第9話 約束のしゃぶしゃぶとおでん

「ん」

 突然どうしたお前。人の部屋の前で。鍋なんか持って。


「約束」

 いや、わからんがな。


「うなぎ」

 ああ。やっぱりゼリー寄せは要改良だったな。


「約束」

 だからちゃんと会話しろ。


「しゃぶしゃぶ」

 約束しとらんだろ。

「した」

 お前なぁ。


「何? しゃぶしゃぶ食べるの? それならボクもボクも」

 出てきたのはドラゴン。

 しかも、首が九本もある。

 自称伝説のなんとかかんとからしいが、トコヨ荘の中では小型犬くらいの大きさだ。

 ちなみに、「まだたったの九百歳」。

 奴基準だとまだまだ子供らしい。


「だめ」

「何でさ!」

 お前、口が九個もあるだろ。

「大食い」

「入る先は一つだよ! そんな大食いじゃないよボク」


 ドラゴンっつうだけで、どんだけ食うんだよって感じなんだが。

「あんまり食べないよ。っていうか、何も食べなくても数年生きていけるレベルだよ?」


 じゃあ食うなよ変温動物。

「ひどっ! 食べる楽しみは忘れてないよボクは」

 楽しみのためだけに食うなよ。勿体無い。

「前から思ってたんだけど、みんなボクに対する当たりキツくない?」

 知らんがな。


「そんな事よりしゃぶしゃぶ」

 分かった分かった。食堂になんかあるか見てやるわ。

「ということで、食堂まで来たわけだけど」


「肉、無い」

 刺身こんにゃくくらいしかねえな。

「しゃぶしゃぶ」

 しゃあないな。ほれ、鍋に昆布入れて湯を沸かせ。

「しゃぶしゃぶ?」


 で、こんにゃくをしゃぶしゃぶさせて、ゴマダレでいただくと。

「侘しいなぁ」

 うっせ。


「美味しい」

 ゴマダレの味しかせんからな。

「侘しいなぁ」

 後はなんか適当に野菜も用意するか。


「ゴマダレ美味しい」

 素直な子でよろしい。

「脂味が足りない」

 普通は先に鶏肉とか入れるからな。

「じゃあ入れようよ。侘しいよ」

 あれば入れてるっつうの。


「作ろう」

 どっかでニワトリかっぱらってくるか。

「そこに」

「どこに?」

「お前」

 ドラゴンか。って、さすがにそれはどうかと思うぞ。


「生えてきたし」

 ああ。前にぶった切った時な。それなら安心か?

「生えてきても痛いものは痛いんだよ!?」

「痛く斬らない」

「そういう問題じゃないよ!」


 ワニの肉は鶏みたいな味がするって言うな。試してみるか?

「ワニと違うからね!」

 違うんだったら、どういう味がするか試してみたくはなるな。

「だからそういうのやめて! 剣を抜かないで! ボク美味しくないから!」


 あー、それくらいにしとけ。

 冷蔵庫漁ったらさつま揚げがあったぞ。こいつを入れりゃマシになるだろ。


「なんか、急速におでん感が出てきたね」

 だったら、お前の肉入れるか?

「さつま揚げでいいです。おでん最高」


 つうか、おでんにするか。

 縦ロール、大根切っとけ。後は卵とちくわと、油揚げに餅入れてと。

「……しゃぶしゃぶ」

 まあ、肉が入ったらやってやるから。黙って大根切れ。


「約束」

 まあ、しゃあないな。

 すき焼きにするかもしれんが。

「そっちにしよう」

 手の平クルックルだなお前。


「すき焼きと言えば、関西風と関東風があるんでしょ?」

 おれは砂糖醤油で焼いて食う方が好きだな。

「それ、どっち?」

「関西風がそんな感じみたいだよ」

 割り下で煮る方は鍋っぽ過ぎてな。


「鍋?」

 焼きだぞ。すき焼きは。

「納得」

「元々鋤で焼いたとかそういうのだっけ?」

 よう分からん。その通りだとしても、原型無いしな。

「なんか、そういうのに詳しい人とかいないかなぁ」


「ぼくを呼んだかな!?」


 バン、と扉を開いて現れたのは、トコヨ荘の古株のテイさんだった。

 後、ちょうどいい事にニワトリを持っている。


「捌く」

 おー、早い早い。さすがだな。

「煮よう」

 血抜きしないとダメだろ。

「しなくていい斬り方、した」

 無駄にすごいなお前。


「ねえ。ぼくの蘊蓄に興味とか無いのかなぁ?」

 この面子は興味無いんじゃないっすかね。

「なんだか、ニワトリ強奪されただけだねぇ。ぼく」

「ボクはそれなりに興味はあるけど」

「おでん」

 だめっぽい。


「ダメっぽいね」

「駄目っぽいねぇ」

 縦ロールがいると、何やってもこいつのペースになっちまうな。

「美味しい。ニワトリ」

 ああ良かったな。


「というかこの人。さっきから一人で食ってるんだけど」

 知らんのか。大食いだぞこいつ。

「こんな細いのにどこに入っているんだろ」

 5、6人分くらいは平気で食うわ、こいつ。

「たくさん食べると、褒められる」

 お前んとこじゃそうかもしれんがな。普通は嫁の行き手がなくなるぞ。


「あるから」

 本当かよ。

「まあ、太っている女性が魅力的。という所はいくらもあるからねぇ」

 まあ、ガリガリよりはケツのでかい女の方がいいっすわ、おれは。

「ボクは細身の女の子の方が好きだよ」

 男は大抵、年食うと尻派に変わるんだよ。今にわかる。


「この中じゃ一番年上なんだけど、ボク」

「ぼくは痩せているエルフの男の子が好きだなぁ」

 相変わらずよく分からんストライクゾーンっすね。テイさんは。


「こないだも、たくさん食べるって褒められた」

 誰にだよ。

「法王猊下。に、会った時。こう、胸の前でおにぎり? の形作ってきて」


 いや待て。お前んとこ握り飯ねえだろ。

「で、差し上げます、って手出した」

 本当にそういう意味かそれ。


「本当。だから、もっと大きいの十個食べられるって。手広げてから十ってやったら、なんか涙流して感動してた」

 落語じゃねえか。

「蒟蒻問答だねぇ」

「こんにゃく。そこそこ美味しい」

 そっちじゃねえよ。


「これはあれ? 相手の人が何か勝手に勘違いしてくれた系?」

「ちがう」

 違わんわ。


「うちはそう。いつも褒めてくれるし。聖女とか言われている」

 いつもっていつだよ。具体的に言ってみろよ。


「軍議の時。なんかつまんなかったから、外を見に行ったら拍手喝采」

 だからなお前。


「王様のお葬式。ご飯出てるのにみんな食べないから、冷える。って言ったらみんな泣き出して」

「なるほどなるほど。そういう事かぁ」


「舞踏会で。隣の国の王子が絶交って。意味わからないから無視してたら、こう皆が駆け寄ってきて」

「悪役令嬢だったのか、この人」


「みんな、なんか褒めてくれる」

 だからなお前。それは全部回りの勘違いだっつうの。

「そんなことない」

 あるわ。


「良い方向に誤解されがちだよね。この娘は」

 黙って立ってれば美人っすからね。

「美人。そして聖女」

「美人は得だなぁ」

 ドラゴンには美人もクソも無いだろ。


「そもそも同族いないしね。ボク」

 悲しいなぁ。


「なんでいるの?」

「酷い事言われた!」

「まあ、どうやって産まれてきたのか。って話だと思うよ」

「それはまあ、突然変異的なもので」


 首がもげてそれが新しいのが出来るとか、そんなんじゃねえんだな。

「やめてよ。触手じゃないんだから」

 イソギンチャクはそんな感じに増えるらしいぞ。

「だから一緒にしないでよ」

「際限なく増えても仕方ないしね」

 あっちは際限なく増えてるらしいぞ。

「地獄絵図じゃないか」


 まあ、あいつはマズそうだから、どんだけ増えてもしゃあねえよな。

「良くても珍味系の味がしそうだよねぇ」

「酒の肴」

「食べる事を前提に考えないでよ」

 ほれ。いくらでも増える肉とか夢のようじゃねえか。


「おでん」

 おー。タコイカ系の味ならおでんに合うかもな。

「今度やって」

「やめてよ。ボクは食べないよ」

 なんか、変な汁とか混じってそうだしな。

「それが美味しいかもしれないじゃないか」

「いや、絶対美味しくないから」

 やってみん事には分からんな。

「やろう」


 やる気は無いぞ。

「なら言わないでよ!」

 きれいなお食事とか言い出したら、屋台のおでんとか食えんぞ。奥の方に何入ってるかわからんし。

「やめてー。想像させないでー」

「そういう異物が美味しさの元だとは思わないけど、そんなのが気にならないくらいに色々な味が混ざり合っているのがおでんの美味しさなんだよね」

 澄まし汁みたいな上品なモンじゃねえっすからね。


「それはそれで」

 ああいうのは手間がかかるんだよなぁ。

「その分おでんは適当で良いのが最高だね」

 ある物テキトーにぶっこんだ雑味上等の食い物っすからね。

「つまりはカオス。一つにして全なるもの」

 そんな上等なモンじゃねえとは思うがなぁ。


 まあ、なんでもじゃんじゃんぶっこめばいいんだよ。美味いんだから。

「ん」

 お、厚揚げは駄目だ。ちょっと待て。

「なんで?」

 酒の肴に、後で焼いて食うんだよ。

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