった、その結果がこの様となれば、少女の想いはこじれるばかり。
そしてこじれにこじれて、煮詰まった想いはついに噴出する。
「いいわ! こうなったら私自ら会いに行ってやろうじゃない!」
「えっ! 会いにって、アデム様にですか?」
「当然よ! 会って白黒はっきり付けさせてやるわ!」
ジェシーがエフェットの担当となったのは、あの日の戦いの後。アデムがどういった人物なのかはエフェットの話に聞くだけで、実際に目の当りにした事はない。
エフェットがアデムに心を許していることは分かるが、それ以外の情報としては、肉弾戦が得意な変わり種の召喚師と言う程度しかない。
召喚師。そう、召喚師だ。世間一般の召喚師のイメージは落ちこぼれの魔術師でしかなく、彼女もまたそう思っている。
とてもじゃないが大貴族の娘であるエフェットが熱を上げる様な対象とは思えない。
(いやしかし、この年ごろの少女ならば、不良のちょっとした良い点を見せられてコロッと行っちゃうことも無きにしも非ずですかね?)
良家の子女が下賎な三流魔術師にコロッと騙されて道を踏み外す。そんな事になってしまえば彼女の査定に大いに響く。首ですめばいい方で、実家の迷惑にもなってしまうかもしれない。
(やばい、それはヤバイですよ私)
何とか会う事を妨害したいが、エフェットの気質ではそれは困難な事だろう。ここは一つ、人生の先輩である自分が一肌脱いで、そのドサンピンの化けの皮を剥いでやらねばならない。
「分かりましたお嬢様。このジェシー・ミッテンマークお嬢様のお役に立つべく、お供させていただきます!」
「なっ、なによ急にやる気になって、気持ち悪いわね」
こうして、恋に燃えるエフェットと、保身に燃えるジェシーは、お互い手を取り合ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます