黙ってカードだけ出しなさい

「うわぁ。やばいよ、これ!」


窓際に駆け寄ったあたしは、窓いっぱいに広がる景色に絶句した。

53階から見下ろすイリュミネーションと、ライトアップされた東京タワーが星屑みたいで、うっとりするほど綺麗!

スイートルームは広く、窓に面したソファを置いた部屋とベッドルームが別になってて、そこらのラブホとは大違いで、VIP感満載。

大きな窓に貼りついて夜景を見下ろしていたあたしのうしろに、ノマドがやってくる。

窓越しにノマドの脂ぎった顔が映る。

あたしの耳元にわずかに顔を寄せ、ノマドはささやいた。


「個撮となったら、お金に糸目をかけずに、いいシチュエーションをセッティングするのが、ぼくのポリシーなんだ」

「ほんと、綺麗。麗奈、感動しちゃった」

「気に入ってくれた? この夜景を全部、麗奈ちゃんにプレゼントするよ。うふ♪」


、、、クサすぎて吹きそうになった。

窓に映った自分のブサイクな顔見て言いなさいよ。

それにその、『うふ♪』っての、もうやめてくれる?

せっかくの夜景も台無し。


「さっきぼくが買ってあげた、アンジェリックプリティのワンピ姿の麗奈ちゃんを撮らせてくれる?

このスイートルームにぴったりで、最高に可愛いと思うよ。うふ♪」

「…」

「ヨシキなんてカメラ買ったばかりでお金もないし、こんな高級ホテルのスイートなんかで撮影できるわけないだろ。ぼくだから、麗奈ちゃんにこんなに尽くしてあげられるんだよ」

「…じゃああたし、着替えてくるね」


そう言い残すとノマドにさっさと背を向け、あたしは洋服の入ったショッパーを抱えてベッドルームへ入った。

まあ、わかってたことだけど、そういうのをいちいち自慢げにアピールされると、なんだか興醒め。

男は黙って、カードだけ出してくれればいいのよ。

そっちの方がカッコいい。


「う、うん。ぼくはここでカメラの準備してるから。またあとで、、、」


そう言いながら名残惜しそうに、ノマドはあたしを見送った。

背中に、ねっとりと絡みつく視線を感じる。

どんなにチャンスがあったって、ノマドはけっしてあたしに手を出してきたりしない。

いつだって物欲しそうに、あたしのからだを視線で犯すだけ。

写真を撮るって行為そのものが、ノマドにとっては擬似セックスなんだろな。

そうやって、あたしとの脳内セックスを愉しむしかないなんて、、、

憐れな下僕ちゃん。


真新しいワンピースのタグをはずして袖を通し、ニーハイソックスをはきながら、あたしはノマドのツイッターをチェックした。


『リッツのスイートルームなう。

 今から素敵レイヤー様と個撮w

 アフターシューティングが楽しみwktk』


、、、バカなヤツ。

そうやって見栄を張ったところで、リアルじゃ指一本触れられないくせに。

まあ、そんなチキンなところも、案外可愛いんだけどねw



 日付が変わる頃まで、あたしたちは写真を撮った。

確かに『リッツカールトン』のスイートルームは素敵だけど、モダンすぎて『アンジェリックプリティ』の可愛らしいワンピースには、全然雰囲気が合わない。

いつかヨシキが連れてってくれたロココ調のラブホの方が、ずっとマッチしてるかも。


『アフターシューティングが楽しみwktk』

とかツイートしたくせに、その夜もノマドはやっぱり、ひたすらあたしの周りを這いつくばって、『はぁはぁ』と息を荒げながらシャッターを切るだけだった。


「可愛いよ。すごいよ。麗奈ちゃんはぼくの女神さまだよ!」


あらゆる褒め言葉で、ノマドはわたしを讃える。

だけど、そこから先は不可侵領域かのように立ち入ることはせず、指一本わたしに触れてくることはなかった。

こんな高級ホテルの素敵なお部屋に泊まってて、フレンチもごちそうになって、いい具合にお酒も回って、お礼に今夜くらいは、ちょっとエッチなことしてやってもいい気分だったのに。

ぶっちゃけ、今夜くらいなら、はずみででも、ノマドとでもできたかも。

まあ、その辺の空気を読み取れないから、いつまでも年齢=素人童貞クンなんだろうけどね。


「こんなポーズででも撮ってくれない?」


そう言いながら、あたしはベッドに四つん這いになり、お尻を高く持ち上げて軽く振ってみた。

ドロワーズを履いているとはいえ、ノマドの方から見るとスカートの中が丸見えで、めちゃ挑発的な景色のはず。


「いっ、いいの?」


ゴクリと喉を鳴らし、ノマドがシャッターを切る。

そのカッコのまま、あたしはドロワーズに二本指を当て、『くぱぁ』って感じで大切な場所でピースをする。

今度は体勢を入れ替え、思いっきり前かがみになって、胸のふくらみを強調するようなポーズ。

襟ぐりの空いたワンピースをずらし、ミルククラウンのあたりまで、胸を露出させてみる。


「だっ、大胆だね。いっ、いいよ。いいよぉ、、 ふんがふんが、、、」


ブタのように鼻息を荒げながら、ノマドは汗まみれになって、あたしにかぶりつくように、シャッターを切っていった。

だけど、どんなに挑発的なポーズを取っても、ノマドがカメラを投げ出して、あたしにのしかかってくることはなかった。


つづく

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