第8話 うなぎの蒲焼とゼリーよせとザリガニと

 便利なもんで、でかい川が近所にあるのは大いに助かる。


 水を止められた時とか、割と命に関わるからな。

 まあ、トコヨ荘は大家が水道代払ってくれるからいいんだが、あんまり水を無駄にしても怒られるし。


 でだ。昨日突っ込んでおいた、餌入れた竹籠を引っ張り上げると……おう、ちゃんと入ってる入ってる。

「これはうなぎですね。わたくしは信じていましたよ、人の子よ」


 早いなお前。

「わたくしとの約束を覚えていてくれた事、千言をもって祝福いたします。人の子よ」


 優等生にゼリー寄せにしてもらうかな。

「嫌がらせのためにせっかくの食材を無駄にするのは考えものですよ。人の子よ」


 元々うなぎなんて大して美味いもんでもねえぞ。

「でも、夏場の高級食材ではないですか。人の子よ」

 あれは大半タレの味だぞ。

「では、そのタレでゼリー寄せをつくれば美味しいのでしょうか」


 あれは見るからにまずそうだからなぁ。

「やっぱりただの嫌がらせではないですか。人の子よ」

「言う程不味くも無いですよ。多分。煮こごりと思えばいいんです」


 お、優等生か。確かに煮こごりなら美味そうだ。

「煮こごりとは何ですか? 人の子らよ」

 煮汁が固まった……まあ、ゼリー寄せみたいなもんだ。

「全然変わらないじゃないですか。人の子よ」

「慣れない人からすると、魚の煮こごり自体えぐい外見でしょうからね」


 外見なんざ、食っちまえば同じだろ。

「そこまで開き直れる人ばかりでは無いんですよ」

 まあ、煮こごりはやってみるか。優等生頼むわ。


「承りました。それで、釣果はどのくらいですか?」

 んー。育ちすぎのうなぎが3匹に、ナマズに、後はザリガニか。

「ザリガニはリリースいたしますよね。人の子よ」

 いや、3、4日ドロ吐かせてから食うぞ。


「えげつないものを食べますね。人の子よ」

 元々食用で持ってきたモンだぞ。

「近縁種だけあって、ロブスターに近い味ですよね」

「気持ちの問題ですよ。気持ちの。わかりますか? 人の子よ」


 道路っぱたで排気ガス吸って育って、野良犬のうんこがついた野菜を食ってるわけだしな。

「そういう事は言わないで下さい。気持ちの問題ですよ。気持ちの。わかりますか? 人の子よ」

 お前はもう何も食うな。


「では、貴方はザリガニは食べないという事で」

 揚げて食うかね。

「フリッターにしてタルタルソースでいただきましょう」

「美味しければいただきます」


 意地汚い女だな。

「わたくしは美味しいものが好きなだけですよ。人の子よ」

 へいへい。美味く作ってやんよ。


 さて、まな板にうなぎを載せてっと。

「活きが良いですが大丈夫なのですか、人の子よ。確か、うなぎを捌くには特殊な技術が必要と聞きますが大丈夫なのですか」


 それでもって、調理バサミでじょっきんと。

「身も蓋も何もありませんね、人の子よ」

 包丁で捌かにゃならん理由もねえし。


「便利ですからね。調理バサミ」

「しかしこういう物事は、極めた者であるのならばシンプルな道具ほど良いとか、そういうのがあるものでしょう。人の子よ」

 別におれ、極めてねえし。


「調理バサミを極めた者、というのもそうそう居ませんからね。一概に比較も出来ないでしょう」

 まあ、誰でも簡単にじょきじょきやれるのは助かるな。

「ハサミ全般で、極めし者がいたでしょう。人の子よ」

 あー。宇宙人のあいつか?


「いえ、全身タイツでマスクをした人の子ですよ」

 あいつは国に帰ったんじゃなかったか?

「部屋には荷物が残っていましたよ」

 どっかで死んでんじゃねえかね。

「また、ですか。あの人の子は」

「再就職の時、毎回空白期間聞かれて難儀するって言ってましたが。またですか」

 次も苦労すんだろうな。

「人の子も色々ありますね」


 で、頭落として腹割いたら流水でじゃぶじゃぶと。

「臭いは大丈夫ですか? と言うよりも。既に結構なドブの臭いが漂っておりますよ、人の子よ」

 念入りに洗って塩で揉んで金たわしで削れば大体どうにかなる。


「どうにもならない時は焼酎に漬けましょう」

 牛乳でいいぞ。焼酎は呑む。


「そういう訳で私も捌き始めますか」

「貴方の方は包丁で捌くのですね。魔導の子よ」

「私は割となんでも出来ますからね」


 作るのはゼリー寄せだが。

「それぞれ逆のものを作りませんか、人の子よ」

 ぶつ切りうなぎのゼリー寄せを食いたいのかお前。

「それは貴方が食べて下さい人の子よ」


「まあ、こちらは見た目もそれなりに気にしますから安心してください」

 そろそろヌメリも取れたな。それじゃ、ざくざく串を刺して火にかけると。


「人の子よ。ブツ切りの身に縦に串を刺すのはどうかと思いますよ」

 身を開く方は手間かかるんだよ。

「こちらが本来の蒲焼の刺し方らしいですよ。串に刺さるうなぎの身を、蒲の穂に例えたということで」

「本来であっても、見た目の問題です。見た目の」


 イヤなら食うな。

「美味しければいただきますよ。人の子よ」

 じゃあ黙っとれ。

「美味しくなるのですね。約束ですよ、人の子よ」


 前作った時は、食える程度ではあった。

「非常に不安ですよ。人の子よ」

「まあまあ。今回は私もいますから。さて、いい感じに焼けた後に蒸すわけですが」


 これが面倒でなぁ。

「しかし、それをしないと食べられたものではない硬さになると聞いておりますが。人の子よ」

 焼いてタレに漬けて蒸してタレに漬けて又焼いてタレぶっかけて素材の味を殺し切らんと食えたモンじゃねえ魚を、クソ高い金払って食ってるんだからたまらんよな。


「希少生物を食べる優越感が一番のスパイスということですね。野蛮なる人の子よ」

「最後のステラーカイギュウとか、さぞや美味しかったでしょうね」

 そういう気持ちは分からんなぁ。


 食い物なんざ、美味いか美味く食うのに難儀するかのどっちかしかねえだろうに。

「故に、そのような連中こそは野蛮なのですよ。人の子よ」

 そういうもんかね。


「と、言うよりも。貴方の育ちが良いと言う事ではないですかね」

 おれが? 良いか?

「良いと言うよりも古風と云うのです。貴方はわたくしを足蹴にとかしないでしょう。人の子よ」

 さすがに女にそういう事は出来んだろ。


「最近の人はそうでも無いらしいですよ」

 世も末だな。最近の若いモンは。

「最近の若い者は、が出たら年寄りの合図と言いますよ」

 年寄りだからいいんだよ。

「古代の石版にもどうこう。とか言いますからいつまでも進化しないものですね。人の子は」


 おれが最初に聞いたのは、エジプトの落書きに『最近の若い連中は体力が無いからすぐに仕事を休む』って愚痴が書いてあったとかだったな。

「どちらにしても、出所不明の文言なんですよね」


 今にして思えば、頭いいヤツが年寄りコケにするのに言い出したんだろうな。

「エスプリの効いた皮肉というものですかね」


 皮肉と言えば、金タワシだと皮がビリビリになるのが難点だな。

「熱湯で締める方法もあるみたいですね」

 次はそっちを試してみるか。

「次回の課題ですね。それでは、私の方も煮込みに入りますか」

 いきなり煮込むと固くなるぞ。


「美味しく食べるにはひと手間もふた手間も必要と聞きましたがどうするのですか、魔導の子よ」

「確かに。柔らかくするには長時間煮込む必要があります。故に圧縮をかけたいと思います」

 ああ、あれか。

「ほほう。魔導の力を料理に活かすということですね。さすがです」

 ほれ、圧力鍋。

「そっちですか、人の子よ」


「実際、圧力鍋で柔らかくなるかは試してませんので」

 相当のスジ肉でもほろほろになるから、いけると思うぞ。

「何にせよ試してみましょう。下味と醤油と生姜と酒を入れてと」


 結構入れるな生姜。後、酒も入すぎだ。

「臭い消しにはこれくらい必要です」

 じゃー、ネギも入れるか。

「後は寒天を少々。と」


「煮こごりは素材の自体のコラーゲンを使って固める。と、いんたーねっとに書いてありますが、寒天を入れるのですか。魔導の子よ」

 それこそスジ肉でもねえ限り上手く固まらねえんだよ。

「要は固まればいいんですよ」

「いい加減な者たちですね。人の子らよ」

 金とって出すモンでもねえからな。


「不味ければ笑って誤魔化して、後は適当に調味料ぶちこんでご飯で流していただきましょう」

「男の料理というものですね。人の子よ」


 んでだ。ザリガニはどうするよ?

「バケツに移して泥吐きさせています」

 水道水でも大丈夫なんだよなこいつら。


「正直、ハサミ使いの宇宙人の方がひ弱ですよね。ザリガニより」

 元の生態系ぶっ壊して侵略してくる生き物だからな。そら強いだろ。

「それでも、下等生物よりひ弱というのはいかがなものでしょうか」

 なんか、いつも風邪ひいて倒れてる印象しかねえわ、アイツ。

「地球の細菌の免疫が無いとか、火星人並みの事言っていましたね」

 免疫くらい準備できんもんなんかねぇ。


 つうか、ドロ吐かすにしても、二、三日かかるだろ。ザリガニは明日の酒の肴か?

「そう言うと思いまして、バケツには時間経過の魔法をかけました」

「わたくしは、なにか本末転倒なものを感じずにはいられません。魔導の子よ」

「結構疲れるんですよこれ」


 じゃ、ザリガニはドロ吐ききった所で熱湯でシメて、天ぷらでいいか。

「フリッターではないのですか。人の子よ」

 天ぷらの気分なんだよ。

「フリッターに比べれば手間もかかりませんしね」


 で、後はナマズか……。

「食べるのですか。人の子よ。このグロいのを」

「割と美味しいですよ。とりあえず、うなぎと同じく蒲焼にしましょうか」


「ここはボクにまかせてもらおうか!」


 ガララ、と障子戸が開くとそこにいたのはトコヨ荘の古参のテイさんだった。

「ナマズはあっさりした白身の魚だから、蒲焼より天ぷらが一番なんだ。ということで、ボクが特製のなまず天丼を作ってあげよう」

 天丼か。それならタレは蒲焼用のタレぶっかければいいっすかね。


「味噌天丼というものがあるらしいですが」

 そらアレか。また名古屋のくいものか?

「いえ、長野です」

 あそこも何にでも味噌つけるんだよな。


「何にしても、食べたこと無いものは作れないしねぇ」

「では、食べた事のあるもので美味しいものをつくるのです。人の子よ」


 へいへい。ああ、ヒマなら米炊いておいてくれ。

「暇ではありませんが、余裕があるので炊いておきましょう」

 どうせ他の連中も寄ってくるから目一杯頼むわ。


「なまずの天ぷらというのはどういう味なんですかね」

「前に食べた時には肉厚なキスみたいだったなぁ」

 ドロ臭いのを何とかすればイケそうですなぁ。


「ここは貴方の魔導の出番ではありませんか。魔導の子よ」

「清めたりするのは貴方の領域では?」

「できますが嫌です。お腹が減りますので」


 しこたま食わせてやるからやれ。

「仕方ありませんね。女神の加護と云うものを見るが良いですよ。人の子らよ」

 おい、眩しいから外でやれ外で。


「ついでにザリガニの消毒もやってもらいましょうか」

「それは貴方がやっているから大丈夫でしょう」

「いやぁ。美しい譲り合いだねぇ」

 ドロ臭いのをなんとかしてくれればどうでもええっすわ。


 まあ、ここでトコヨ荘に代々伝わる万能だれの出番だなと。

「毎度ながら本当に濃厚な」

「継ぎ足し過ぎて、下の方に何入ってるかよくわからないからね」

 奥の方に変な虫とか入っててもわからんからなぁ。

「美味しければ良いのですよ。人の子らよ」


 んで、蒲焼を漬け焼き繰り返しだな。

「段々良い匂いになってまいりました。やはり万能だれは偉大です。人の子よ」

 大半煮詰めためんつゆだけどな。

「やはりめんつゆは人類の叡智の賜物ですね。人の子よ」


「私の方も煮詰まりましたね。それでは、型に移して冷凍庫に入れましょう。お米が炊ける頃には固まるでしょう」

「わたくしには、これが固まってもグロいように思えるのですが。人の子よ」

 いや、美味そうだろ。イヤなら食うな。

「何度も言いますが、美味しければいただきますよ。人の子よ」


「こう言ったものは、見た目が慣れているかもあるからねぇ」

 本場のゼリー寄せも食ってみれば美味いのかね。

「いえ。あれは現地でも悪食の類です」

 美味く作ろうとする努力はせんのか。

「だからしているじゃないですか。私が」

 お前がやっても仕方ないんだよなぁ。


「天ぷらの用意はご飯が炊けてからでいいかな」

「天ぷらは揚がった先から食らうべし。と池波先生も言っていますね」

 うちの爺さまも同じ事言ってたが、どんな料理も少し冷まさんと味分からんぞ。

「べちゃべちゃ喋ってないでとっとと食え。くらいの意味だろうねぇ」


「酒の席は、食べる飲む以外が主目的だったりしますしね。そんなものより美味いものをいただく事を楽しみなさい。と言っているのかもしれません」

「後の世からならば幾らでも理屈をつけられますからね。わたくしの預言も、小人さんたちは好き勝手解釈して、戦争の火種にしておりますから」


 もう滅ぼせよ。

「そろそろリセットしても良いかと思っている頃ですよ。今度はどうしましょうか。前回の硫黄の雨は中々良いアイデアでした」

 手慣れているお前が怖いわ。


「血なまぐさい話はご飯の後でいいんじゃないかな。まずは、今ある食事を美味しくいただきましょう」

 ちゃんと臭いが取れているといいんだがなぁ。

「初挑戦のうなぎの煮こごりは如何な出来でしょうかね。今から楽しみです」

「美味しい事を祈るばかりですよ。人の子よ」

 まあ、不味かったら酒で流すとするか。


 ぼつぼつと、メシの匂いを嗅ぎつけて住民達がやってくる。


 結構多いな。少しは遠慮しろよお前ら。

「期待してるぞい」

「いつもオレの肉食ってるだろ。たまには返せ」


 天ぷら油に火をかける。

 好き勝手抜かす声に、油が沸く音が混じり出す。

「ナマズの天ぷらで何か商売出来ないかしら」

 お前はいつも金の話だな。

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