第14話 ラーメン屋台のひとり語り

 おう、大将久しぶり。どうだい商売は? はぁん、最近じゃ屋台は流行らんか。

 まあそうだろうな。寒ぃ中わざわざ外に出るよりもカップラの方が楽でいいからな。


 アレだろ。背脂にんにくマシマシとかそういうのやるのがいいんじゃねえの?

 まあ、確かにああいうのは手間と元値がかかっていけねえな。スープ仕込みに3日かかるとか、どんな金持ちの道楽だって話だ。

 それにあれだ。屋台つったら酒呑んだ帰りだろ。ちょいと小腹が空いたんで一杯。ってのに、脂こってりはねえわな。

 醤油味のカツオ出汁のをサラサラっと流して、ついでに一杯迎え酒ってなもんだろ。


 ま、おれは飲みの帰りじゃねえけどな。つうことで、一杯頼むわ。

 大体、大将んとこのメニューはそれしかねえだろ。

 そりゃ、チャーシューメンはあるけどよ。チャーシュー追加するかどうかじゃねえか。最近のラーメン屋はチャーシューオプションで普通のラーメンだけになってるらしいぞ。


 いっそあれだ。餃子とライスとか始めたらどうだ?

 はぁん。別に調理道具仕込むのも面倒なんかい。まあ、何十年もやってりゃそういうのも分かるんか。


 ま、客の来る来ないなんてのは潮目が変わって大盛況なんて、よくある話じゃねえか。

 うちんちの連中すら来なくなったって愚痴っても始まらねわさ。先生だってどっか行ったっきりだしな。


 ああほれ、色の黒い方。そうそう、腹黒じゃないほう。腹黒はまだ時々見かけるぞ。来てないのか?

 仕方ねえだろ、アイツはアイツでやる事もあるだろうし。


 大将んとこが特別な日のご馳走だった時代もあるけどよ、時代ってのは変わっていくもんなんじゃねえの。

 昔は良かったが口癖になるのは爺さんになった証拠だぞ。


 そりゃ、大将はとっくの昔に爺さんだけどもよ。てか、おれの知ってる限りもう何十年も爺さんやってねえかい大将。

 隅の煙草屋のババアなんか、おれがガキの頃から変わらず婆さんじゃねえか。アレはいったいどうなってるんだろうな。


 なんだって? そりゃ面白れえ冗談だな大将。最初に会った時から立派な年寄りだっただろ。あんな五十代がいるわけねえって。白髪シワシワ禿頭のれっきとした爺さんだったじゃねえか。

 そら、若い奴から見りゃ年寄りはみんな年寄りだけどよ。限度ってモンがあるだろ。


 六十路が棺桶に片足突っ込んでた時代もそりゃあったけどよ。

 免許ってアンタそこま見せるかね。はぁん。確かにその歳ならあの時は五十代だ。老け顔だったんだなぁ。


 てぇ事はアレか。最初に見た煙草屋のババアも、当時はもっと若かったって事かい。

 まあそりゃ、大将の年齢なら若い頃も知ってるだろうけどよ。


 マドンナって、おれが言うのも何だがずいぶんと古臭せえ言い方だぞ。

 てぇ事ぁアレかい。大将も手紙書いて、追いかけ回したりした口かい。


 そりゃあまあ、おれも木の股から産まれたワケじゃあねえんだから、若い頃はあったわな。

 娘っ子の電話番号聞き出そうとしたり、手紙を下駄箱に突っ込んでみたり、家の回りをウロウロしてみたりな。

 今ならストーカーっつうのか。そんなんでお巡り呼ばれんだろうけど、それが風情みたいな時代だったよな。


 そりゃ、空気読めないブサイクに追い回されりゃ気分悪いのは今も昔も同じだけどよ。

 それくらいおれだって分かる程度にゃ……いやぁ、そうでも無かったか。

 このツラだしよ。相手の娘っこにゃ悪い事しちまったかな。


 はっ。やめてくれ。褒めても追加は頼まねえぜ。

 いや、そこはお世辞じゃねえって言う所だろ。


 まあいいや。

 若い奴って言えばよ。大将跡継ぎとかはいねえんか?


 まあそうか、倅にゃ大学行かせて堅気な仕事させてえわな。孫もサラリーマンか。大したもんじゃねえか。屋台引っ張って稼いだ小金でよ。


 じゃあ、大将が死んだらこの屋台どうなるんだ?

 処分か。ああまあ、そうなるわな。このご時世じゃ、チャルメラ鳴らしたがる奴もいねえわな。

 おれか? なんでおれが屋台やらにゃならんのよ。そりゃあまあ、大将のラーメンくらいは真似出来るけどよ。


 いや、出来るぞ。何年食ってると思ってるんだよ。いくらなんでも手順は覚えるわ。

 あれだよな。仕入れの業者と付き合いとかあるんだろ。いらん分まで仕入れなきゃならんとか。掻き入れ時に他に回されるとか。


 ああ、定期的に仕入れんとあかんのか。面倒くさくてやってられんわ。

 当たり前じゃねえか。おれは屋台継ぐ気はねえっつってんだろ。

 まあ、屋台もらってくれる奴がいたら紹介するわ。


「つまりボクの出番だね!」


 のれんを開いて入ってきたのは、トコヨ荘の古株のテイさんだった。

「トコヨ荘の若い人に屋台引かせるというのも面白いねぇ」


 前に誰かやってなかったっすかね。

「店舗系はいくつかあったかなぁ。屋台はおでんくらいじゃなかったかな」


 数えてみれば、似たようなのやってるのは何人もいるんすよね。

「その中で何人が上手く行ったんだろうねぇ。時々思うよ、あの時、ボクがもう少し何かをしておけば、彼はもっとどうにかなったんじゃないか。とかね」


 テイさんが何かやったら、どうにかはなっても、それはそれでどうかと思う結果になったんじゃないっすかね。

「珍しく辛辣だねぇ」


 歳食って思った事なんすけどね。

 好きなようにやった連中なんだから、結果も好きなように受け入れさせてやるのがいいんじゃねえかなって。


「ボクの思うところは別だけど。それも真理だろうね」

 助けてくれって言った奴を、助けてやりたい奴が助けてやりゃいいんじゃないですかね。


「おれには関係ないけど。かな」

 そうっすね。


「きみは、あれだね」

 昔はそうでもなかったんすけどね。

「想像つかないなぁ」

 おれにも若い頃があったんすよ。


「ボクは脱サラしてからが、本当の人生始まったんだよね」

 つっても、サラリーマン時代の物事が何の意味も無かったワケじゃないじゃないっすか。

「結局。潰しが効くのはそれで食ってた経験と技術なんだよねぇ。まあ、そういう視点で見るとさ、もっと人と人を組み合わせてみれば、きっと面白い事をプロデュース出来る。そんな事ばかり思うようになってね」


 で、まずは大将の屋台と。

「近々亡くなる事が前提になっちゃってないかな?」


 こういう爺さんは死にそうで十年くらい普通に生きたりすんだよな。

 なんだよ、長生きするって褒めただけだぞ。ほれ、酒のお代わりするから機嫌直せって。


 しかしまあ、年寄りで話すと湿っぽくなってダメだな。

 大将、ちょいと若いの何人か連れてくるからここで待ってろよ。

 久しぶりに稼がせてやるからよ。

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