第3話


「いやあ、まさか女の子の手料理をごちそうになれるとは……というわけでもう一杯お代わりお願いできるかな?」


「……食いすぎだ少しは遠慮しろ」


 3回目のお代わりを切り捨てながら、人口密度の増した自室のちゃぶ台に並ぶ料理の数々に視線を巡らせる。

 しばらく使っていなかった炊飯器で焚き上げた白いホカホカのご飯。冷凍庫の奥に眠っていた豚肉の塊と、消費期限ギリギリの調味料&庭の菜園から無断拝借した生姜と野菜を使った豚肉の生姜焼き。つまみの一つとして買い込んでいた漬物類。そして棚の隅に眠っていたコンソメを使ったスープ。

 品数こそ少ないが、立派な昼食と呼べるものがそこにあった。

 当然作ったのは俺じゃないし、目の前の売れないミュージシャンみたいな恰好をしたやつでもなく、


「えっと、ごはんのお代わりはまだありますので、ゆっくり食べてくださいね。材料もまだあるからもっと作れますし……」


 相変わらずの無表情かつ感情の乗らない声で返事をした鳴上が作ったものだった。

 初めはピザでも頼もうかと思ったのだが、何思ったか鳴上が冷蔵庫や棚の中を物色し始め、使えそうなものであっという間に料理を作ったのだ。


 曰く、『わざわざ頼むなんてお金が勿体ないです』との事。


 孤児院育ちで色々とやっていたと言っていたし、料理を作るのも仕事だったのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、俺も生姜焼きを口に運ぶ。


―――旨い。純粋にそう思った。


 生姜の香りと豚肉のうま味が口一杯に広がり、炊き立ての白飯に非常によく合っている。口直しに食べる漬物とも相性がいいし、コンソメスープもただコンソメを溶かしただけではなく、余った野菜を切り刻んで出汁を取る事でまろやかな味わいとなっている。 

 そう言えば、保存食と酒、つまみくらいしかない我が家で真っ当な手料理を食ったのはこれが初めてかもしれない。

 何も食わなくても生きられる身としては食事はあくまで習慣、あるいは趣味のようなもので自炊の必要性を特に感じなかったし、以前志村が作った7色に光るゲテモノ料理のせいで、どこか手料理というものに忌避感を持っていたのもある。

 だが、そんな苦手意識もどこかに飛んで行ってしまいそうなほど旨かった。

 

「もぐもぐ……ふぅ、ご馳走さまでした。ありがとうお嬢さん、おかげで命が繋がったよ」


 そうして全ての皿が空になり、満足した表情でゲンが鳴上に礼の言葉を述べる。

 顔色も先ほどに比べると随分と良くなっていた。どうやら1週間ぶりの飯で活力がだいぶ戻ったらしかった。


「そんな、お礼を言われるほどの事は……」


「礼はちゃんと受け取っておけよ。俺も久しぶりにうまい手料理ってもんを食えたし、結構感謝してるぞ」


 そう言うと、何やらうつ向いてこちらから顔が見えなくなる。

 誰かの名前をつぶやいたような気がしないでもないが、小さすぎて俺の耳でも聞き取れなかった。

 それと少しだけ、ほんの少しだけ。鳴上から初めて何かの感情が感じ取れた気がしないでもないが、ひとまず今は置いておくことにした。


「さて、腹も膨れたところで―――今更ながらこちらお嬢さんはどこのどちら様かな? もし姉系キャラなら是非とも紹介してほしい」


「だそうだ――――お前さん姉系?」


「えっ? ……その、院ではおねーちゃんとは言われてたけど……」


 戯けた質問が来たので鳴上へスルーパス。

 思わずといったように顔を上げた鳴上が素直に質問に答える。


「つまり義理の姉……エクセレントッ!」


「ええ……」


 ゲンの性癖―――いわゆる姉属性萌えに、さすがの鳴上も若干引いたようだった。安心しろ、俺も引いている。

 今まで生きてきて色んな奴に会ってきたが、初対面の女性に姉キャラか聞くのは俺の知る限りこいつだけだ―――他にいても嫌だが。

 姉属性萌えとギャンブル依存症気味なのを除けばそれなりにまともな奴なのだが。


「まー、それはそれとして。真面目な話、バン君が女連れ込んでるなんてどんな了見だい? 明日には槍の雨でも振るのかな―――防御系の術式準備しないと」


「……仕事だ仕事。今日から一週間ばかり預ることになったんだよ」


 失礼なことを言うな、と一瞬思ったが、否定できないことなので腹に呑んで、簡単な経緯を飯を食いながら話していく。

 飲み会の時に志村が依頼を持ってきた事、実際に預かることになったのが隣りにいる少女であったこと、そして依頼そのものの不自然さについて。

 ただし報酬につられて受けた事だけは黙っておいた。

 ―――後でからかわれたり集られるのも嫌だったし。

 

「―――ナンセンスだ。君を指名した依頼人とは一体何を考えているのやら」


 一通り話を聞き終えて、やはりゲンも俺と同じ疑問にたどり着いたようだった。

 やっぱりというか、俺を知ってる奴なら全員同じ反応をするだろう。


「その……そんなにおかしな事なんですか? バンさんが私の護衛をするのは」


 と、ここでずっと黙って話を聞いていた鳴上が口を開く。

 その疑問を聞いて、今更ながら彼女に何の説明もしていなかった事を思い出す。


 ―――いや、そもそも自己紹介しかしてねぇ。


 あと言ったのは離れるなというこれまた最低限のルールのみ。

 まだ会ってから3時間くらいしか経ってないとはいえ、仕事である以上もっとコミュニケーションを取るべきだったか。いやよく考えれば年下の女と会話した事なんて数える程度だし、どう話すべきなのか……


「うん、探査系や防御系の異能を持ってる訳でもない、基本肉弾戦オンリーの筋肉ゴリラだから物理的な盾にしかならないし、それと―――」


 そんな風に悩んでいる間に、ゲンが疑問に答えるため口を開く。

 全くもって正しい評価だし否定しようもないが、


「誰がゴリラだプー太郎?」


 むかつきはするので思考のリセットも兼ねて、戯言を抜かした奴の顔を鷲掴みする。 


「あだだだだっ! ギブギブアイアンクローは死ねるから!!」


 やはり不愉快な蔑称は力づくで黙らせるに限る。

 ゆっくりと力を強めながら、俺も反論にでる。


「お前は逆に貧弱モヤシ過ぎるんだよ! いくら術式使いコードマスターっても限度があんだろ!? もうちょっと体鍛えてろ!!」


「き、筋肉が付きにくい体質なのは知ってるだろう! それに、君と比べれば大抵の人間は貧弱さ、この野蛮人! 蛮族!」


「よーし、握力200㎏オーバーいってみようか?」


「ぐおおおおっ! メキッって! 頭蓋骨からメキッて音が!」


「……あの、すみません」


 そんな心温まる俺たちのハートフルコミュニケーションを、心なしか可哀想な人を見る目で見ていた鳴上が口を開いた。




「……そもそもの話なんですけど、異能って何なんですか? テレビとか、ゲームにあるみたいな不思議パワー?」




 何ともなしに言ったであろう言葉に、思わずゲンの顔から手が離れる。




 その言葉に、俺たちは思わず鳴上へと視線を向けていた。

 その言葉は、俺たちにとって正直に言って予想外過ぎた。

 先ほど彼女が元々一般人であると推測していたしそれが証明されたわけだが、


「……聞いていいかなアゲハ嬢。君は、裏の世界というものを知っている?」


 ゲンの問いに、鳴上は静かに首を横に振って答えた。


「そもそも……志村さんとも1週間くらい前に会って、依頼人って人の顔も名前も知らないんです。それまでは養父母と一緒に暮らしていたので」


「……それはまた、随分と急展開だね。バン君は知ってたかい?」


「事情とかそういうのは後で聞く予定だったからなぁ……こいつは予想外だ」


 自分でも声のトーンが下がっているのが分かる。

 

 確かに何も知らないまま裏の世界―――夜明けの時代ドーンエイジに放り出される奴は少なくない。

 だがそれでも依頼という形でこちら側に関わった以上、関係者―――志村、又は依頼人―――から最低限教わっているとばかり思い込んでしまっていた。

 これは俺の確認不足なのもあったが、鳴上こいつの様子も原因の一つだ。


 普通なら、こんな訳の分からない世界に放り込まれたら混乱するし恐怖する。

 普通なら、よく分からない相手に説明なしに保護されるなど耐えられない。

 普通なら、こんな状況で平然としていられるわけがない。 


 無感情フラット平凡フラット無知フラットな怪人物。 


 ―――――一体こいつは何なんだ。


 を前にして、俺はようやく鳴上アゲハという少女自身に興味を向けていた。


「……ふむ、ご飯のお礼だ。ちょっとばかり私がレクチャーしよう」


 俺と同様、少なからず驚いていたはずのゲンはそう言ってポケットから黒縁メガネを取り出して掛ける。

 外見からは想像もつかないが、ゲンは昔家庭教師のアルバイトもしていたらしい。その名残か誰かに説明をするときはいつもメガネをするのだ。

 やや混乱状態の頭を整理するのも兼ねて、俺も大人しく聞くことにする。


「―――ちなみにアゲハ嬢。君は神様が実在したと言ったら信じるかい?」


 その問いに、鳴上は無表情のまま首を傾げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dawn Walkers @jinto000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ