第18話 ウサギと乙女とミートパイ

「おー。可愛いなぁ、自分。どっから来たんか?」

 庭で阪神ファンがウサギに餌をやっていた。


「なぁ。誰が飼っとるウサギやろ? 可愛いなぁ」

 女っ子はそういうの好きだな。

「そら、ウチは乙女やもん。なんか悪い?」


 悪かねえけどよ。

 どうもウサギって奴は嫌いなんだよおれ。

「なんで? こんな可愛いやん」


 その感情の無い目が怖いんだよ。

「そうか? 可愛いやん」


 お前が見てるのは毛皮とかだろ。

「なんかわるい?」


 悪かぁねえけどよ。

「それより、なんか食べさせるもんない? 人参とか」


 畜生に食わせるならおれが食ってるわい。

「そんないけず言わんで。ちょっとなんかあるやろ?」

 ったく。えっとな、キャベツの外見と菜っ葉の切れ端くらいはあるぞ。


「ええやん。ほれほれ、たーんと食べて大きくなるんやで」

 でかいウサギとかちょっとしたホラーだけどな。


「なんでそんなに絡むんよ? なぁ。食べる姿もこんなに健気で可愛いのになぁ」

 別に絡んだつもりはねえって。ただ嫌いなんだけだ。


「なんや。ウチが嫌いなウサギに構っとるから嫉妬しとるくらい言ってほしいわぁ」

 なんでおれが嫉妬しねえといけねえんだよ。

「そういうのから物語は始まるんやでー。なあ、ウサたんもそう思うやろ」


 その手の物語が始まっても嬉しかねえよ。

「なんでや。ウチ美人やろ?」

 見た目はともかく、性格が問題あるだろお前ら。

「ウチは割とマシな部類やと思うんやけど」

 そりゃ、他の連中に比べればまあそうだろうが。比較対象がエロ女とか縦ロールとかだろ。


「ん?」

 なんだ、いたのか縦ロール。


「いた」

 で、どうした? お前もウサギか。

「うん」


「なんや。このウサギあんたんか?」

「うん」


 お前もそういうの飼うんだな。

「買った。昨日」

「分かるわー。可愛いもんなぁ」


「ん。持って」

 おれかよ。ほれ、ウサギを持ってと。で、どうするんだ?


「逆」

 逆ってお前な。


「脚」

「脚ってアンタな。ひどない?」


「じゃあいい」

 いいんかよ。


「斬れるし」


 うおっ。お前、何すんだよ。

「急に剣抜いてアンタ」


「もう斬った」

「は?」


 って、脚が落ちた。落ちた?

「ひっくり返して」


 首も落ちたな。って、うわ。血がどばどば落ちてくわ。


「……え? ええ?」

「皮、手で剥けるから」

 おれが剥けと。

「うん」


 人使い粗いなお前。

「って! なんで冷静にしとるんやアンタら!」


「食べるし」

 ウサギ食う所はまあ、珍しくないしなぁ。

「珍しくない」

「ウチにとっては珍しいわ」


「うちはない」

「せやけど。ねえ、アンタなんか言ってよ」

 つっても、縦ロールの持ち物だからなぁ。


「かわいそうとは思わんの?」

 牛や豚も屠殺の現場見ればかわいそうだろうが、食ったら美味いから何とも言えんわ。

「それを言われると弱いなぁ」


「すき焼き」

 急になんだ。

「ウサギのパイ。得意」


 お礼にくれるのは嬉しいが、スポンサーはゲームチャンプなんだが。

「いなかったから仕方ない」

 まあしゃあないな。


 じゃ、代わりに阪神ファンに食わしてやるってか。

「ん」

「あんま嬉しくないんやけど」

 そう言うな。好意は有り難く受け取っておけ。


 で、皮か。ほれ、べりべりっと。

「ホントに簡単に剥がれるんやな」


 前に食った時も手で剥がしたな。

「何回も食っとるんか」

 昔、残飯やって太らせてから食ってた奴がいたんだよ。鶏肉みたいで美味いぞ。


「アンタがウサギ嫌いなんわ、罪悪感からやないんか?」

 牛や豚も屠殺場で殺すの見た事はあるがな。


 むしろ心配なんだが。縦ロール料理出来んのか?

「ばあやが」

 だからそれだけじゃ分からん。


「ん」

 紙か。なになに……。

「レシピみたいやな。手順とか調味料とか結構細かいなぁ。出来んのこれ?」


「ある」

 小分けの調味料か。入れる番号まで入ってるし。いいばあやだなおい。

「うん」


「ええなあこれ。この順番にやったら出来るんやろ。便利やわー」

 レトルト食品という温めるだけで料理が出来る便利なもんがあってな。


「それでも、作るつもりがある分ええやないの」

 まあ、最初っから作る気が無い奴よりずっといいわな。


「じゃあ、まな板」

 へいへい。これでいいか。、

「剣抜かんでよ。危ないなぁ」


「大丈夫」

 まな板の前開けるくらい待てよ。刃が飛んで来たらたまらん。

「斬るのは。その気のあるのだけ」

 へいへい。お前さんは達人だったもんな。


「達人」

「達人ゆうても、筆の誤りとかあるやろ」

「誤らない」


 しかしザクザク切るな。手足腹で切り分け出来りゃいいんじゃねえの?

「ゆうかこれ、ひき肉みたいになっとるけど、ええの?」

「いい」


 挽肉にするなら、ミンチメーカーがどっかにあったぞ。

「こっちが早い」


「シュバババって。剣もよう見えん速さで。確かにこっちのが早そうやね」

 毎度の事だが、人間業じゃねえよなぁ。


「乙女にそういう事言うもんやないで」

 そう言うお前はもういいんかよ。ウサギだぞ。

「もう面影無いしな」


 おれの知ってる乙女ってのはそういう事は言わんぞ。

「こんなトコおったら図太くもなるわ」


「出来た」

 早いな。今度、イワシもらってくるからなめろう作ってくれ。

「貰ってくるってなんや」


 スーパーで買うより、漁港のおっさんからもらった方が美味いんだよ。

「タダやからな」

 光モノと小魚は新鮮な程美味いんだよ。


「鍋」

 へいへい。寸胴鍋でいいな。

「何でもあるんやな。ここの台所」

 歴代の連中が残していったからなぁ。料理人とかもいたぞ。


「ゆうても、この寸胴鍋はパスタ煮る以外に使ってる見た事無いけどね」

 そば茹でるのにも使うぞ。

「全国のそば職人が泣くで」

 茹でられりゃいいんだよ、なんでも。


「ウサギ。材料。調味料」

 ちゃんとレシピどおりに入れてるな。


「メシマズの原因はレシピどおりにせんことやからな」

 メシマズっつっても、味見すりゃ不味いモンにはならんだろ。

「味見する所まで気が回らん子はおるみたいやで」


 二回もリハーサルすりゃ、手順なんか覚えるだろ。

「そこまでやんのが面倒くさいんやろなぁ。まあ、料理得意のウチには正直よく分からんけどね」


 本当か? お前が料理作ってるの見たことねえぞ。

「はぁ? 何言うてんの? ウチは料理上手の乙女やで」


 ほー。それなら今度ご馳走になってみるかね。

「タカる気まんまんやな、アンタ」

 食い物はある奴から貰うもんだろ。助け合いだよ助け合い。

「アンタは助けられる側に居すぎな感じがするんやけど、それはええんか」

 持てる者は持たざる者を助けるべしってな。

「誰の言葉やそれ」


 おれ。

「腹立つわぁ。そういうの」


「混ぜたら、煮る」

 シンプルだな。


「その後の準備しとこか。次はどうすんの?」


「煮る」

 いや、今煮とるだろ。


「ばあやが」

「レシピに書いてあんのやな。煮て、煮て、煮て、煮るて」

 弱火で味が染み込むまで煮続けろと。


「時間かかるなぁ。圧力鍋とか使えば短縮出来るかな」

「レシピと違う」

「そのへんはきっちりしとるんやな。この子」


 慣れん内は言われたのと違う事するもんじゃねえもんな。

「うむ」

 つうか、パイの餡にするんだから水気飛ぶまで煮詰めるんだろ、これ。


「弱火でとろとろかき混ぜ続けるって感じやな。結構重労働やなこれ」

「いつもやってる」

 本当か?


「ばあやが」

 お前のばあやは毎度大変だな。

「うむ」


「じゃ、煮詰める間に次やろか。ゆうてもパイ生地とオーブンの準備くらいやろけど」

「……パイ……生地?」


 何でお前、初めて聞いたみたいな顔してんだよ。

「ばあやが」

 作ってくれなかったんか。


「前、作ったから」

 一度教えたから自力でやれと。

「結構スパルタやな」

「うむ」


 で、作れんのか。

「無理」


 一度教わったんじゃねえのか。

「無理」


「まあ、パイの生地作りは結構難しいからしゃあないか」

 小麦粉練るだけじゃねえのか?

「それは、ただのパンやないの。パリパリの食感作るために何度も折り返したり。生地自体にも色々コツがいるんやで」


「どうしよ?」

 今から煮物に変えるか。


「カレー」

「諦めんの早いな」

 カレー粉だったらいくらでもあるが。どこの会社のルゥがいいかね。


「あんたも切り替え早いな」

 味付けに困ったら、とりあえずカレールゥ入れてやりゃ美味くなるからな。

「カレー好き」


 メシも炊いておくか。

「ちょっとは、なんかしようとか努力はせんのかい。パンみたいな生地でもええやん」


 ナンも美味いな。あっちなら割と簡単だしな。

「ナンも好き」


「アンタらなぁ……くっそ、なんか負けた気がするのはウチだけか」

 パイ生地ねえんだからどうにもならんだろ。

「ウチ、作れるんやけど」

「早く言え」

「話の流れで気付いて欲しかったわー」


 それで、作り方教えてくれるんか?

「ゆうか、もう作ってあるのがあるんや。ああもう、これアップルパイ作る予定やったのになぁ」

 提供してくれるなら、新鮮なウサギのパイが食えるぞ。

「食えるぞ」


「あー、しゃあないわ。アップルパイは次作る事にするわ」

「よし」

「せっかくこの子が料理作るって言うてるんやしな。最後まで作らせてやるのが乙女っちゅうもんやしな」


 偉いなぁ、お前。

「アンタはもうちょっと偉くならんとあかんで」

 おれは偉くなくても生きていけるからいいんだよ。


「男やったら、ちっとは野望持たんと。女にもてんで」

 女にモテて良かった事なんて無かったけどな。金ばっかかかって。


「モテてた時期もあるんかい」

 そりゃお前、おれだって木の股から産まれた訳じゃねえからな。


「詳しく」

 そのうちな。


「今」

 そのうちな。


「何故」

 面倒くさい。


「じゃ、後で」

「あっさりしとんなぁ」


 じゃあまあ。煮詰まるまで酒でも呑んで……そういやテイさんが出てこないな。

「いつもなら、もう」

 だよなぁ。


「テイさんなら、さっき来たで」

 なんだ、先に来てたんか。で、なんでいないんだ?


「あー、それな。ウサギ食う言うてたから、バットでぶっ飛ばしてもうてな」

 それでか。


「あの手応えだと、二、三週間は戻ってこれんやろな」

 そいつはまた……。

「ご愁傷様」

 秋のはじめの高い空に、テイさんの顔が浮かんでいた。

 ように見えた。


 それはともかく、ウサギのパイは美味いといいな。

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