無限のキャンバス

倉田京

無限のキャンバス

 そろそろ小学校にあがる娘の奈央なおは、公園で遊ばせるたびに色々覚えてくるようになってしまった。特にイタズラ。最近は傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりに拍車はくしゃがかかっていて手を焼いている。最初、私がわざと引っかかって大げさにリアクションしてあげたら、それに味を占めてしまった。そのせいもあってか、一番被害をこうむっているのは母親である私だ。奈央が何かを隠すようにクスクス笑っている時は、おちおちリビングのドアも開けられない。趣味のジグソーパズルを何度破壊されたことか。


 どうやら公園に集まる子供たちの間にイタズラの武勇伝ぶゆうでんを語ったり、新しいアイディアを出し合うギャングのような集団が出来上がっているらしい。奈央もそんな悪の組織で自分の地位を着々と確立している。今日も私たちの目を盗んでヒソヒソ次の悪事をくわだてているに違いない。まったく困ったもんだ。


 夫は創造性があっていいじゃないかと言うけれど、後片付けをするこっちの身にもなって欲しい。そんな呑気のんきなことを言っていたら、そのうちこの家の食物連鎖しょくもつれんさの頂点は奈央になってしまう。




「白い所なら何でも好きに描いていいからね」

「ほんとに!」

 奈央は目を輝かせて、廊下一面に敷いた白い紙の上で飛び跳ねた。

 スケッチブックではなく、ジャンボタイプの画用紙を選んだ所がミソだ。インターネットでサランラップのようなメートル巻の画用紙を見つけた時、これだと思った。あとはクレヨンやマジックペンを渡してあげれば準備完了。奈央はさっそく画用紙に向かってガリガリ描き始めた。私が名前を呼んでも『んー』としか言わず目はずっと紙の上だ。

 そう、イタズラに替わる新しい遊びを与えてあげれば良いという訳だ。これを上手く応用すれば公園のギャングたちも壊滅させることが出来るだろう。ふふ、我ながら完璧なアイディア。

 奈央も所詮しょせんは子供だ。この家の食物連鎖しょくもつれんさの頂点はまだまだ私です。



 小一時間ほど経って廊下に出てみた私は、愕然がくぜんとしてため息をついた。

 白い壁にでっかくお日様マークが描かれていた。

 あーあ、やられた…。

 他にも寝室のシーツなど白いものはことごとく奈央の餌食えじきになっていた。


 家の外に出ていたらしい奈央がドアを開けて、私の元へタタタっと駆けてきた。

「ただいまー!」

 手に石が握られていた。それを見た瞬間、血の気が引いた。


 そうだ、先月新車を買ったんだ…。色は白。




 私は車のドアにあるお日様マークについて聞かれた時、いつもこの話をしている。

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無限のキャンバス 倉田京 @kuratakyou

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