第3話 魔女の箒とバーベキュー
駐輪場には馬がいた。
「どうした? こんな朝から珍しいのう」
それとガンマン姿のジイさんも。
ジイさんの方は馬の世話か。
「生物じゃからな。日々の世話っちゅうもんが重要なんじゃよ」
そこは馬を繋ぐ所じゃないけどな。
「跨るモンを置く場所なんじゃろ。間違いではなかろうが。屋根もあるし水場も近いしの」
水道の水、共用なんだからあんま無駄遣いすんなよな。
「馬繋いでいるのはええのか」
文句言う筋合いねえし。どうでもいいわ。
「管理人みたいなモンだって若いもんが言っておったぞ」
違げえよ。金ももらってねえのに誰がやるか。
「世知辛いのう」
それにあれだ。ジイさんが初めて馬を繋いだ人間、ってワケでも無えし。
「自転車を置く場所、って割には半分くらいは別のモンが置いてあるからの」
地平線の向こうまで続く駐輪場には、色々な物が突っ込まれている。バイクなんかはまだまともな方で、馬やら、鹿やら、牛やら、象やら、なんかよく分からん機械の塊やら、体育座りをしているロボやらまでいる。
まあ今回は、その「別のモン」はどうでもいいんだが。
「普通の自転車をどうするんじゃ?」
古いの2、3見繕ってメシ代にするわ。どうせ誰も使わんし。
「それは素晴らしい事ね!」
どこに居たのかは知らないが、話に割って入ってきたのは、どこから見ても女子高生だった。
女子高生らしくない所は、ゴツい革のベルトを巻いているのと、そこから金貨の詰まった革袋と大福帳を下げている所くらいだ。
「森羅万象ありとあらゆる存在は流通してこそ価値があるの! お金も! 物も! 後、お金! 特にお金が!」
お前、キンキンした声してんだから、あんま大声出すなよ。
「物やお金を仕舞っておくなんてのは資本主義では悪以外の何者でも無いの! 例えば先物! あれはつまるところ資産家の時限式マネーゲームでお遊びの時間が過ぎたら必要とする人に適正価格で返さないといけないんだけど、それを理解出来て無い素人が手を出すと使い先のない大量の在庫を抱える上に、その在庫分だけ供給が下がるつまり値段が上がるという事なの! 適正な需要と供給そして価格があって初めて資本主義は繁栄出来るの!」
話長えなぁ。
「話が長いの」
「アタシが小さかった時、ひいお祖父様の遺品整理があったんだけど、そこで『億万両の財宝の蔵』ってのがあったの! でも、中にあったのは蔵一杯の砂糖。一体何事かと家族は思ってたけど、アタシには分かったわ! ひいお祖父様は先物で負けたの! その屈辱を忘れないように、負けた分の砂糖を蔵に積み上げたの! そして、それを教訓に投機で財産を築いて、やがては財界を裏から支配するほどになったの! 本当に凄い人なのよ、ひいお祖父様は!」
よく使う自転車は大体手前にあるからスルーとしてだ。奥は奥で妙な物の割合が増えるんだよな。
お、このへんの古臭いのなんかいいな。
「いっそ、一番新しいのにすればよかろうが。ろぉどなんとかとか言う奴はどうなんじゃ?」
あんま新しいと面倒なんだよ。登録がどうとかで。
「面倒じゃの」
「そんなワケで! 貴方の儲け話にアタシが投資しようって言うわけ!」
明日のメシになりゃそれでいいんだがな。
「欲かくとロクな事にならんのが世の中じゃぞ。お嬢」
「逆よ逆。半端をするからロクな事にならないの。千円が五千円になるのなら、十万百万突っ込んで五十万五百万に替えなくちゃ。それで幅を増やした儲け分を新たな投資を行う事! それが世のため人のためになるのよ!」
あー、うっせえうっせえ。
「まあええじゃろ。で、売っぱらうとして、ええのか。元の持ち主は文句言わんかの?」
いつの間にかどっか行っちまった連中だからな。今頃どこで何してんのか。
「どこぞで野垂れ死んどるか、それともどこぞに居着いたか、と」
そんなんでもまあ、こんなボロアパートにいつまでもいるよりゃマシだろーなー。
「いつまでもいる人の言葉とは思えないわね」
そりゃ、おれは出てく理由ねえからな。
「我輩らはいつか出て行く客だと」
違うんかよ?
「確かに違わないわね。アタシはこれから昇っていくわよ。どこまでもっ!」
「我輩はどうかのう。ここはここで居心地良いからの」
そんな事言ってる奴からいなくなるんだよな。お、ほれほれこいつとか。
「なんじゃ、それは?」
箒だよ。
駐輪場の片隅で埃を被って立て掛けられていた箒を引っ張り出す。
しかしこいつは、相変わらずでかいし重いな。
「ホウキって……金属製なんだけど」
まあ、持ち主が箒って言ってたんだから箒なんだろ。
「先についてるのがロケットエンジンなんだけど」
そいつのところじゃ箒にエンジンついてるんだろ。
まあ、持ち出すのに難儀するほど重いのは勘弁して欲しいけどな。
「そもそも、何でこんな所に箒があるのじゃ?」
そら、跨る乗り物だからな。こいつで掃き掃除でも出来ると思うか?
「やっぱ飛ぶんだ。これ」
「持ち主は魔女といったところかの」
どーだかな、やたら背の高い美人だったな。
「ほうほう。なんぞ浮いた話でもあったかの」
浮くより、箒ぶん回して飛んだり、ロケットで色んなもんふっ飛ばしたりする事の方が多かったな。
まあ、トコヨ荘にはあんまり長くはいなかったな。
「浮いてても飛んでても、今その人が幸せなのを祈るわ。これでお金儲けをする立場としてはね!」
やっぱこいつで金を稼ぐ気か。
「とーぜんでしょ! さあ、何かアイデアは無いの?」
丸投げかよ。
「アタシは投資家であって、起業家じゃないもん」
おれも違げえよ。
「普通に売れば良かろう。飛行機作る会社とかそういうのがあるじゃろ」
「売ったらそれで終わりでしょ。販売じゃなくて商売にしなくっちゃ。むしろ、新たな金融商品が欲しいのよ、アタシは」
だから商売にするつもりはねえんだっつうの。
「まあまあ、とにかく動かしてみてよ。動けば何かアイデアとか出て来るでしょ」
面倒臭えなぁ。
んー、ガスはそこそこ入ってるな。それじゃスターター引いて、と。
「発電機みたいね」
んで、点火するってぇと。
ほれ、でかい音立てて飛んでった。
「うむ、見事に飛んだの」
飛行機雲を残して空の彼方へな。
「意味ないじゃない! どうするのよ!」
箒はお星様になったんだよ。
「これがホントのほうき星じゃな」
「だからバカな事言ってないで。ああ、アタシの儲け話が飛行機雲と共に……」
で、どかーんと、落ちてきたな。
「飛び立ちゃ落ちるのは当然だの」
おうおう。見事に地面が抉れとるな。
「どこまで昇って落ちてきたのやら」
そういや、さっきどこまでも昇るって言った女がいたな。
「はいはい。どうでもいい話はどうでもいいわ。それよりも、これでどうやって金儲けするかを考えなくっちゃ」
その前に、クレーターの真ん中で盛大に火を吹いてるロケットを誰が回収するかだな。
「制御装置とかあるでしょ。ほら、先の方にスロットルっぽいのがあるし」
そうだな。
「アンタ行きなさいよ」
嫌だよ。
「なんでよ。男でしょ!」
嫌なモンは嫌だっつうの。
「やれやれ。そういうのは我輩の仕事かの。ちょいと待っておれ」
あんまり甘やかすとクセになるぞ。
「この歳になると娘っ子が可愛いく思えてくるもんでの」
おれは若い頃から娘っ子は可愛いと思うが。
「それなら、アタシをもっと可愛がりなさいよね」
お前は可愛くねえんだよ。
「心外ね。うちんところじゃ美少女で通ってるんだけど」
お前は根性が可愛くねえんだよ。
「顔は可愛いって事ね!」
しつけえ女だな。
「いちゃつくのはそれくらいにせえ。ふむ、この握りで火力の調整をするのじゃな」
「中々いいじゃない。後、いちゃついてないから」
はいはい、好きにしな。で、どんな具合だ?
「こう見えて我輩、跨る事と撃つ事にかけてはちょっとしたモンじゃよ」
それは見れば分かる。
「ハイヤッ! こりゃ、言うこと聞かんか、っとっとっと……」
ひょいと跨るジイさんに、箒は火を吹きながら暴れ出し……
「あ、浮いた」
おー、大したモンだ。どうにか乗れてるじゃねえの。
「上手く行ったらおじいちゃん使って金儲けする手段を考えないとね。保険とか債権転がす系のやつ」
ジイさんが生きて帰るか掛けるとかか。
「そうそう。勝ち馬券を取引所で転がすとかそんな感じで、先物取引的に」
「いや、それじゃ全然ダメだね!」
と、現れたのは元大手商社マンでトコヨ荘の古株のテイさんだった。
「金融商品としての価値を考えるなら長期的な投機に耐えるシステムを作らないとダメだよ」
「うちんとこ、金融はギャンブルの範囲なんですよねー。現地民を調教できる商品を考えてるんですが」
「それなら余計に投機に走るのは良くないかな。分かりやすい形での投資とリターンの図式を広めないと」
「社会契約論以前の段階なんですよねー、うち」
お、なんか難しい話になってきたな。
「で、我輩はこの暴れ馬にいつまで跨っとればいいのかの」
あの女としては、もうどうでもいいっぽいぞ。
「さんざ引っ掻き回してそれかい。我輩泣いちゃうぞ」
だから甘やかすなってんだよ。危ねえからとっとと降りろよ。
「言われんでも、そろそろ限界じゃわい」
やっぱバランス取るのとかが難しいか。
「いやいや。そっちの方は慣れれば大丈夫じゃが……まあ、あれよ。魔女に男がいない理由が分かったと言った所かの」
ああ、食い込むからな。
「もう一度乗れというなら、鞍でも用意せんとな」
「綺麗に落ちたの」
オチより売っぱらう自転車のが重要なんだが。
「今日のところはええじゃろ」
晩飯どーすっかなぁ。腹減ったなぁ。食い物無いんだよなぁ。
「わーったわーった。バーベキューやってやるからちょい待っとれ。肉持ってきてやるわ」
うへへ、毎度。
「よし。それならぼくも何か持って来ようかな。野菜なら売るほどあったはずだし」
「売れるなら売りましょうよー」
うっせ。お前も貯めこんでないで何か出せよ。
「そーゆーアンタも何か出しなさいよね」
「ほれほれ。いちゃついでおらんでブロック積んで炭入れんか」
いちゃついてねえっつううの。
「炭火とか面倒くさーい。ガスとか無いの?」
なんと、調度良く火を吹く箒がここにある。
「なんだかんだで役に立ったわね。それ」
まーな。空も飛べるしバーナーにもなる優れもの。今ならたったのイチキュッパ、って所か。
「……肝心の掃除には使えそうも無いし、箒として生まれて、一度も掃除に使われないって、どんな気持ちかしらね」
箒に気持ちもクソもねえだろ。
「今度掃除する時に使ってあげなさいよ」
掃除機使うわ。
というか、掃除自体やってねえよ。
「汚ったな!」
うるせえ、お前が来るわけじゃねえんだからいいだろ。
「一部屋でも汚いと、そこがゴキブリとかの温床になるのよ」
ゴキブリなんか平べったいコオロギじゃねえか。気にすんなよ。
「流石の我輩もその意見にはドン引きじゃよ」
「ゴキブリは所謂不快害虫だけど、清潔なものでも無いからね」
「汚ったな! 汚ったな! ねえ、BBQが終わったらバルサン炊きましょバルサン!」
箒は調子よく炎を上げている。
「好調だね。こいつも仕事が出来て嬉しいのかな」
「魔女の箒だったら人格くらいあるかもしれないし」
「そうで無かろうと、道具ってのはちゃんと使ってやれば答えてくれるものなんじゃよ」
まー、こいつは末永くバーナーとして使ってやるかな。
「箒としても使ってやりなさいよね」
嫌だね。
「箒が拗ねても知らないわよ」
ごうごうと音を立て、箒は調子良く炎を吹いていた。
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