第2話 お呪いのチョコとフィッシュ&チップス

 第一回! チキチキ・イケメン会議~。


「わーわー。ぱふーぱふー」

 おれの部屋に集まったのは、棒読みで合いの手を入れるゲームチャンプ(女顔。可愛い系イケメン)と。


「今回はフィッシュ&チップスを用意しました」

 白学ランにエプロンがやたらと似合う優等生(正統派爽やか系イケメン)。


「イケメンてお前、自分で良く言うな」

 やたらとノリの悪いでかぶつ(ガチムチ系イケメン)の三人だ。


 あ、おれはご相伴に預かってるだけの部外者だ。

 間違っても、自分のツラをイケメンだとかは思っちゃいねえ。


「フィッシュ&チップスっていうと、メシマズイギリス料理の代表だけど。意外といけるね、これ」

 ビールが進む味だな。


「要はフライドポテトと白身魚のフライですからね。確かに本場は不味いんですが、古い魚を古い油で揚げたのと、味付けが適当だからですよ」

 味付けも酢と塩だけだってのに、適当な味付けとは一体。


「酢ってのがちょっとひっかかるなぁ」

「揚げ物に酸っぱいのをかけるのはよくあるだろ。唐揚げにレモン絞ったり」

「そいつは……戦争が始まるな」


「まあ、味付けなんて好きなようにすれば良いのです。なお、私のベストはおろし大根にポン酢です」

 一気に和風になるな。

「基本、おろし大根&ポン酢乗せれば和風なんちゃらになるね」

「オレは塩バターか溶かしたチーズだな」

 屋台で食うじゃがバタはどうしてあんなにビールに合うのか。


「俺はやっぱりオーロラソース」

 なんだそれ?

「マヨネーズとケチャップ混ぜたやつだよ」

 それはあけぼのソースって言わんか?

「オーロラソースはホワイトソースにトマトピューレ混ぜたものでは」

「なんだその無意味に贅沢なソースは」

「いや、ウチではオーロラって言ったらマヨケチャソースだって」

 だから、そいつはあけぼのだって。お好み焼きに使うあれだろ。

「お好み焼きは、青海苔、削り節、オタフクソース一択じゃないですか」

「大抵の粉モンはバターかチーズが一番だ」

「チーズかけたお好み焼きって。それってタダのピザじゃない?」


 まあ、待て。お好み議論が始まると際限が無くなるからナシって決めたろ。

 で、話戻すが普通にイギリス行ってるのな、優等生。


「そりゃあ、本場ですからね」


 芋のか。

「それはドイツでは」

「我がドイツの芋は世界一ィィィ。できん事など無い!」

「それでは、冷害に強くて連作が出来て病害に強い種芋を一つ」

「そんなもんあったら、そりゃあ世の中変わるわな」

「俺の芋で世界がヤバい」

 我らが芋の力に、火星よ、ふるえるがいい。なんて言った映画もあったな。


「微妙に違いますがな。さて、話が横にずれて帰ってこないので戻しますが」

「揚げ物の話だったか?」

「違います。ええと、今日は私からの相談なんですよ」

 優等生が相談ってのは珍しいな。


「それでは前説として。皆さんにはきょうだいは居ますか?」

「俺、一人っ子」

「兄弟どころか、親のツラも知らねえわ」

 そういや、実家にしばらく帰ってないわ。仕送りの催促にでも里帰りするか。


「実は、私には妹がいまして」

「芋だけに」

「芋だけにか」

 芋だけにな。


「芋は関係ないです。それで妹ですが、兄の欲目を差し引いても心優しく見目麗しく頭脳明晰で友人も多く周囲からの信頼も篤く料理裁縫は職人レベルと、まさに完璧超人と言うべきよく出来た妹なのですが」


「欲目引かなさすぎだろ」

「事実ですので」


 欲目が酷いのがか。

「それはいいんです。で、そんな完璧な妹なのですが欠点というか問題点がありまして」


「待て、当ててやろう」

「凄い変態とか」

 それはむしろご褒美だろ。

「そうかなぁ。彼女が露出とかやったらさすがに引くと思うけど」

「美人の変態はご褒美だろ常識。そーゆー趣味が無くても、たまの変わったプレイってのは楽しいぞ」

 お前みたいな上級者ばっかじゃねえよ。

「お前らが童貞すぎるんだよ。後ろの穴とか挨拶だぞ。ガキも出来ねえし」

「変態がいる……」


 まあそれで、その変態の妹がどうしたって?

「変態ではありません。後、肉体関係はありませんよ。まだ」


「……ん? 今、『まだ』って言ったよね?」

 つまり、今後はあると。

「兄妹相姦とか獣の所業だろ」

 お前の倫理基準はおかしいぞ。


「まあ、つまりそこが問題点でして。血の繋がった妹であるにも関わらず、私への恋愛感情を隠さないというか完全に剥き出しというかむしろ夫婦と認識しているというか毎晩添い寝を要求してくるというか自分以外の女性を私が認識すると浮気と認識するというか目を離すと大抵真っ暗な部屋で虚ろな顔して呪いの刺繍を縫っているというか私を独占するための新種の呪法を編み出すのが日課というか神話級の魔物ともう顔馴染みというか外なる邪神も最近増えてきたというかとにかく彼らは外見がアレなので勘弁してほしいというかしょうきがそろそろけずられてきておにいさまはそろそろげんかいなりよとおもうしきょうこのごろてけりるるれえろるるいえふたぐんてけりりるええるうですだわ」


 優等生がここまで追いつめられる妹かぁ。


「うーん。それって普通じゃない?」

 普通じゃねえだろ。


「他の女に気が行ってると、すっげーいい笑顔で『わたし、理解のある女だから大丈夫。大丈夫だから。キミの事信じてるから』って延々ループされるとか、俺の家では日常だけどなぁ」

 それはお前の嫁が怖いだけだ。


「女が病むのは男の方に甲斐性が無ぇからだぞ。文句言わなくなるまでヒイヒイ言わせてやれば、大抵の問題は解決するからな」

 お前の常識もおかしい。


「そういうものなんでしょうか」

「そういうものだよ」

「そういうモンだ」

 そういうものということになった。


「まあ、具体的なアドバイスとかは期待していませんが」

 まあそうだろうな。常識からしておかしい連中だし。

「問題はこのチョコレートなのです」


 ん? ハートマークの、ちょっと焦げた風味以外は何の変哲も無いチョコレート……か?

「……ナニコレ?」

「オレの勘が全力で逃げろって言っている」


 なんというか、そこにあるだけでゴゴゴゴゴとかドドドドドとか、そんな擬音が背景を埋め尽くしてくる。

 そんな「ただの」チョコレートだ。


「妹のお手製です」


「バレンタインからどんだけ放置してんだよっ!」

「つっても、これを食えってのもキッツいぞ」

 贔屓目に見ても呪いのアイテムだぞこれ。

「食ったら永久デバフ食らうやつこれ」

「毒煽った方がマシだ」


「そうですよね。そう思いますよね。私としても呪いが酷過ぎて何を目的にしてるのかの想像もつきません」

 で、これをどうしろと。


「酔った勢いで皆で食べてしまおうかと」

「鬼かアンタ」

「オレらを巻き込むんじゃねえよ」

 本当、腹黒だなお前。


「うん。これは無理ですね。というか、久しぶりに出してみて無理と気付きました」

 どうにもならんなぁ。


「つうか、惚れた相手にこいつを食わせるイベントなんだろ。どうやって食わずに乗り切ったんだ?」

「話せば長くなるのですが。良いタイミングで襲撃がありまして」

「戦闘のゴタゴタで溶けたと思ってくれた系?」

「ですね。それで、後は妹をスィーツの店に連れて行って一緒にチョコパフェ等を食べて」

 ああいやだいやだ。これだからリア充は。


「ばかっ!」


 ガララ、と障子戸が開くと、そこにいたのはトコヨ荘の古参のテイさんだった。


「そんな結末、ボクは納得出来ない! ここは無理してでも完食。『わたくしの事を好きになる筈なのに、お兄さまの様子は変わらない?』『元々愛しているから変わるわけ無いよ』の展開だよ! 今すぐやり直してくるんだ!!」

 やり直すて、テイさんアンタ。


「このテンションのテイさんだと、時間巻き戻しくらいはやりかねない」

「なら、後はこのブツを食えるかだな」

「……食べるのですか。この……えっと、なんでしょうか。この、何だ?」

 さっさと食えよ。愛する妹お手製のチョコレートだぞ。


「……むむむむむ……」

「三国志みたいな声出してないで、さっさと覚悟決めようよ」

 優等生も脂汗かいたりするんだな。

「焦ったり悩んだりするこいつの姿も珍しい。こりゃいい酒の肴だな」


「……他人事と思って……」

 そりゃ他人事だし。で、どうするんだ。


「よし、覚悟を決めました」

「やっとボクの理想を理解出来たようだね! さあ、一気に行くんだ」


「はい! てりゃあ!」

 オーバーアクションで腕を上げる優等生。鍋にはグツグツ煮えたぎる油。

 振り下ろされたチョコレートは一直線に鍋の中に吸い込まれ。


「熱っ!?」

 熱々の油の飛沫が飛び散った。

「攻城戦じゃねえんだからやめろ」

「折角の話のネタに何てことを!」

 部屋の汚れを今更気にする奴はいない。汚いとは言えおれの部屋なんだがな、ここ。


「これで……良かったのです」

 煮えた油の中でチョコレートはみるみる溶け……。


「……しぶといな」

 全然溶けねえぞ。

「炎熱抵抗Sって感じだね」

「では、火力を上げましょう。ほら、徐々に溶けていってます」


 おう、なんか地獄から響くようなうめき声あげてな。


「そんな事よりキミにはがっかりだよ。どうオチをつける気だい?」


 油の中でのたうつ不定形のバケモノみたいになってるブツを見てもそれを言えるテイさんってすげえと思った。


「一度綺麗に溶かしてから、再度固めていただきます」

「うーん。40点くらいだけどそれでもいいかな」

 本当に何様なんだろう、この人。


「それなら、妹と二人でチョコ作るとかそういうのでどうかな」

「うん。それなら60点、合格だね。それじゃあ、食事会の続きをしようか」


 鍋から脱走しようと頑張っていたチョコレートのようなものは、やっと全部が溶けて動かなくなった。

「チョコレート入りの油で揚げ物ちょっと……」


「油は替えますよ。おや、チョコレートの方も綺麗に解呪出来てますが」

「どういう原理なんだろう」

 まあ、大抵のものは揚げれば食えるからな。

「油の神秘か。今度魔物にトドメ刺すのに使うか」

「ウチのシステムにも実装が待たれる」


「さて。油を替えましたし、第二ラウンドと行きましょう」

 しかし、素揚げばっかじゃ流石に飽きるな。何か他にねーか?

「芋をマッシュにしてコロッケ希望」

「それじゃあぼくは、メンチカツでも作ろうか」

 はいはい、キャベツとフランスパン出しますよ。


「それならちょいっと待ってろ。酒持ってくる」

「こないだのハチミツ酒がいいな」

「アレは品切れだ。代わりにほれ、誰だったかが持ってきた甘くて長い芋あったろ。アレで蒸留酒作らせたわ」


 つまりは芋焼酎か。

「中々独特の臭いですが美味しそうですね」

「試すのは初だからどんな味かはオレも知らんぞ」

「そーゆーのが楽しいんじゃん。さ、早く注いで注いで」

「実は私、芋焼酎には少しうるさいですよ」

 おれは酔えれば何でもいいがな。


「さて、メンチも揚がったよ。それじゃ、改めて乾杯だ」

「かんぱーい」

「乾杯です」

「大地と祖霊と芋の根っこに」

 しかし今日は、芋に始まり芋に終わったな。

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