第10話 奏汰とひまり

 昼休み。ひまりに呼び出された奏汰は、屋上に来ていた。

「風強いな」

 電線にとまった鳥が、呑気にチチチチ、と鳴いている。

 ぼんやりと空を眺めていると、勢いよく屋上のドアが開かれる音がした。

「お待たせ、奏汰! 待った?」

「いや、別に」

 全体としては明るい茶髪、毛先だけピンクに染まったひまりの髪を見つめながら、奏汰は答えた。

「そう? ならいーんだけど。今日は、奏汰に、大事な話」

「なんだよ。面倒な話はやめてくれよ」

「ははは。面倒な話なんかじゃないよ。簡単なこと。それじゃ、奏汰に一言」

「何?」

「奏汰は、変わったね」

 沈黙。

「は?」

「奏汰、君は、前の自分に戻ったと思ってるでしょ。戻りたいんだか戻りたくないんだかわからないけど、戻ってない。大体は戻ったかもしれないけれど、何だろ、うん。君は変わったよ。多分、いい意味で」

「何言ってんだ」

「変なこと言ってるつもりはない。確かに、あの日、たちは知りあう前に戻ろうって話をした。でも、また話すようになった今、皆の前でどうふるまうか、決めておくべきだと思う」

「それならそういえばいい。わざわざ変わったなんか言わなくても」

「ううん。必要なことだよ。奏汰だって少なからず思ってるはず。今の私は、少し、やりすぎだって」

「それは、まぁ」

「でしょ? いい機会だし、どんな風にしたいかも話したい。奏汰が話したくなくても、私は奏汰に話す。ほら、せっかく接点ができたんだから、また友達になるってのも、おかしい話じゃないでしょ?」

 雲に隠れていた太陽が顔をのぞかせて、ひまりが眩しそうに目を細めた。

「ひまり。お前に聞くけど、お前は、今の自分に満足してるのか?」

「してるよ。私は小学校の時奏汰に出会って、変わった。私の中の何かが変わったの。もう少し、自分がやりたいようにしてもいいんだって、思えるようになった」

「にしても、今のお前は派手すぎだろ」

「そんなことない」

 即答だった。

「確かに、ちょっと派手かもだけど。私……うちは、今の自分、意外と気に入ってるんだよ?」

「そうか」

「うん。奏汰は、外交的になったよね。あの颯にもけっこーあたりきついし」

「そうか?」

「そうだ」

 ふふっとひまりは笑った。今のような豪快な笑い方じゃなくて、前のような、ちょっと恥ずかしそうな笑い方。

 それを見て奏汰は、少し懐かしさを感じた。

 前は、毎日のように見てきたその笑い方は、今はもう見ることがなくなっていたから。

 しばらく小さく笑ってから、ひまりは言った。

「それでね、奏汰。

 短い沈黙。

「ほら、さっきも言ったけど、また話すようになったんだし。うちは今でも奏汰のことが好きだよ」

 短い沈黙。

「ねぇ、うちは待つことなんかできない。返事、今すぐちょうだいよ」

「……。俺は、ひまりと、付き合うことはできない。多分、友達になることも。おれはあくまで慧斗の友達としてお前らと話しているつもりなんだ、悪いけど。それに、今のお前は、俺にあわない」

 長めの沈黙。

「ふ、ふうん。けっこーはっきり言っちゃうんだ。ひまりじゃなかったら、多分泣いてたぞ」

「……ごめん」

「謝らなくていい。そんな気はしてた。でも、ちょっと残念。じゃあ、ひまり行くね」

 そう言って屋上を出ていくひまりの目じりに、きらりと光るものがあった。

 それに気づいているのかいないのか、奏汰は一つ、ため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る