第2話 魔女の影

「永遠の命かい? そりゃまた随分と凡俗な望みなんだね?」


 ある日の何処か、カーテンの下ろされた暗い部屋で、一組の男女が会話をしていた。


「本命が外れたのだ、次善策で手を打つより他はないだろう」

「うふふふ。それはそれはごめんなさいね。どうも僕はこの世界では本調子じゃないようだ」


 そう言って、ローブを目深にかぶったいかにも魔女然とした人物は、とても愉快そうに肩をすくめる。


「本来の僕ならば、第一の願いも第二の願いも容易く叶えられるんだけどー」

「現時点では不可能と」


 男は落胆した様子も無く淡々とそう口を挟む。


「あーあー、セリフを取っちゃうのはマナー違反だぜ。まぁその通りなんだけどさ

 けどこの世界なら不老長寿の生命体なんてごまんといるだろ?」

「勿論だ、しかしそれらは皆生まれついてのもの。

人間からそうなるには、脳髄を蛆で満たしたアンデットになるのが精々。そこに思考能力など在りはしない」

「うっへっへっへ、君ならそうなろうとも自力で何とでもなりそうだけど、君は確実性を求めているんだね」


 女の茶々に、男は黙して語らない。


「うーんそれにしても面白くない……いや面白い! 不自由な身って言うのもまた一興だね、限られた能力の中で試行錯誤を繰り返すって、君たち人間の真似事も結構愉快なものだね」


 女はペチャクチャと上機嫌で喋り続ける。男は黙ってそれを聞いていた。





「はいアデム君、これで追試は終了です、結果は追ってお知らせしますね」


 制限時間を迎えた答案用紙は、無残にも俺の手からカッシェ先生の手へとその所有権を移していった。


「たっ、頼みますカッシェ先生!」

「それはご自分の胸に聞いて下さいよ。まったく君は欲張りですねー」


 好きで欲張っている訳ではないが、召喚術以外は全て赤点の俺だ。追試に追レポートと大忙しの期末考査だった。


 俺の名はアデム・アルデバル。ジョバ村と言う辺境の田舎村から、ここ王都の王立魔術学園へ、伝説と謳われる召喚師サモナー・オブ・サモナーズとなるべく上京して来た、ごく普通の学生だ。


 ただ特徴を上げるとなると、村で先生として俺を鍛えてくれたのが、今は王都の教会へと戻っている、伝説的聖戦士のロバート神父と言う事だ。

 神父様は幼い俺を鍛えに鍛えてくれた、おかげさまで近接格闘能力ならば、専門職の奴にも負けない実力は付いた。

 神父様がそうしたのには色々とお考えがあったことも事実だが、俺はそのおかげで何度も命を救われた。

 その最たるものが、魔女との戦いだ。


 俺は、この国の歴史の裏で暗躍していた、謎の存在である魔女に目を付けられ、幾度となく窮地に陥った。

 その度に、仲間の助けと、神父様の教えに従い、命からがらその窮地を潜り抜けて来た。


 だが、その魔女はもういない。現実世界では最強無敵の奴に対し、起死回生の手段で奴の精神世界と俺の精神世界を繋げて、何とか奴に止めを刺すことに成功したのだ。





「あらアデム、お勤めご苦労様」

「アデムさん、お疲れ様でした」


 幾度もの試練を乗り越え、疲労困憊となって中庭を幽鬼の様に歩んでいた俺を迎えてくれたのは、チェルシーとアプリコットだった。


 少しくすんだ金髪で眼鏡を掛けているのが、召喚術科のクラスメートであるチェルシー・リシュタイン。

 透き通る様な青髪で、背は小さいのにスタイル抜群なのが、植物科のアプリコット・ローゼンマインだ。


 2人は学科の垣根を越えた良き友人で、昼休みには何時もこうして中庭でおしゃべりをしている。


「ああ、何とか試練は突破したぜ、多分大丈夫だと思う」


 俺は、消え去りそうになる闘志を燃やしそう答える。


「なーにが、多分よ多分。散々勉強に付き合わせておいて、もし落っこちでもしたらただじゃおかないからね」

「あ、あははは……。まぁアデム君はとても良く頑張っていたんで大丈夫ですよ!」

「とても良く頑張った結果があの有様と言う事が問題なのよねぇ」


 相変わらずチェルシーの容赦のない口撃が俺の繊細なハートに突き刺さる。やはり学生の本分は勉学だ。魔女との戦いなんぞより期末考査と言うものは、遥かに精神的によろしくない。


「どっ、努力の過程と言うものをもっと考慮してくれてもいいと思うのだぜ?」

「そんな言い訳が通じるのは子供の内だけよ」


 なす術無く一刀両断。

 くそうこやつは、少しは出来が良い事を笠に着おって。


 世間一般では召喚師なんぞを目指すのは落ちこぼれの鼻つまみモノだと評判だ。それほどまでに召喚師は不人気で、それに伴う実力しか備わっていない。

 それもそのはず、召喚師の能力を何処まで鍛え上げた所で、そこらの三流真言魔術師の足元にも及ばないと言う立派な現実が待っているからだ。


 だが、チェルシーは魔力知力備えた身でありながら、その現状を何とか変えるためにあえて召喚師の道を志したと言う変わり者だ。

 それも彼女の父親が現役の召喚学科の教授であるので納得の理由である。


「大丈夫ですよアデムさん。努力は必ず報われます。神様はきっと見ていらっしゃいます」


 それに反して、心優しい言葉を掛けてくれるアプリコットが目指すのは植物科。植物科の学ぶ範囲は幅広く、彼女は医療面での関心が深くその道を志した。

 彼女は辺境の領主の娘であり、インフラの不足した領地で、自らが医療面で役に立とうと言う立派な信念を持ってこの学園に入学して来たのだ。

 彼女の暖かな心配りに、俺の繊細なハートは何度癒されたのか計り知れない。





「おや皆様、御集まりで。アデム、追試の方は如何でしたか?」


 俺たちが談笑を繰り広げていると、がやがやと派手な一団がやって来た。その中心を行くのは輝くような赤髪を縦ロールに巻いた薔薇の令嬢、シャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロン。

 彼女はアプリコットとは違い、国有数の貴族であるミクシロン家の娘で、学園の花形である真言魔術科の筆頭。

 知力、財力、実力と全てを兼ね備えた完全超人だ。


「ああ、まぁ何とか大丈夫だと思うぜ?」

「くすくす、まぁもしもの時は我が家の小間使いとして雇って差し上げますわ。その時はジムお願いね」

「了解いたしましたお嬢様」


 彼女のジョーク……ジョークだよな? に反応するのはジム先輩。彼は魔術戦士科の学生でありつつ、シャルメルの付き人として様々な世話を焼いている。

 背は高く、顔も良くて、成績優秀、品行方正、と言う絵に描いたようなイケメンだ。せめてその身長を少し分けて欲しい。


「はっはっは、何を言っているんだシャルメル? 俺にはサモナー・オブ・サモナーズになると言う立派な目的がだな」

「だから、そんな大層なお題目は、追試無しで期末考査位乗り越えられるようになってから言いなさいよ」

「そっ、それは言いっこ無しなんだぜ、チェルシー」


 チェルシーの容赦のない突っ込みに、ギャラリーはわいのわいのと盛り上がりつつ、昼のひと時は過ぎていった。





(相変わらず、仲がいいようで何よりです。私も学生時代を思い出します)


 渡り廊下の窓越しに、アデムたちの様子を眺めつつ、カッシェはその様な感想を抱いていた。

 唯の助教授である彼女には、魔女騒動の全貌は伝えられていないが、それでもアデムが指名手配されたことは伝えられた。

 まさか、自分の教え子が指名手配されるとは、と胃を痛くする日々が続いたが。不思議な事に学園としてはそれに対する反応は無く、何かを待つ様にじっと静観する時間が過ぎた。


 そしてあの日が来る。突然の王位交代だ。

 

 以前より健康状態について噂されていた高齢の前国王に代わり、突然の交代がなされた、それと共に、小競り合いが開始された国王派と反国王派の戦闘は一日で終了、言い掛かりをつけられた反国王派の筆頭アデルバイム家と現国王の間での和解は速やかに締結された。


 そのついでに付けられたアデムの指名手配も同時に解消され、彼は何の御咎めも無く学院に復帰することが出来た。


(まぁ、聞き取り調査は散々行われたみたいですが)


 学園に戻ったアデムは、教授クラスの聞き取り調査を長時間受けさせられた。それは彼と共に行動したシャルメル達も同様であった。

 だが、学園にとってひどく不名誉な事であるはずのそれを、聞き取り調査だけで済ませるとは非常識な事であった。


(とは言え、その内容は極秘機密扱いなんで、私に閲覧許可は出てないんですよね。まぁ政治的なごたごたに首を突っ込むのはごめんですから、別に構わないんですけど)


 王国をゆる返した一大事件、その背景は一般人に秘匿されたまま、魔女との戦いは幕を閉じた。


 魔女が起こした大きな非劇。そのあまりにも強い輝きの背景で、静かな狂気は動いていたのだった。

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