第7話 雪隠詰めとポリコレとカレー

 トコヨ荘の便所は共用で、1階の食堂の横にある。

 つまりだ。寝る前にビールでも飲み過ぎたりすると、目を覚ました時には……。


 と、いかん。とろとろしてると間に合わん。

 こういう時は、1階の連中が羨ましくなるなぁ。


 階段を駆け下りて1階の廊下を渡って、食堂の横の便所……の前に、阪神ファンの娘っ子。

「こっから先は通行止めやで」


 いや、便所行くんだよ。その金属バットのけろ。

「せかやら、便所まで通行止めなんや」


 なんだ、またお籠りか?

「ううう。ごめんようごめんよう」

 便所から謝られてもなぁ。


 しゃあない、立ち小便で済ますか。

「待て待て。余には状況がわからぬが」

 ぬっと出てきたイソギンチャク。

 人間大のくそでかい触手の塊だ。

 本体は山よりでかいとか国をいくつか滅ぼしたとか、そんなフカしを来てすぐの頃はよく言っていた。

 そんなん、トコヨ荘では珍しくも無えんだがな。


 で、お前も便所か?

「どっちもこっから先は乙女の尊厳がかかっとんや。一歩も進ます訳にはいかへんで」

 わぁったわぁった。だから金属バットしまえ。


「うんむ。トイレに何者か籠もっとるのは分かるが、誰じゃ?」

「それを言うたらアカンやろ」

 ほれ、よく便所に立つ、おかっぱの。

「うむ。あのリボンの娘っ子よな。それが何故に便所なんぞに籠もっとる?」

 知らね。便秘じゃねえの?


「アンタらなぁ。乙女の尊厳っちゅうもん分かるん?」

「余は根本的に、そのようなのを踏み躙る側であるからのう……」

 まあ、お前は見るからにそんな感じだよな。


「この下宿は女性に優しくないな」

 ここが出来た頃は、こんな下宿に女は住まんかったからな。

「せめて、女子便所作るべきと思わん?」

 おれに言うなよ。


「トコヨ荘の管理人と聞き及んでおるがどうであろうか?」

 そら嘘だよ。誰に聞いたんだよ。

「ほうれ。あのでっかいの」

 あの野郎、覚えてろよ。


「ちゃうんか? そんなら、こういう時誰に言えばええんやろ?」

 知らん。つうか、イヤなら出てけの精神だぞ。この下宿は。


「家賃には代えられんからなぁ」

「この格安家賃は代えられんものである」


 じゃあ諦めるしかねーんじゃねえか。快適さは金払わんと手に入らんぞ。

「そこを何とかならんか言うとるんや」

 知らんわ。つうか、おれは小便してえんだよ。邪魔すんな。


「まあまあ、なんかええ知恵あるんやろ?」

 だからついて来んじゃねえよ。そろそろ限界なんだよ。

「字面だけだと非常にえろい会話なんだがのお」

「乙女の前で丸出しにするなや。ホンマ恥ずかし」


 乙女だったら小便してる男に寄って来んじゃねえよ。

「うむ、貴様もなかなかの大きさよな。余には劣るが」


 おれの知ってる中で、一番でかいのはでかぶつだぞ。

「余よりもであるか?」

 お前の本体見たことねえから分からんわ。


「乙女の前でやる会話やないなぁ」

 だから、女扱いして欲しいなら連れションしてる男に近寄るんじゃねえよ。

「小便中は話題がシモに寄る生き物であるからの。男というものは」


 イソギンチャクお前、やっぱ男なんか。

「なんだと思っておったのじゃ?」

「男とか女とかとは別の生き物かと思っとったわ」

 おれも。


「ほうれこの通り、立ち小便も出来るぞ」

「見せんなや」

 見たくないならしげしげ見るなよ。


「相手に見せないように努力するんが、男女平等という奴なんよ?」

 見たくねえなら、近寄らなけりゃいいだろうに。

「糞溜めに近寄って。臭い汚いと言う意味が分からぬな」

「肥溜め自体無くしたいんやで。そういう人は」

 面倒臭せえなぁ。


「うむ。余のところ等は、男尊女卑が進んでおってな。汚れた女は男と同じ便所は使えぬということになっておる」

 結局別なんだな。

「ほれ、やっぱ女性トイレ必要なんやって」

 だからおれに言うなよ。

「せやかて。誰に言うたらええって話やん」



「ここはボクに任「はいよーいスタート。このタイミングが重要な訳でして」



 ガラッと扉を開けて出てこようとしたテイさんを、弾き飛ばして駆け出したのはおかっぱだった。

「終わったようであるな。お籠り」

 また、急いで出ていったな。おかっぱ。


「結局、何しとるん? 彼女」

 知らんでお前、番をしとったんか。


「そりゃ、乙女の尊厳のピンチやからな」

 まあいいわ。ちょっと大を催してきてたから丁度いい。

「さっきまで女の子が入ってた便所に入るのか。いい度胸だの、貴様は」


 おれは気にせんぞ。

「女の子は気にするんやで」

 出るもんが臭いのは男も女も一緒だろうに。

「それが気になるんやて」

 面倒臭せえなぁ。


「せかやら、女子便所を作れば解決やで」

 そんな金ねえよ。あれだ、金なら銭ゲバお嬢に頼め。

「あの娘は相当なケチであろうが。期待薄ではないか」

「あれや。女の子で金出し合ってやな」


 エロ女なんかは、便所は行かないって公言しとるぞ。

「同様の主張をする者は、他にも何人かおるようであるな」

「出物腫れ物はしゃあないやろに………」

 そのへんが乙女の挟持とかいうやつなんじゃねーの。知らねえけど。


「男女同権というのは複雑怪奇なものだからねぇ」

 お、テイさん復活したんすか。


「差別と区別は違う、みたいな言もあろうが」

「そういう人にとっては、区別がある事自体が差別なんだよねぇ」

 ものすげえ面倒臭せえこってすな。


 うんこ先生がいたら、そんな甘えは言っとられんぞ。

「ああ、いたねぇ。あの人は色々な意味で最強だったね」


「うん……なんや下品な呼ばれ方やなぁ」

「何者ぞ?」

 一言で言えばうんこの先生だな。


「まったく分からぬわ」

 だよなぁ。


 まあ、シモの話なら何でも答えられる奴だったんだが、便所が長いのが欠点で。

「どれくらいなん?」

 3日くらい?

「最大で一週間あったね。あの時は庭に穴を掘ったっけ」


 あの穴まだありますかね。

「それ使お。回りに掘っ立て小屋でもつけて」


 女用の便所か。

「男どもに決まっとるやん」

 そう言うと思ったわ。


「そら、ウチは平等とかどうでもええもん。女の子が外の掘っ立て小屋でするのが論外っちゅうだけの話や」

 素直にそう言うなら可愛げもあるんだがなぁ。

「ウチは可愛いからな」

 言っておけよ。


「であるが、男としても便所があるのに外の穴にしろと言うのは不満を感じるものである」

「すぐに臭くなるしね。それに管理も色々難しいんだよね」


「前はどうだったん?」

 あん時はうんこ先生がいたからなぁ。

「彼が居なかったらと思うと正直ぞっとするね」


「そもそも、その人がおらんかったら穴掘る必要無かったんちゃう?」

 それを言うな。

「それで、便所に使っておったという穴は」


「ここで、テイさんを吹き飛ばしておく必要があった訳ですね」

 どぼん。

「ファアアアアアアアアwwwwwwっw」


 今、おかっぱが落ちた所だな。

「ちょっ!? それじゃあの子肥溜めに……」


 ついてねえ娘だなぁ。

「やれやれ。引き上げてやらんとならぬようであるな」


 助けてやるんかい。偉いなお前。

「紳士である故、な」


 中、うんこまみれだぞ。

「余、そういうのに耐性あるから大丈夫であるぞ?」

 やっぱ、そういうプレイとかしとんのか。

「そりゃあ、触手である以上はそうであるな」


「アホな事言うとらんで早よ助けてやり」

「うむ、娘よ。余の触手で今救い出してやるぞ」


「うんこトラップに触手が! 触手が! エロ漫画みたいに! エロ漫画みたいに!」

 逃げんな。素直に捕まっとれ。

「絶対エロい事される奴だコレ!」

 しねえっつってんだろ。


「仕方ないであるな。触手の本数増やすしかなかろう」

 いっそ、触手で埋め立ててやれ。

「排泄物まみれで触手に追われて。悲惨やなぁ」

「これ、逃げるな」



「ああもう! リセット! リセェエエエエエエエエッッッッットッ!」



  :

  :

  :

  :



 で、お前何しとんの?

「こっから先は通行止めやで」


 お前は金属バットのけろ。便所の前からどけ。

「乙女の尊厳がかかっとるんやで」

 そら分かっとる。二度目だからな。


「ごめんよう。ごめんよう。何回やっても、何回やっても、邪魔が入るんだよぉ」

 お前なぁ。

「後、セーブポイントがトイレとか仕様の変更を要求する」

 これが本当のクソゲーってか。

「よう分からんけど、おもろないな」


 まあ、何やりたいんか知らんけど、今日は諦めろ。メシ作ってやるから、一度落ち着け。

 後、便所開けろ。


「何をつくるのであるか?」

 そういやお前もいたなイソギンチャク。

「食堂やったら、誰かがジャガイモぎょうさん入れとったで」

 買い込んだひき肉が残ってんだよな。そういや。

「肉じゃがを要求する。繰り返す肉じゃがを要求する」

 カレーだな。


「ふーざーけーるーなー。再走不可避」

「ええやんカレー。ウチは好きやで」

「うむ、ソースをかけるのが余は好きであるな」

 トッピングは自由にしろよ。でかぶつがもってきたチーズも残ってたな。確か。


「本格的に行こか。なんか、久しぶりやなぁ」

 おれも最近レトルトばっかだからな。

「それじゃあ、ボクはカレーに合うご飯を用意するとしようか!」

「余はスプーンでテーブル叩きながら待つ事にするのである」

「今夜はホームランやな」


「くっそう。ここは敵ばかりだ!」


 そりゃあ。覚えてないんじゃ、しゃあねえよなぁ。

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