あたしをもっともてなしなさい

 秋葉原はテリトリーらしく、いつになく自信に満ちた態度で、ミノルはあちこちのショップにわたしを引っ張り回した。


あんまりヲタクっぽいところにばかり連れていかれても、つまんないんだけどな~。

せっかくの大好きなあたしとのデートなんだから、乙女の好きそうなポイントをリサーチしといて、お茶したりとか服買ってくれるとかして、もっともてなしなさいよ。

そんな空気も読めずに、浮かれた調子でミノルははしゃぐ。

あたしと腕を組めて、よっぽど嬉しいんだろう。

まあ、そういう無邪気な姿を見てると、可愛いって思えたりもするけどね。


「フォトショって高いのね~。麗奈、そんなにお金ないし」


ショーウインドに並ぶ『Photoshop』の値札を見て、あたしはため息ついた。

もっとも、こんなものに高いお金出すつもりなんて、全然ないけど。

だいたいソフトなんてものは、だれかがコピーして、タダでくれるものなのだ。


「ぼくのをコピーしてやってもいいけど(作者註*ダメです)、うちはMacだし」

「え~。残念」

「でも、アカデミック版(学生向けパッケージ)なら、かなり安く買えるよ」

「麗奈、フリーターだし」

「そっか、、、」

「え~ん。困ったな~」

「じゃあ、ぼくの名前で買ったげようか? ぼくはまだ大学生だし」

「え。いいの? ミノルくん、優しい♪」

「買うのにサインとか学生証が必要だから、とりあえずお金は、ぼくが出しとくから」

「ありがと。あとで払うね」

「ついでにタブレットも買えば? 細かい作業には便利だよ」

「う~ん… それだと予算オーバーかな~、、、」

「じゃあ、これはぼくからプレゼントするよ」

「えっ。嬉しい♪ 麗奈幸せw」


そう言ってあたしはミノルに抱きつき、満面の笑みを浮かべた。

ミノルはすっかりヤニ下がってる。

どうして男って、自分の得意分野になるとやたらアピールしたがるのかしらね。

それをちょっとくすぐるだけで、いろいろ尽くしてくれる。

ちょろいもんね。




「麗奈のおすすめカフェに行こ」


頃合いを見計らって、あたしはミノルを秋葉原の片隅にあるカフェに案内した。

そこはオタクの街には不似合いな、ガーリーでお洒落なカフェだった。

今日のあたしの本当の目的は、このカフェにあるのだ。


 ミノルのつまらないヲタク話に適当に調子を合わせながら、あたしはじっと待った。

あいつが現れるのを。



「あれ、ミノル? 珍しいな、こんな所で」


小一時間ほど経った頃だろうか。

ドアを開けて男女が入ってきた。

男の方がわたしたちに気づき、歩み寄って声をかけてくる。

その男こそが今日の目的、ヨシキだったのだ。


ヨシキめ。

目に焼きつけるがいい。


自分の大切なカノジョが、冴えないデブサキモヲタの親友と楽しそうにデートしてる光景を。

どんなに『親友』だなんて言っても、心の底じゃヨシキはミノルをバカにしてるはず。

ミノルみたいなデブサキモヲタなんて、イケメン(しかもビッグマグナム)のヨシキからすれば男の屑。

秘かに見下してる友達に、自分のカノジョを寝取られれば、そりゃもうショックで、プライドもズタズタになるわよね。

ヨシキめ。

思いっきり惨めな気持ちを味わうといいわ!


「ヨっ、ヨシキ!」


だけど、慌てたのはミノルの方だった。

不意をつかれたミノルは、声の方を振り向き、焦って立ち上がった。

その拍子にテーブルに太ももをぶつけてしまい、コップの水が少しこぼれた。

なんて無様なカッコ。

やっぱキモヲタは余裕ないな~。。


はやる気持ちを抑えながら、わたしもさもどうでもいいような感じで、ヨシキの方を見た、、、

が、いっぺんで頭に血が上ってしまい、目を背けた。

ヨシキの隣には、例のコスプレイヤーが立っていたからだ。

イベント会場で見たときよりきちんとメイクしてて、女子力が上がってる。

スレンダーで背が高く、女のわたしでさえうっとりするほどの長い美脚は、口惜しいけどわたしにはない魅力。おっぱいは小さそうだけど。


美月梗夜、、、


確かに顔はいい。

『いい』とかいう月並みなレベルじゃなく、超絶美少女の域に達してる可愛さだ。

だけど、ツンとすましちゃって、いかにも『わたしは綺麗です』ってオーラが顔に出てて、性格悪そうで全然好みじゃない。

どこのお嬢様かは知らないけど、、、 あんたなに様? って感じ。

こういうタイプの女は、生理的に好きになれない。

だれに断ってヨシキの隣に並んでるのよ。

ポージングもできない屑レイヤーのくせに、ちょっとヨシキに個撮に誘われたからって、調子に乗らないでよね。


「慌てんなよミノル。悪りぃな、デートの途中邪魔しちゃって」


あたしとミノルがいっしょにいることなんかまったく気にならない様子で、ヨシキはにこやかに答える。

メチャクチャ腹立つ。

ふたりにはまるで関心がないかのように、あたしは黙ったまま窓の外に目線をそらした。


つづく

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