第15話 虎と錦木と茶漬け
腹は減ったが冷蔵庫には……お、大根があるな。
大根おろして絞って、削り節と梅干しと、うーん。だしと金山寺味噌か、まあここはだし一択だな。
こいつをおろしにまぶして醤油をぶっかけて、と。
「これは珍しい、錦木ですか。風流ですねぇ」
錦木? ああまあ、確かに錦木だったなこりゃ。
しかし、そんなもんよく知ってるな、優等生。
「そりゃ、京都にいた事もありましたからね」
花街の食い物だぞ、これ。
「花街に出入りしてた事もあるんですよ。実は」
お前じゃ、やっぱりなとしか思わんなぁ。
「しかしやっぱり、貴方は京都出身なのでは」
まじでしつこいなお前。
「気になるじゃないですか。そういうの」
おれは気にならんぞ。
「私は気になるのです。大体、錦木という名前も、花街の食べ物と知ってる貴方も何者なのかって話ですよ」
年寄りは色々と古い話を知ってるんだよ。
「言う程、年寄りじゃ無いじゃないですか」
親父や爺さまから聞いたんだよ。
「つまり、貴方の一族はそういう?」
うるせえしつけえなぁおまえ。
「一度気になると頭から離れない性質なんですよ」
そういうのは小学生までにしておけよな。ロクな大人にならんぞ。
「ちなみに、その錦木をどのようにいただくのですか?」
大根飯。
「そう言うと風情が無いですねぇ」
風情じゃ腹は膨らまんからな。後は納豆かサバ缶でもあれば十分なんだが。
「確か、奥の方に厚揚げがありましたよ」
厚揚げあるなら、雪虎でもいいな。
「ほら魯山人」
うるせえしつけえよ。
「北大路魯山人本人とは言いませんがね。実は貴方は、食通の父上に反発して出奔中と予想しているのですが」
悪いがおれんちは家庭円満だぞ。爺さまはいまだに仕送りくれるしな。
「そのお金をどうしているんですか?」
酒。
「外聞も何もありませんね」
その内、直接酒が送られてくるようになったな。
「中々素敵なお爺さまですね」
まあ、おれには甘いな。親父には辛かったらしいが。
そう言う優等生んとこはどうなんだ?
「私の家族はまあ、酷いものですよ。妹以外は明確に敵ですね」
世知辛いな、お前んとこは。
「なので実は、トコヨ荘が初めてなんですよね。安心して寝られたのは」
殺人マシーンみたいな人生送ってるのなお前。
それなら、深酒も出来なかっただろ。安心して酒飲めや。
「ありがたくいただきますよ。ツマミはどうします?」
ん、厚揚げでいいんじゃねえの。
薬味は大根おろしとネギとどっちがいい?
「では、竹虎で」
あいよ、ネギを刻んで、厚揚げ焼いてと。
「網を敷いて焼いた厚揚げを虎に見立てて、刻みネギを竹に見立てるというのは風情ですね」
風流っつうか、貧乏料理にそれっぽい名前をつけてるだけじゃねえか。錦木もそうだけどよ。
「京料理というのは、概ねそんな物じゃないですか」
ケチで貧乏なクセにプライド高いとそうなるんだよな。
「そこまでは言いませんがね。私は」
しかし、厚揚げは焼けるのに時間かかるな。
「表面が湿気ってますからね。そうとうな強火で焼くかしないとダメですよね」
爺さまは炭で焼いてたな。夏場のクソ暑い時でも七輪持ち出してきて。
「御自分で焼いていたのですか?」
美味い焼き加減は自分にしか分からんとかなんとか言っとったな。
「こだわりのある方なんですね」
親父はトースターで焼いてるがな。
「こだわりの無い方なんですね」
親父の方はちょっとこじらせてるからな。爺さまのせいで。
「こだわりの無いポーズをとるのがこだわり。とかですか」
そんな感じだな。爺さまの教育が厳しくてこじらせたってさ。
「『どこで汲まれた水かも分からぬような未熟者が恥を知れぃ!』みたいな感じですかね」
大体そんな感じらしいから泣けてくる。酒の肴にゃ面白い話だけどな。
「水の味に違いってあるんですかね」
違いが無いのを、違いがあるように蘊蓄垂れる訓練だそうな。
「詐欺師の一族とかですかね」
違うがそんなようなモンだな。
「あなたはあなたで大変な家庭ですね」
まあ、当事者からしてみりゃ普通みたいだな。
「他人のような事を」
おれは仕込まれてねえもん。
なんだよその顔は。だから言ってるだろ。おれはただの貧乏人だっての。剣も魔法も超能力も特殊技術のねえよ。
「こう、そう言っている人の隠された力が開放されて。とかそういうのを期待していたのですが」
すまんな。期待に添えなくて。
ほれ、厚揚げ焼けたぞ。ネギをどばっとかけて食え。
「ネギの青臭さがまたいいですね。お酒が進みますよ」
表がパリパリになるまで焼くのが大変なんだよな。なんかいい方法ねえもんか。
「油で揚げ直したらいいんじゃないですか」
揚げるのは面倒臭えんだよなぁ。
窯みてえなのがあれば違うんかね。
「窯は窯で手間がかかるみたいですよ。あれ、そちらは雪虎ですか」
まあ、大根おろしあるしな。
「雪というか、赤と茶色が混じっているからなんですかね」
瀕死の虎かね。
「せっかく作った錦木が、そういう使われ方するとは」
錦木じゃねえって言ってるだろ。
「そうすると、今レンジにかけているご飯はどうします?」
茶漬けにでもするかね。まあ、鮭フレークくらいあるだろ。
「はい、お茶漬け入りました。イケメン会議発令ー」
「お、今日はお茶漬けね。オレ俺、ちょっと語っちゃうよ」
「オレは美味けりゃなんでもいい」
「実は私もお茶漬けにはこだわりがありまして」
こだわりってお前。茶漬けなんて、余りメシに漬物乗っけて茶ぁかけて、サラサラっとかっこんだらタクアンで茶碗についた米をこそいで食うって物だろ。
「またまた古風な食べ方ですね。やはり私は焼き魚派ですね。鮭を軽くほぐしてその上にじゅわっと流し込む」
「お茶漬けの素という文明の利器があるんだよなぁ」
あれは茶の味と合わんのがな。
「だからお湯をかけるんだよ」
湯をかける茶漬けとはこれいかに。
「茶漬けと粥の違いがいまいち分からんのだが」
全然違うわ。
「俺はおじやとおかゆの違いがよくわからない」
それは違わんだろ。
「米から作るのが粥で、おじやは雑炊の一種みたいですよ」
「それと茶漬けは違うんか」
だから、茶をぶっかけるんだよ。具をのせて。
「普通に食えばいいじゃねえの?」
米が茶碗にこびりつくだろ。それを茶で洗い流して食うんだよ。
「猫まんまだったか? あれとは違うんか」
まあ、似たようなもんだ。
「面倒くさくなりましたね」
まあな。
しかしやっぱり、でかぶつんとこにはねえか。
「粥は食うぞ。リゾットとかもな」
「粥も麦粥とかなのでは」
「麦粥は臭くて不味くてかなわん。せめてパンにしないと食ってられん」
「俺、パン粥は好き。牛乳で甘くしたやつ」
あれは甘味の範囲に入るだろ。
「甘味でも美味いもんは美味いじゃん」
「おう、美味けりゃいいだろうが常識」
悪いたぁ言ってねえよ。
ただ、アレ見るとイチゴが食いたくなってきてな。
「イチゴとパン粥にどういう関係が?」
ほれ、潰して食うだろ。イチゴ。
「食べねえよ常識」
でかぶつんとこはどうだか知らんが、食うんだよ。イチゴ潰して牛乳と砂糖混ぜて食うやつ。専用スプーンとかあるだろ。
「俺はやった事無いなぁ」
「私もそういう下品な食べ方はちょっと……」
「今度やってみるか」
そういや、最近の連中はグレープフルーツもそのまんまで食うらしいな。こっちも専用スプーンがあってだな。
「むしろ、昔の人が砂糖かけてたのが信じられないんだけど」
でっかいレモンみたいなモンだろあれ。
「さすがにそれは無いわー」
「果物も甘くなったといいますからね。最近では、西瓜に塩をかける事もあまり無いですからね」
「言われてみれば無いなー」
「スイカは皮まで食うだろ常識」
表面の皮だけ剥いて、白皮を漬物にするやつな。
「前から思ってたけど、ホントに食える部分は全部食うんだね。この人」
「京料理にあったりしますよ」
元々は貧乏料理だったんじゃねえかと思う事は常々あるな。
「室町からこっち、赤貧に喘いでいたって歴史ゲーで言ってた」
「そこでお茶漬けですよ」
しかし、今日は特に話の的が定まらんな。
「的を射警察だ! 正しい日本語を使え」
なんだそりゃ。
「なんかよく知らんけど、正しい日本語使わないと出てくる奴がいるらしいよ」
「正しい、って事はなんかの故事成語がある時だけだろ」
「正鵠を射るとかですか」
「いいんじゃないの、それ?」
「元ネタでは”失わず”が正しいらしいです」
それこそどうでもええわ。
「『的を射』自体は、何百年前の古文に同様の使われ方をした言葉はあったそうですよ。現在使用されているものと、直接の関係は無いですが」
『蹴鞠はサッカーの起源』みたいな当を得ん話だな。
「ちなみにあなたは得る派ですか」
おれんちは爺さまの代からそう言ってるんだよ。
「意味が通じりゃどうでもいいわな。常識」
「ここでボクが話をまとめに来たよ!」
ガラッ、とふすまを開けて入ってきたのはトコヨ荘の古株のテイさんだった。
テイさんはメンチカツ茶漬けでいいっすね。
「いや、それはちょっと不味そうじゃない?」
「天ぷら茶漬けもありますし、意外と合うかもしれませんよ」」
「天ぷらは美味しそうだなぁ。ちょっとやってみる」
「オレはかき揚げ天でやるか」
そこまで行くとなんか別物にならんか。
「ボクとしては、鯛の刺し身を茶漬けにするのがいいんだけどねぇ」
鯛の刺身なら、そのまま酒の肴にした方がいいっすわ。
「やっぱり、味の濃いめな魚介類ですかね」
「烏賊の塩辛とかいいかも」
沖漬けもいけるぞ。
「ほれ、あれはどうだ? シャケの卵」
でかぶつお前、イクラは高級食材だろうが。
「オレんとこだと腐るほどあるぞ」
ちょっとお前、今からイクラとってこい。
「あなたの場合、河原でばしゃーとかやってそうですよね」
「熊かなんかかオレは」
「大して変わんないじゃん」
熊の方が可愛いわ。
「熊は金属製の柄を握りつぶしたりしないからねぇ」
「武器を自分で壊してからが本番かよ。二段変形かよ。なんてラスボスだって感じ」
「一応言っておくがオレ、鎧脱いだ後が本番だぞ」
三段変形かよ。
「ラスボス面倒臭いです。クソゲー確定です」
「ゲームチャンプ様の新作レビューでした」
さて、そろそろメシも温まったし湯も湧いたし、茶漬けでシメと行きますかね。
「ボクは鮭フレークにするかなぁ」
「俺は茶漬けの素一択なので」
「漬物で何かあるか?」
「私は……」
優等生は、それで、どうするんだ。これから。
「……これから、ですか」
妙にはしゃいでるだろ。何かやる奴は、まあ大抵そうなる。
「お見通しですか」
まあ、何人も見てるからな。
「おー。とうとうか。なんか餞別やらんとな」
「キミはもっと早くこうなると思ってたよボクは」
「むしろRTA目指すべき逸材だからね、優等生」
「意識してゆっくりしていた所はありましたからね。それでもとうとう、決着の日が来てしまいまして」
買っても負けても戻れないって感じかい。
「忙しくなりますからね」
「勝つ事前提の件」
「こう見えてチートですから、私」
「最初んころのこいつ、こんな感じだったよな」
「すげえドヤ顔で言っててさ。実は俺、だいぶ引いてた」
「ボクは微笑ましかったなぁ」
まあ、若い内は頑張れや。色々と。
紙巻きタバコに火をつける。
吐いた煙と茶漬けの湯気に、優等生の白い影が重なって。
「最後の晩餐が茶漬けって言うのは、何か急かされてるみたいでイヤですがね」
白い靄が消えるころ、そう言ったあいつの姿も消えていて。
「まあ、気が向いたら戻ってくればいいんじゃねえかな」
おれの声も、煙とともに消えてった。
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