第3話 パーティの夜

「さて! それでは、進級記念パーティを開始させて頂きますわ!」

「やったー! 肉だーー! 鳥だーー! ご馳走だーーーー!!」

「落ち着きなさいよ恥ずかしい」


 此処はシャルメルの借り屋。借り屋といってもそこはミクシロン家のご令嬢。ちょっとしたダンスパーティーなら開けてしまうほどの立派なお屋敷だ。


 今日はそんな立派なお屋敷で、内々での進級記念パーティを開催する事となったのだ。


「けどよかったですアデムさん。一緒に2年生になることが出来て嬉しいです」

「ああ、お前のおかげだアプリコット」


 俺は両手に料理を持ったままそう答える。アプリコットの助けなくては強敵たちとの死闘に敗北していただろう。


「まったく、あの程度のテストでひーひー言ってんじゃないわよ、この召喚学科の面汚し」

「いや、チェルシーにも感謝してるぜ。お前さんのシゴキが無ければ、俺は駄目だったかもしれない」


 そして、アプリコットと同様に面倒を見てくれたのがチェルシーだ。彼女は学園の底辺である召喚学科に留めておくには惜しい程の学力の持ち主、そんな彼女はクラスから1人の落伍者も出さないとの覚悟を込めて、率先してクラスの皆を進級へと導いてくれた。


「はんっ。私は召喚師全体の評判を高めるためにこの学園へ入学して来たのよ。あんなテスト如きで落伍者を出してたまるものですか」

「おほほほほ。私は色々と忙しくてアデムの世話を焼くこととが出来ませんでしたが、皆さんを信頼して大正解でしたわ」


 いつみてもキラキラとゴージャスに輝いているシャルメルが会話に加わってくる。


「まぁそうだよな。あの戦いからまだ数か月しかたってないからな」


 あの日の戦い。そう言った場合、一般的には国王派と反国王派の内戦、通称『アデルバイムの一日戦争』を意味する。

 だが、裏を知る連中の間では魔女との戦いを意味している。


 俺たちが多大な犠牲を払いつつも、魔女と戦っている外側では、ゲルベルト爺さんと、フェオーレ翁との戦いが行われていた。だがそれはお互いのトップ通しが裏で通じているお約束の戦争行為だった。

 その裏で行われたのが、驚くことに王室襲撃と言う一大スキャンダル。ゲルベルトの爺さんは、国王派首魁の身でありながら、魔女に洗脳された前国王を王座から引き摺り下ろしたのだ。


「爺さんも複雑な思いだっただろうな」

「ええそうですわね。ですが、前陛下から魔女の洗脳は徐々にぬけ、かつての穏やかなお心を取り戻していらっしゃるようです。先日も御爺様とお茶会を開かれたそうですわ」


 そいつは何より。王座に忠誠を抱くのか個人に忠誠を抱くのか、そう簡単に割り切れる事じゃないだろうが、落ち着くところに落ち着けたんだろう。


「まぁフェオーレ翁の話だと、今の体勢は王様一人に重圧を押し付けるものでしかないって話だったからな」

「まぁそこら辺は、国王派の娘として色々と言いたいところが無いわけではないですが。それこそ、この様な場でする話でもないでしょう」

「そうよーアデム。貴方政治学なんて一番ヤバかったじゃない。知恵熱出して寝込むわよ」


 まぁそうだ、紙に書かれた政なんかに興味は無い。だがしかし、それが実際に口をかわした相手が関わってくるとなれば話は変わってくると言うモノだろう。


「ふっ、甘く見るなよチェルシー、試験内容なんて既に忘れ去ったぜ」


 一夜漬けが頭から抜けるのに一夜も掛からない。試験が終われば即霧散である。


「あっきれたわね。アンタの頭の中はどうなってるの?」

「そりゃもちろん、召喚術の事で一杯だぜ!」


 そう即答した俺に、皆はそれぞれの笑顔を返したのである。





「………………駄目ね、どうやっても上手くいかないわ」


 チェルシーはため息を吐きつつ、グリフォンの爪で作られたペンダントから手を離した。


「物に同調するって、一体どうやるって言うのよ」


 チェルシーは自室で1人、しんなる召喚術の練習を重ねていた。

 アデムの説明のおかげで何とか理論は把握できたが、実践となると遥かに遠い。これも全てはアデムやアリアの様な特異的に同調能力の高い者にのみ授けられた特別な能力なのだろうか。


 これでは、アデムら個人の能力が認められる事はあっても、召喚師全体が認められることにはなりはしない。

 彼女の理想とは程遠い結果である。


「魔女との戦いは終わった、けど私は何も力になれなかった」


 彼女には特筆すべき戦闘能力などは備わっていない。魔女との戦いにおいて彼女は唯の外野に過ぎなかった。


「シャルメルは、アデムの隣で戦えたと言うのに」


 シャルメルの実力はあの年にして既に一流。それと比べるなどおこがましいと思いつつも、彼女の胸中は口惜しさで一杯だった。


 生まれつきのスペックは見劣りするものの。それでも全く手が届かないと言う訳ではない。それなのに実際は遥かに遠い。

 それが、召喚術と真言魔術との差であった。

 私も新なる召喚術と言う、新たな翼があれば、もっと遠くに羽ばたける、そう期待した分落胆は大きかった。


「クラス3の魔獣までは召喚できるようになったんだけどな」


 クラス4以上からは人外の領域とまで言われている今、クラス3魔獣を召喚することが出来れば、召喚師としてはほぼ完成形である。

 だが、クラス3魔獣とは、中級パーティでなんとなかるレベルの魔獣。とてもじゃないが魔女との戦いの様なハイレベルの戦いにはついて行けない。


「あの馬鹿は、サンダーバードで旨く戦ってたけど」


 そんなのは、アデムの類まれ無い戦闘能力あっての事である。自分ならば、いや一般の召喚師ならサンダーバードを召喚出来たとしてもその背にすがるのが精一杯。とてもじゃないがその背の上で切った張ったを繰り広げる事など出来はしない。


 疑問、不安、焦燥感、様々な焦りが少女の中で渦巻いていた。





「私に、何かできることが合ったんじゃないかしら」

「……いえ、あれが最善だったと思います」


 今日のパーティで久しぶりにあの日の戦いの事を口にして、思い出した事がある。いや本当はあの日以来ずっと感じていた事だ。


 従者であるカトレアの発言はもっともだ。あの場にアプリコットが残っていても、それは足手纏いが一つ増えるだけの話だ。

 この世界には、呪文ひとつで瞬時に傷を癒す様な便利な回復魔術など在りはしない。彼女があの場に居た所で、死体を減らすどころか、死体を増やす事にしか、なりはしなかっただろう。

 それでも、と、彼女は思う。


 彼女が今の道を志したのは、医療が遅れている自分の故郷に少しでも医療の光を届けるためなのだ。

 痛みを訴える患者の苦しみを少しでも解決するために、植物科を志したのだ。


「我儘な、悩みなんでしょうね」

「…………お嬢様はご立派でございます」


 即効性のある回復魔術、そんなものはおとぎ話の中の話だ。医療魔術が植物科で扱われていることから分かる様に、医療の本道は薬草を用いた内服的なもの。回復魔術などはその補助でしかない。無理な回復魔術は本人の体力が持たずにショック死してしまうケースも多い。


「焦ってはいけないとは、分かっていても、どうにもならないですね」


 アデムが、新なる召喚術を編み出したように、即効性のある新なる回復魔術などがあれば、

そんな益体も無い事を夢想してしまうほどに、彼女は死体を見てしまった。





アリア彼女の残した遺産ですか」


 エドワードは、既に暗記しきっているアデムと彼の娘チェルシーの提出したレポートを、幾度目かの精査しつつそう呟いた。

 魔女の存在が秘匿されている以上、このレポートも教授レベルの極秘文書となっている。したがってアリアが残した新なる召喚術も、隠匿された技術となってしまった。


「彼女はこの事について、どう思っているんでしょうね」


 世界の犠牲となって、今も時の狭間に幽閉されてしまっているアリアの事を思い呟く。

 魔女と言う外敵が排除された今、彼女が人柱となる意味は無い、だが彼女を救い出す術も無いのが現状であった。


 全ての罪を、罪人の烙印として押し付けられても、底無しに明るかった彼女。彼女こそは彼の目標であり希望であった。


 20年前の青春時代、その時の事を思いつつ、彼は独り静かにレポートに目を通し続けたのだった。

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