第4話 煙とヒラタコオロギと兜虫
「ああぁ。もういっそ誰か殺してぇ」
廊下にダメ女が転がっていた。
パツキン半裸で乳も尻もでかくて丸い。
これで中身がマシなら助ける奴もいるだろうに。
「ここは、わたくしに優しくするのがセオリーではありませんか。人の子よ。フラグが立ちませんよ」
うっせ。
ほれ、邪魔だどけ。
女を跨いで通らせんじゃねえよ。
「そう言わずに。助けると思って話だけでも聞くのですよ。人の子よ」
這い寄ってくるな。なんかいやらしいんだよ、お前。
ていうか、またアレだろ。お前んとこの鶏頭どもがやらかしたんだろ。
「その通りです人の子よ。先日、わたくしが守護する
もう滅ぼせよ。
「そんな、ひどい。それでどうしましょう、人の子よ」
滅ぼせよ。
「そんな、ひどい。それでどうしましょう、人の子よ」
無限ループかよ。
「そんな、ひどい。それでどうしましょう、人の子よ」
いい加減にしろ。
「大体、他を攻められる兵力揃ったなら攻めない理由な無いよね」
ゲームチャンプ的にはそうだな。ってか、HMD外した顔、久しぶりに見たな。
「なんか、お嬢がバルサン焚くってさ。精密機器だしビニールかけないと」
こっちも全滅作戦か。
「わたくしの方は全滅作戦ではありませんよ、人の子よ。愛のある意見を下さい。愛のある意見を」
お前んとこのクソ小人に愛なんてねえよ。
「そんな、ひどい。それでどうしましょう、人の子よ」
それはもうええっちゅうんじゃ。
「それなら提案。お隣に同程度の戦力を持った部族を置くとか」
「武力の均衡ですね。去年ころ、それをやって際限ない武力増強の末双方共倒れになりました。あそこからのリカバリーはきつかったです。人の子よ」
もう滅ぼせよ。
「正直、小人さんたちは一世代が短いのと多産なので数体残っていればあっという間に増えます。増えすぎて困ります」
ゴキブリみてえだな。
「難易度ナイトメアだね
「はいはい。エロ女の所のゴキブリはどうでもいいから! こっちのゴキブリの対処が重要よ!」
前回からそればっかだな、お嬢。
「わたくしの小人さんとゴキブリを一緒にしないでください」
悪知恵働く分、ゴキブリより性質の悪いからな。
「小人さんの悪知恵は、主に言い訳と屁理屈に使用されるので、行動パターン自体はゴキブリと変わりませんよ、人の子よ」
もう滅ぼせよ。
「いいから。バルサン山程用意したんだからさっさと準備してよね。このアタシが買ったんだから。自腹で! このアタシが! 自腹で! しかも自腹でっ!!」
自腹に拘るな、お前。
「他人のためにお金を払うなんて、本当なイヤでしょうがないけど、最終的には自分のためになるからね。涙を飲んで融資してあげるんだから、ありがたく手伝いなさい」
へいへい。一部屋一つでいいんだな? 火ぃつけて、投げ込んで。フスマを締めると。
「ここは一部屋二個行こうよ。確殺以外は無駄行動と言う名セリフもあるし」
ねえよ、そんなセリフ。
まあいいや、もう一個火ぃつけて、投げ込んでと。
「他人の金だと思ってアンタねー」
「いちたりないで残った奴に場を荒らされる。ってのは、ゲームに限らずあるあるネタだよ」
「ぐぬぬ」
つうか、もう二個投げ込んじまったぞ。
「仕方ないわね。やるなら徹底的ってのは確かにそうだし。でも、無駄には使ったら許さないわよ」
頼まれたってやらねえよ。
それじゃま、一部屋一つでいいんだな? 火ぃつけて、投げ込んで。フスマを締めると。
「それで、わたくしの問題はどなたが解決してくれるのでしょうか」
自分でやれよ。
それはともかく、火ぃつけて、投げ込んで。火ぃつけて、投げ込んで。フスマを締めると。
「そんな、ひどい。それで、わたくしの部屋の分をいただけますか?」
使うんかい。
まあいいや。ほらよ、火ぃつけて、投げ込んで。火ぃつけて、投げ込んで。フスマを締めると。
「念入りにやりますので、もう2個くらい余分にお願いします、人の子よ」
「だ~か~ら~。無駄にすんなって言ってるじゃないの! 欲しければ自分で買ってきなさいよ」
こいつん所じゃ売って無いだろ、バルサン。
「虫避けの薬草を燻すくらいはしますよ。ゴキブリは死にませんが」
「というか、ゴキブリは冷気属性攻撃に弱いんじゃなかったっけ?」
北海道には居ないって話だな。
べちゃくちゃ喋っちゃいるが、手の方は半分自動的に火ぃつけて、投げ込んで。を繰り返している。大分慣れてきたな。
「後、暑すぎても死ぬようですね」
思ったよりひ弱だな。
燻した煙から飛び出してきた一匹がひっくり返って動かなくなる。うし、効いてるな。
「一世代が短くて多産ですからね。割と簡単に全滅しますが、油断すると一気に増えるのです」
お前んとこのクソ小人じゃねえか。
「それって、バルサンで全滅させても意味無いって事なワケ? もしかして、アタシの出費は全部無駄!? そんな、マジでっ!?」
「霧のやつならバリア効果があるらしいよ」
前にやった時は、ゴキブリが部屋に入るなり死んでたな。
お嬢が金を出すならそっちに替えてもいいぞ。
「お金が余計にかかるのは絶対イヤ。それに何か、身体に悪そうじゃない」
「身体の事を考えるなら、このような貧乏下宿にいない方がよろしいですよ。人の子」
その割に、不思議と病気で倒れる奴がいないんだよな、ここ。
火ぃつけて、投げ込んで、殺虫剤を満載した煙がもうもうと吹き出してくる。それでも咳き込む奴すらいやしない。
「病気しそうもない連中ばっかだからねぇ」
「アタシはか弱い女子高生なんだけど」
煙吹き出すバルサン持って平気な面してるか弱い女子高生とか見たことねえわ。
「わたくしはか弱い女神ですよ」
お前はもう、何を言ってるのかわからんわ。
お、待て待て。おれの部屋はおれがやるわ。
ちょいっと、酒瓶を真ん中に寄せてだな。
「汚ったない部屋ねぇ。ちゃんと隅まで薬届くの?」
うっせ。それならもう二、三個寄越せよ。
「とりあえず、フスマはちゃんと開けないとダメじゃない?」
「それから一つは押入れの隅に入れると良いですよ。人の子よ、複雑な地形にも行き渡るように設置するのです」
流石に手馴れてるな。
ほらよ、押入れの端と部屋の四隅に置いて、と。
「流石にとか言わないで下さい、人の子。点火は出来るだけ同時がよろしいですよ。まあ、数秒程度は誤差ですが」
「そう言う事言ってると、数秒が数分になっていくんだよね。この業界」
どの業界だ。
「はいはい。設置したらとっとと点火。で、次の部屋に行くわよ!」
へいへい。点火して、フスマを閉じる、と。
「さすがに六個も使うと、隙間から出て来る煙もすごいわね」
他の部屋から出て来る煙もそろそろ凄い事になってきたけどな。
「視界悪いなー。アンブッシュ余裕ですって感じ」
そのゲーム脳どうにかしろ。
「燻製が出来そうですね、人の子よ。わたくしは何だかお腹が減りましたよ」
燻製って、出来るのはゴキブリのだが。
「ゴキブリなんて平べったいコオロギだって言ってたじゃない、アンタ」
コオロギも食わんぞ。
「バッタは食べるでしょ。てか、アレって美味しいの?」
砂糖混ぜた醤油を浸した紙みたいな味だな。後、イナゴな。
「ほとんど完全に佃煮の汁の味だけじゃない」
「わたくしの所ではイナゴは魔物扱いなのですが。人間の食欲とは一体」
昔の人は不味いモンをそうやって無理矢理食ってたんだと。ウナギもそーだな。
「わたくしはウナギを食べたいです」
最近高くてな。
「優等生にゼリーよせをつくってもらおう」
「蒲焼きが良いです、人の子よ」
最近高くてな。
「白焼きでもいいですよ、人の子よ」
最近高くてな。
「ひつまぶしというのがあるらしいですね。人の子よ」
最近高くてな。
「まるで倦怠期の夫婦のような会話だね」
お前んとこの夫婦は倦怠期にならんのか。
「ウチはお互いベタぼれだから大丈夫」
「うっざ」
「リア充は死ねばいいと思いますよ、人の子」
死ね。
「割と酷い事平気で言うよね。みんな」
堂々ノロケられりゃなぁ。
「はいはい! 無駄話しない! 次行くわよ次!」
へいへい、次はでかぶつの部屋な……って留守か。
火ぃつけて、投げ込んで。火ぃつけて、投げ込んで。フスマを締めて、っと。
そういやこいつはいいけど、勝手に入ると危ねえ所あるよな。優等生んとことか。
「あそこはまだマシじゃない? 先生の所なんかはマジでやばい」
「先生ってどっちよ? 白い方?」
「そうそう、白い方」
腹が黒い方か。
「魔法使い系は大体危険ですね。わたくしもその辺りはやりたくありませんよ」
「その辺はアンタよろしく」
ほー。それなら引き受けてやるわ。
じゃ、俺は上行ってるから、この先はお前らやれよな。
「珍しく素直ね。何か変な物でも食べたわけ?」
「わたくしは何か食べたいですよ、人の子よ」
うるせえよお前ら。
「奥の方ね」
ゲームチャンプが眺める先、廊下は延々と奥まで続いている。
「……奥の方、かー」
続きすぎてて地平線が見える。それでも端は見えない。
「うん、俺も上行くよ」
それが賢明だな。
「待ってよ! 奥って、どんな所よ!? 何があるワケ?」
何がつうかなぁ…………。
「えいえん、かな?」
もうもうと立ち込める煙の中から現れたのは、かなり奥の方に住んでいる、トコヨ荘の古株のテイさんだった。
「永遠ですか。人の子よ」
「敢えて言えばですね。あと漢字じゃなくて、ひらがなでえいえん」
その辺拘るなぁ、テイさんは。
「小さな違いが大きなニュアンスの違いになるからね」
「それで、そのえいえんってのは何なのよ!」
説明するのは難しいんだがなぁ。
まあ、奥の方をよーく見てみろよ。なんか空気がゆらゆらしてるだろ。
「陽炎みたいね」
「空間が歪んでいますね。わたくしには分かりますよ」
そういう連中がいるそういう所ってこった。
「最奥部は、虚無ってるからねぇ。突然空間が割れて宇宙”が”飛び出すとかは起きても不思議は無いよ」
「どういう世界ですか」
昔はそういうのがゴロゴロいたんだよ。
「優等生とかとんでもない奴と思ってたんだけど、上には上がいるのか」
「みんなが競って、トンデモ無い何かと化していった時期があってね」
バブルの頃は色々狂ってたな。
「札束を本当に燃やす人間が現実にいたからねぇ」
「お祖父様の体験談で知ってた」
「頭おかしいお祖父様ですね。頭おかしい人の孫よ」
「うっさいわね!」
勿体ねえよなぁ、その金をおれにくれよ。
「それは同意ね。じゃ、そろそろ三階に移って終わらせましょ。ちゃっちゃとやってお昼にするわよ!」
「奥の方やっぱ諦める?」
あんな所で生きていけるゴキブリいねえよ。
「生きていけるのならば、殺虫剤くらいは意味が無いでしょうからね、人の子よ。わたくしはともかくお腹が減りました。お昼は何にしますか?」
お前はゴキブリの燻製食ってろ。
「わたくしはウナギの蒲焼が食べたいのですよ。人の子よ」
魚屋から貰ってきた蒲焼きのタレやるから、メシにかけて食えよ。
「蒲焼きのタレがあるなら、それで鳥の照り焼きが良いでしょう。鳥はわたくしが提供いたします」
お前んとこの小人だったら食わんぞ。
「割と美味しいですよ、人の子よ」
つうか、可愛がってる連中を食うなよ。
「食欲失せるなぁ」
「捧げている方は名誉の人身御供なんだろうけどねぇ」
「勿体無いじゃないですか。それに味はちゃんと鶏ですよ、人の子よ」
そういう問題じゃねえよ。
「それがダメならウナギの蒲焼きです。これは譲りませんよ、人の子よ」
だからお前は、ゴキブリ食ってろよ。似たようなモンだろ。
「虫は却下です。絶対に食べませんよ」
「おいおい、凄い煙だな。何やってんだよ?」
「こうも視界が悪いと、迷いそうだのう」
「一本道なのにか?」
「一本道でも迷うのがここじゃろうが」
煙の中から出て来たのは、でかぶつのいかつい顔と、ガンマンじいさんのヒゲ面だ。
しかし珍しい組み合わせだな。
「オレんところの下っ端から貢物があってな」
「吾輩がBBQにしてやろうと言う事じゃな」
BBQなら外でやれよ。後、おれも混ぜろ。
「安心せえ。外に準備してあるし、量もあるわい」
「じいさんが分厚い鉄板が欲しいっつうんでな」
鉄板つうとお前の獲物な。
「いいBBQをやるには、熱をよく通す鉄がええんじゃが、厚さが無いとすぐに冷えちまうんじゃよ」
まー、握り潰すよりゃマシな使い方だわな。
「本格的にやるね。それで貢物って?」
「兜虫」
「わたくしはいりません」
ノータイムかよ。
「美味めえんだけどなぁ。いらねえならいいぜ」
「カブトムシって食べる所少なそうなんだけど、どうなんよ?」
ガキの時にひもじくて齧った事あるけど、土臭さいぞ。
「食うなよ。つうか、そっちのカブトムシじゃねえよ。あんなもん食えるワケねえだろ常識」
確かに食えたもんじゃなかったわ。
「で、違う方のカブトムシって何?」
「兜虫は兜虫だろ常識。ほれ、頭くらいの大きさで脚が子供の背丈くらいある……」
バケモノじゃねえか。
「モンスター飯という新しいジャンル」
「新しくも無いわよ」
「当然食べませんからね、わたくしは」
「要は地べたにいるカニだ。美味いぞ」
「まあ、見た目もカニみたいだったぞい」
「同じ節足動物だから味も似たようなものだろうね。ファーブル昆虫記でも、セミは海老に似た味がすると書いているね」
食って美味いなら食うぞ。
「見た目はともかく、味がカニなら食べる」
「ちゃんと調理してよね」
「わたくしは……」
「食べないんでしょ」
「美味しいなら食べますよ。人の子よ」
「食べないって言ったじゃないの。神様がウソつくわけ」
「ウソはつきませんが前言を撤回するだけです」
適当だな、おい。
「待て待て、喧嘩すんな。食いきれないくらいあるから安心しろ」
「それなら良し」
「わたくしもいただきます」
陸上カニの巨剣焼き、って書くと美味そうだな。
「今の獲物は大鎌だぞ」
「いかにも、命を刈りそうな形をしてるね」
釜だったら良かったんだがなぁ。
「今度、でかい釜を作らせるわ」
「釜でどうやって戦うんだよ」
「ぶん殴れば大体死ぬ」
「お前さんの馬鹿力でやればそうじゃろうがの。しかし、わびさびとかは無いんかい」
「本気で振って壊れないなら鉄の塊だろうが、丸太だろうが構わんな」
だろうなぁ。
まあ、とっとと飯にしようや。飯の話をしたら腹が減ってきたわ。
「その前に三階の燻しをやるわよ! ほら、とっととやる!」
へいへい。
「おいじゃあ、ワシは下で準備をしておくわい」
「荷物持っていくわ」
「ぼくも手伝いに降りるとするかな」
「ではわたくしも」
「じゃあ俺も」
「全員下に降りるんじゃないわよ! ほら、でっかいのとお爺さん以外は上に上がるわよ!」
煙の中でお嬢ががなり立てている。
他の連中はどうにかサボろうと言い訳を始め。
おれは煙の中にひっそりと隠れて。
「ほら、アンタも逃げない!」
あっさりと捕まった。
殺虫剤の煙はゆっくりと廊下を満たし、空間の歪みまで達して消えていく。
まあ、そこから先は必要ないだろうし。
おれはバルサンを両手に持って階段に向かう。
どうせお嬢は引かないし、それならとっとと仕事を終わらせた方が早いだろう。
外からは、嗅いでいるだけでも腹が減る、香ばしい煙が上がっていた。
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