おいしいお店に連れてきなさい

 ヨシキの黒の『TOYOTA bB』がバイト先のカフェの駐車場に着いたのは、わたしが仕事を終えて10分くらいたってからだった。

終業前からヨシキの好きそうなアンジェリックプリティのロリ服に着替え、髪をツインテールに結っていたわたしは、リップを塗り直しながらタイムカードを押す。

年増チーフがなにか文句を言いたそうに、わたしを睨んでる。


どうせあなたは、まだまだ仕事。

わたしはこれからイケメンとデート。

リア充が羨ましいのはわかるけど、そんなあからさまに敵意を剥き出しにしないでよね。


年増チーフの視線も気にせずわたしは店を飛び出し、クルマの助手席に乗り込むなりヨシキに言った。


「ねえヨシキ。今日はどこ行く?

とりあえずおなかも空いたし、最近見つけたスペイン料理のお店に連れてってよ。美味しいもの食べて、そのあとまったりしよ♪」

「そのスペイン料理の店って、湾岸から郊外に走った、ガウディっぽい外観のレストラン?」

「え~? さすがヨシキ。よく知ってるわね!」

「あそこはやめとこ。ここから遠いし、なにより高い」

「え~。なに萎えるようなこと言ってるの?」

「明日も早いんだから、今日はほどほどにしとこうぜ」

「ほどほどってなによ?!」

「…」


なに? それ。

せっかくのデートに『ほどほど』とかありえないし。

一気に不機嫌になったわたしをよそに、ヨシキはクルマを走らせ、近くのファミレスの駐車場に入った。


「え~~? ファミレスぅ~~?」

「オレ今日、ファミレスのカレーな気分なの」

「カレ~?!  なんかお洒落じゃない」

「イヤなら帰れば?」

「ひどい! それがカノジョに向かって言うセリフ??」

「…」


わたしの言葉が聞こえないかのように、ヨシキはクルマを降り、ひとりでスタスタとファミレスへ向かった。仕方なくわたしもあとを追う。

、、、ったく、今夜はいつになく強引なんだから。

これってもしかして、なにかのプレイ?



「まあ、、、 たまにはファミレスのカレーも、悪くないかもね」


目の前で黙々とカレーを食べるヨシキに、自分の存在をアピールするように、わたしは言った。

さっきからヨシキは、ひとことも口をきかない。

こうして、可愛いあたしが目の前にいるっていうのに、まるで目に入らないみたい。

今までだったら、目ざとくファッションやメイクを褒めてくれたヨシキなのに、今日は全部スルー。


「ヨシキったら、いったいどうしたのよ?」

「…別に」

「黙ってないで、なんか面白い話してよぉ」

「特に面白いこともないし…」

「もうっ。もっと楽しくやろうよ」

「…そうだな」


そう言いつつ、特に笑顔になることもなく、再び黙ったままカレーを口に運ぶ。

しかたなくあたしも、目の前のカレーをすくう。

綺麗なピンクのロリ服にカレーが跳ねないよう、気をつけながらスプーンを運ぶ。

ツインテールの長い髪が、グレイビーボート(カレールーの入れ物)に入りそう。

こんな盛り上がらないデートで、エッチな雰囲気にまで持っていけるのかしら?



 結局、ファミレスを出るまであまり会話もなく、くすぶった気分のまま、わたしはヨシキのクルマに乗り込んだ。

イグニションキーを回しながら、ぶっきらぼうにヨシキは訊く。


「…で? どこに行きたい?」

「え?」

「行きたい所があったらどこでも連れてってやるよ… ホテル以外なら」

「なにそれ? わたし別にホテルとか行きたくないし」

「じゃあメシもすんだし、、、 今日はもう帰るか」

「ち、ちょっと! これからじゃない、デートは!」

「ホテル行かないんだろ?」

「ま、まあ、そうだけど…」


『ククッ』と意地の悪い含み笑いを浮かべると、ヨシキはクルマを発進させ、軽快にハンドルをさばきながら言った。


「じゃあ、夜の公園でも散歩するか」



 ヨシキがクルマを止めたのは、ファミレスからほど近い、都心の大きな神宮の隣にある公園の駐車場。

なにも言わずにクルマを降りると、ヨシキはあたしの腕を掴み、うっそうと繁った森の方へ引っ張っていく。

わたしは周囲を見渡した。


なに?

なんなの、この公園?!


所々に置かれたベンチには、どこもカップルたちが座っていて、濃厚なキスをしたり、抱き合ったりしている。

暗くてよく見えないけど、茂みの向こう側で人がうごめく気配がする。

どうやらベンチのカップルより、もっとエッチなことをしているようだ。

しかも、、、

大胆にもそれを覗いてる人までいる!

これって、噂に聞く、出歯亀ってやつ?!


 戸惑うわたしに構わず、ヨシキは丘の上の大きな樹の下にわたしを連れていった。

その場所の近くでも、やっぱり男女の人影が重なりあっていて、押し殺したような粘っこくていやらしい声が、ここまで漏れてくる。

その声に触発されるかのように、ヨシキはいきなりわたしを樹の幹に押しつけ、逃げ道を遮るように両手を幹に当て、わたしの前に立ちふさがった。


リアル壁ドン!(ってか、幹ドン)

かっ、顔が近い!!

萌えるっ!!


つづく

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