第5話 剣の乙女と一角獣となんか肉
庭がぎゃいぎゃいと騒がしい。
見ると、でかぶつと金色ドリルがサイを虐めていた。
ドリルというか金髪縦ロールだが。
そのばかでかい縦ロールで、上半身の半分以上が隠れている。
揺れる髪の間から見えるのは、腰丈のマントと、じゃらじゃら飾り紐を付けた軍服と、腰から下げた細い剣。。
高いヒールのブーツで器用にスイスイ歩いて、逃げようとしているサイの後ろに回る。
これこれ、子どもたち。罪もないサイを虐めてはいけませんよ。
「まちがい」
おい。急に振り返るな。お前の縦ロール、当たると痛てえんだよ。
「毎度思うが邪魔じゃないのか。その頭」
でかぶつもそう思うよな。
「邪魔だろう?」
ふふん、とか胸を反らされても意味が分からんわ。
「……ん?」
こっちこそ意味が分からんみたいな顔するな。
「言葉が足りないんだよ、お前はいつも」
「…………おぉ」
どうでもいいか、何か分かった時に、ぽんって手を叩く奴久しぶりに見たな。
「首を斬る時に邪魔だろう?」
おまえの首をな。
つうか、そのために毎朝セットしてんのかよ。
「三つ編みよりは楽」
なんで比較対象が三つ編みなんだよ。
「昔」
昔、何だよ。最後まで言えよ。
「昔やってたのか」
「ばあやが」
わかったわかった。
で、なんでお前ら二人揃ってナマモノ虐めてんだよ?
「処女なのだが」
だから意味が分からねえっつってんだろうが。会話しろよ会話。
「ほれ、こいつ。ユニコーンだって触れ込みで貰ったんだがな。ユニコーンっつうと処女に懐くモンだろ、常識」
まあ、確かに言うがな。
「偽物だ」
懐くどころかビビりまくってるじゃねえか。
つうか、サイもビビると腰が引けるのな。
「逃げるから5、6発殴っただけなんだがな」
「上下関係を知らしめねばならぬ」
鬼かお前ら。
「やあ、これは立派なクロサイですね」
相変わらず、どうでも良い事に詳しいな、優等生。
後、相変わらず唐突に出てくるのな。
「魔法使いは神出鬼没なのですよ」
「黒サイって。灰色だぞこいつ」
「先に見つかったのが白っぽいシロサイなので、対でクロサイとつけたらしいですよ」
適当だな。
「生き物の名前なんてそんなものですよ。ニセクロホシテントウゴミムシダマシとかいますし」
テントウムシなのかゴミムシなのかなんだかわからんな。
「テントウムシに似たゴミムシダマシって虫らしいですが」
面倒臭いな。
「でまあ、こいつはユニコーンつう事で貰ったんだわ」
「成程。ユニコーンは、水辺に住む一本角の草食動物で、気性が荒く、自分の領域に入った者、特に水場への通り道を塞ぐ物は、その角で貫かずにはいられぬと言われていますね」
意外と獰猛だな。
「処女以外が近づいたら角で殺すらしいな」
「そしてサイですが。水辺に住む一本角の草食動物で、気性が荒く、自分の領域に入った者、特に水場への通り道を塞ぐと地の果てまで追いかけてきます」
そのまんまじゃねえか。
「ちなみに、モケーレ・ムベンベも初期の目撃情報では、水辺に住む一本角の草食動物で、気性が荒く、自分の領域に入った者、特に水場への通り道を塞ぐと地の果てまで追いかけて来るそうです」
いや、知らんがな。
「ちなみに、サイをサイとして紹介する資料にも、処女に懐く云々の記述があったりしますね」
「懐かない」
剣を抜くな。
つうか、そうやってびびらすから懐かねえんだろ。
「まあ、神秘や怪異でも無い生物に、そういう特性を求めても仕方ありませんよ」
「偽物か」
だから剣を抜いてどうする気だ。
「殺す」
「と言いつつ殺気をオレに向けんじゃねえよ。ぶった斬るぞ」
「斬りやすい場所にいるから」
頭おかしいぞお前。
「正気にて何事もならず」
だから胸を張るな。褒めてねえぞ。
「思うに、ユニコーンの処女云々と言うのも、こういう女性が原因かと」
なんだそりゃ。
「当時、サイの生息地に辿り着ける女性がまともな筈もありません」
「そんな女にゃ男は寄り付かんわな。常識」
「納得した」
いや、意味がわからん。
「んー。昔の冗談で、『性病にならないためには処女とだけ性行為すれば良い』というのがありまして」
まあ、性病に罹って無い相手って意味では間違いない。
「それが、いつの間にか『性病にならないためには、処女と性行為すれば良い』になりまして」
まあ、間違っちゃいないな。
「そいつは聞いた話だな。次は処女とやっていれば性病にならない。だったな」
趣旨が違くなっとるな。
「そして、処女と性行為をすれば性病にならない。まで行き着くわけです」
「故に、処女に病を払う力を持つとの迷信が広まる」
こいつも同じような伝言ゲームがあったと。
「まあ、予想ですが」
確かに、人の噂なんてそんなモンか。
「件のモケーレ・ムベンベもそうですが、人間は聞きたい事を聞きたいようにしか聞けない生き物ですから」
「うむ。それで、処女に懐かぬこのケモノをどうしてくれよう。斬ろう」
即断かよ。人と会話しろよ。
「じゃあ、懐くまで殴るか」
腕力で何でも解決するのやめろ。ビビってるだろうが。
「では、私の魔法で一つ」
ちなみにどういうのだ?
「動物操作系は沢山ありますよ。概ね脳を弄るのですが」
サイが逃げたぞ。
「大丈夫だ。鎖で繋いでる」
おうおう、サイが引きずられとるわ。
つうか、言葉通じてるんじゃねえのか、このサイ。
「だとしたら貴重なサンプルですね」
お、また逃げた。
「往生際の悪い奴だな」
鎖が食い込んでる所、血が出てるじゃねえか。動物虐待だぞ。普通に。
「オレんとこにそんな言葉があると思うかよ、常識」
まあ、ねえわな。
「ここはボクに任せてもらおうか」
と、そこにはトコヨ荘の古株で何故か両手にニンジンを抱えたテイさんの姿があった。
で、そのニンジンは何なんですか。
「ちょっと異世界栽培の可能性を試してみたんだ」
「ニンジン無双は珍しいですね」
「イモじゃなくっちゃならん理由はないわな」
ニンジンにする理由も無えんじゃねえかなぁ。
「でもやっぱり、収穫の問題で主要産業には出来ないね。仕方ないね」
「まず、ニンジンだけ食えと?」
ジャガイモだけでもキッツいけどな。
「まあそう言う訳で、失敗の余り物なんだ」
「すべて理解した」
いきなり会話を飛ばすな。
あー、つまりこのニンジンを食わせて懐かせると言うことっすか?
「そうそう。動物を慣れさせるためにはこれが一番だよ」
まあ、畜生でもエサをくれる相手は覚えるらしいから間違っちゃいないかな。
「そう言や、こないだの犬娘はどうした?」
知らん。最近見ないな。
「出てったか」
別に飼ってた訳でもねえし。
「犬にエサくれる時は唾液とか混ぜるといいらしいぞ。やってやったか?」
誰がやるか。
縦ロールはやってみるか?
「イヤだ」
汚ねえもんな。
まあ、いいんじゃねえの。餌だけでもやってみりゃ。
「うむ」
おい、逃げてる相手に歩いて近寄っても追いつかねえぞ。
「と、思うだろ?」
なんか知らんが、気付くと手の届く距離だな。
「歩法の極みって奴だねぇ」
「気ぃ抜くと間合いの中にいるからビビんだよな、あいつ」
お前、一応達人とかそういうのだろ。
「一応じゃねえんだが」
「後、間合いに入ると斬りかかる素振りを見せますね」
ただの殺人狂じゃねえか。
「斬れるなら、抜かない」
斬れないなら抜くって事じゃねえか。
「百手まで読んで、斬れなかった事はない。大丈夫」
「オレ、あいつの間合いに入んねえようにしとるわ」
「お前、他がいる時は間合いに入れない。斬り難い」
「一人でもやめろ。頭を叩き潰すぞ」
頭おかしい人間の会話だな。
「それで、ニンジンの首尾はどうかな?」
「食べない」
腰引けてるからな。食う所じゃねえよ。
「ちっ」
だから抜くな。振るな。角を切り飛ばすな。
「反撃しようとした」
嘘つくな。
「まあ、一瞬そんな雰囲気は見せたな」
「本当に一瞬でしたが」
だからって角切るなよ。
「ユニコーンがナノコーンになっちゃったねぇ」
ちょっと細いカバっすね。
「そういや、角には病気を避ける力があるとかって言うじゃねえか」
「サイの角は毛を角質で固めたものですから、煎じて飲んでも吸収すらされませんよ」
毛と角質か。不味そうだな。
「角なし一角獣じゃ話にならねえな。どうするかなこれ。食うか?」
お、逃げた。
「往生際が悪い奴だな」
「キリンの丸焼きを食べた事はありますが、牛の仲間だけあって牛肉みたいな味でしたね」
「カバは河の馬ってくらいだから、桜肉みたいな味がするのかねぇ」
カバもキリンも種類が違う生き物じゃねえっすか。
「脂が乗って美味そうじゃねえか?」
むしろ、脂ばっかで不味そうだな。
「脂と塩がありゃ、大体の肉は美味いだろ」
歳食うとそういうワケにゃいかねえんだよ。脂が多いと胸ヤケがするようになってな。
「貧乏飯に慣れると、高級肉を胃が受付無くなるんだよね」
「霜降り黒毛和牛の肉も脂っぽすぎて、歯ごたえも無いから不味い。って感じるらしいですね。私は大好きですが」
奢ってくれるなら食うがな。
「今度しゃぶしゃぶやりましょう」
「じゃあ、ウチんとこのいい肉を持ってこさせるわ」
「ボクも野菜と卵は用意するよ」
よし、約束だぞ。
「では、開きだな」
だから剣を抜くな。
「しゃぶしゃぶ?」
それは後だ。サイでしゃぶしゃぶもしない。
「うむ。とりあえず殺す」
とりあえずで殺すな。
ああもう、ビビるの通り越して腹見せてひっくり返ってるじゃねえか。
「服従のポーズですね」
命令すれば従うんじゃねえの、これ。
「……ユニコーン?」
髪の毛と角質だから角は生えてくるんじゃねえの。
「…………立て」
お、立ったな。
「眼は完全に怯えてるがな」
「乗せよ」
頭下げたな。
つうか、完全に言葉通じてるな。
「苦しゅうない」
一本角に二本ドリルが乗ってるってのも凄い光景だな。
「トリケラトプスですね」
「アンバランスなりに絵になる光景だね」
「うむ。くれ」
どストレートだな。
「まあ、いらんからやる。どうせ食って不老不死にゃならんだろうし」
「無いですね。普通よりは頭いいみたいですが、タダの獣です」
「例え不老不死になっても辛いだけだしね」
回りの人間が寿命で死んでいくあたりで、死にたくなるんだよ。
「体験したみたいに言うなお前」
「騎馬の剣か」
サイの角も使う気かね。
「当然」
どういう戦い方になるのな、想像もつかん。
「さて、一件落着という事でこれからどうするかな」
「しゃぶしゃぶ」
それは今度だっつってんだろ。人の話聞け。会話しろ。
「とりあえず、この人数だと鍋ですかね」
「今あるのは、ニンジンと白菜くらいかなぁ」
「オレの手持ちはねーぞ」
肉が無い鍋じゃなぁ。湯豆腐くらいしかねえな。たしか、豆腐なら食堂にあった。
「ゆどーふ?」
昆布を入れた湯で煮た豆腐を削り節混ぜた醤油で食う鍋だな。
「美味い?」
貧乏人の友だな。
「私の実家の湯豆腐はちゃんと鍋ですよ」
いや、湯豆腐って言ったら鍋の真ん中に醤油入れた器浮かべて、豆腐掬うあれだろ。
「鍋に白菜と野菜と豆腐入れて煮込む鍋でしたね」
そいつはただの肉なし水炊きじゃねえか。
「ボクとしても、その湯豆腐は興味があるね」
「腹が満ちるならなんでもいいぞ」
「しゃぶしゃぶ」
それはまた後だっつうの。
ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てながら食堂に足を向ける。
急に吹いた風が庭の雑草を揺らせて。
運良く生き残ったサイがその上にへたり込んでいた。
まあ、今日は運が良かったな。
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